備州長船祐定 天文十年八月日 ~陸軍九八式軍刀拵入り~

備州長船祐定 天文十年八月日 ~陸軍九八式軍刀拵入り~
備州長船祐定 天文十年八月日
– Bishu Osafune Sukesada –
 
反り深く、元先の差開いた上品な姿。地鉄は杢目肌よく練れて少しく肌立ち、刃文は直刃調に極僅かに湾れ、刃中は砂流や金筋が現れ、刃縁に打除風の刃や二重刃風の刃を伴い、帽子は直ぐに丸く返る。
手持ちはバランス良く手元重心。茎は斬撃力高い打刀として用いるため、棟方を削ぎ落して茎の反りを抑えています。
 
附属の陸軍九八式軍刀拵は残念ながら刀身と拵は後家ですが、金具の山吹色がしっかりと残っていて状態が良い。
 
裸身重量724グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,131グラム。

無銘(信國吉政) ~藍鮫研出鞘海軍太刀型軍刀拵入り~

無銘(信國吉政) ~藍鮫研出鞘海軍太刀型軍刀拵入り~

無銘(信國吉政)
– Mumei(Nobukuni Yoshimasa) –
 
京の信國派から應永頃に筑紫に移住した「定光」は、筑紫に移住後「信國」に改銘しました。この「信國」が筑紫信國の祖となり、この一派を総称して筑紫信國と呼称し、後の新刀期の筑前信國に続きます。
信國吉政には初・二代(稀に三代も経眼する)がありますが、本作は代別極め迄はなされていません。尚、二代は初代吉政の弟で新藤氏。初代同様に平四郎と称し、貞享五年八月に六十七歳で没したといいます。作風は初代同様に備前伝を得意とし、初代の作風を継承していますが、銘振りは初代に比してやや太鏨となるのが通例で、初代は銘文に「作」の字を用いますが、二代にはそれが見られません。
 
この刀は大きく磨り上げられて銘を失っています。一般的な寛文新刀体配よりはやや反りが強いところを見ると、寛永頃の初代とも鑑ることも、寛文から少し下がった延宝・天和・貞享頃の二代の作とも鑑ることができます。
切先はやや延びごころで、小板目良く練れて詰んで地沸付き、地景入って淡く映りごころがあり、刃文は下半を小振りの丁字乱れ、上半を同じく小振りな互ノ目丁字を共にこずんで焼き上げており、刃中には足が盛んに入り、細かな砂流かかり、湯走風の刃を交え、匂口は明るく、鋩子は表乱れ込んで丸く返り、裏は返りの下で互ノ目を一つ焼いて突き上げるように返っています。
指表物打辺りの鎬地に鍛筋がありますが、他には目立つ疵も無く、再研磨で見違える程良くなることでしょう。
 
附属の海軍太刀型軍刀拵は、長年使用されていたのでしょう。金具の山吹色の鍍金がかすれて使用感はありますが、兜金(頭金具)や石突(鐺金具)の桜花葉は摩耗が少なく健全。柄にガタツキがありますが、ご自身でも経木を用いて簡単に直すことが出来ますし、有償になりますが、ご用命頂ければ当店で直してお納め致します。
 
裸身重量682グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,095グラム。

國次 ~藍鮫研出鞘海軍太刀型軍刀拵入り~

國次 ~藍鮫研出鞘海軍太刀型軍刀拵入り~
國次
– Kunitsugu –
 
宇多派は國光を祖とし、南北朝時代に國房、國宗、國次等の刀工が活躍し、室町期に亘って栄えました。
國次は銘鑑によると國光の弟、時代南北朝、延文頃、現存作は未見という)を初代とし、室町時代後期まで同名で数代存在します。
 
この脇指は刃長の割に反りが深く、地鉄は板目肌よく練れて肌立ち、地景入り、刃文は表は直刃調子に小互ノ目を交え、裏は湾れ調子に互ノ目と互ノ目丁字を焼き、刃中には足や葉が入り、細かな砂流かかり、金筋現れ、鋩子は表裏直ぐに先丸く返っています。
※棟に鍛筋、指裏区上10センチ位上の棟角に撓が在ります。研磨ご希望の方は、中上研磨9万円(税込)にて承ります。
 
