若狭住冬廣作 永禄四年八月日

若狭住冬廣作 永禄四年八月日
若狭住冬廣作 永禄四年八月日
– Wakasa ju Fuyuhiro saku –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/399/00.html

冬廣は若狭国小浜の刀工で、本国は相州。二代次廣が室町中期の文明頃若狭に移住し、その子である冬廣に始まりました。代表工としては天文頃の久右衛門尉、永禄頃の藤左衛門尉がおり、代々同銘が同地に続いています。
西国武将の冬廣への信頼は厚く、若狭のみならず、伯耆、出雲、備中にも赴いて作を遺しており、新刀期における冬廣は、四代冬廣が備中移住後に若州冬廣の名称を継いだ若狭大掾冬廣をはじめとして、本家の高橋姓の冬廣と別家した兼村姓の冬廣系と同じく加藤姓の冬廣系に分かれ、江戸時代後期まで大いに活躍しました。

この脇指は無鑑ではありますが、永禄年紀が切られていることから、藤佐衛門尉冬廣の作と思われ、板目肌杢まじりの地鉄に地景が入り、匂口明るく冴えた尖りごころの互ノ目乱れを焼き、湯走が見られ、足入り、細かな砂流がかかるなど、見所多く、美術刀剣として飽きを感じさせない一刀です。

附属の拵は製作当時の姿をそのまま現在に伝える肥後系の名拵で、切羽一枚に至るまですり替わることなく伝来してきたオリジナル。
菊花図を巧みに刻した銀一作の縁頭と鐺の仕事は見事で、江戸初期頃まで遡るであろう肥後鐔が装着されており、柄糸の間から顔を覗かせる猪と牡丹を手に跪く人物の目貫もまた粋であり、経年による小さな鞘の凹みはあるものの、総体に保存状態は良く、拵だけでも独り歩きできる逸品です。

店主 町井勲からの一言。
製作当時のまま現在に残る拵は大変貴重です。金具の仕事も見事ながら、全体のシルエットも申し分なく、明るく冴えた疵気が無い刀身も魅力的。今後も現状をのままに後世に伝えていくべく、御購入の後には是非とも保存刀装審査を御受審頂きたい内外共に価値ある名品です。

裸身重量432グラム。  拵に納めて鞘を払った重量613グラム。

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