附属の海軍太刀型軍刀拵は、藍鮫の研出鞘。山吹色の鍍金の残存も良好で、相対的に保存状態が良く、柄にガタツキも無くしっかりとしています。
 
裸身重量525グラム。  拵に納めて鞘を払った重量937グラム。

刀 阿波国住人源範国造之 昭和五十三年五月吉日 ~手持ちバランス非常に良く、とても軽く感じらる居合稽古に真向きな一刀です!~

阿波国住人源範国造之 昭和五十三年五月吉日
– Awa no kuni junin Minamoto Norikuni –
 
本名、田中昇。水野正範の門人で初めは則範と銘しました。自家製鋼を行い、子の国次と共によく斬れると刃味に定評ある刀工です。
 
この刀は元先の幅差開いて中切先。表裏に刀樋を掻き流し、小板目鍛えの地鉄はよく練れて詰み、刃文は匂口明るい互ノ目丁字乱れで、足盛んに入り、葉入り、頭が張った蛙子丁字の左右に、細く尖った互ノ目を添えた様は、まるで万歳三唱をする人の様で愛らしさを感じさせます。鋩子は横手で互ノ目丁字を焼き込み、直ぐに先丸く返っています。
 
附属の拵は叩き塗りを思わせるような石目塗りで、柄には僅かにガタツキがありますが経木を貼れば簡単に自身でも直せるレベルです。鐔鳴りはせずしっかりと鐔が固定されていますが、元々相当薄い刀匠鐔が添えられていたようで、現在は鐔の変更により、切羽を2枚抜いた状態です。切羽を装着したい場合は、はばきの台尻を削るか、もっと薄い鐔に替える必要がありますが、切羽無しでも構わないのであれば現状でも使用に全く問題はありません。
手元重心で非常に軽く感じられる一刀ですので、居合における片手操作に真向き。扱い易い居合稽古用真剣をお探しの方にはうってつけです。
 
裸身重量704グラム。  拵に納めて鞘を払った重量938グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

刀 河内守藤原國(以下切)(國次・陸奥) ~ 手元重心でバランス良く、扱い易さを感じさせる新刀在銘の一刀です!~

河内守藤原國(以下切)(國次・陸奥)
– Kawachi no kami Fujiwara Kuni(cutted below)(Kunitsugu) –
 
田代清貞門人。後銘休鉄。江戸に於いても作刀しました。
元先の幅差開いて切先やや延びごころ磨り上げられているのが惜しまれるも、寛文新刀体配をしっかりと留めています。地鉄は小板目よく練れて詰み、地沸付いて地景入って精良。刃文は湾れ調子に互ノ目を焼き、大粒の沸が刃縁を囲み、一部地にこぼれ、あたかも銀砂を撒いたかの様。刃中には足が入り、砂流や金筋が見られ、鋩子は直ぐに先丸く返っています。
お求め易い低価格でご案内致しますが、価格相応ではなく価格以上の一刀です。末永くお膝元で愛でてあげて下さい。
※物打やや下に極々小の刃こぼれが2つありますが殆ど気になりません。部分研磨にて除去可能です。
 
裸身重量829グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

刀 無名 ~大分県150番台の大名登録刀!!焼刃の不完全さが味わい深い古刀です!!~

無銘
– Mumei –
 
大きく磨り上げられるも刀らしい姿を留め、切先延びる。地鉄は杢目肌よく練れて肌立ち、地景入る。刃文は総体に潤んで深く、処々匂口締まる箇所が見られ、足入り、金筋や稲妻を見せ、砂流かかり、下の方では食い違い風の刃も見られ、一部刃の駆け出しが見られる。鋩子はふくら部分刃が駆け出し、力強い返りが長く残っています。
 
製作年代を広く室町期と表記しましたが、場合によってはもう少し遡るかもしれません。相対的に不完全さを感じさせる刃文は、舞草や宝寿等を連想させます。
前所有者が金着太刀はばき、白鞘、研磨等の諸工作を行いました。非常に綺麗な状態です。一度保存刀剣鑑定を受審されたそうですが、古い脇物の極めがついたそうで、納得いかず破り捨ててしまわれました。
昭和26年大分県の大名登録150番台。まさに大名所有であった一刀です。再度保存刀剣鑑定を御受審下さい。
 
裸身重量714グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

刀 無銘(高田定盛) ~高田派の名工長盛の子!昭和26年愛媛県大名登録刀!~

無銘(高田定盛)
– Mumei(Takada Sadamori) –
 
豊州高田派は南北朝時代豊後高田(現在の大分市内で大分郡高田村)を中心として栄えた一派で、建武頃の筑前左文字の門人『友行』を始祖としています。
古刀期の作に平姓を銘切るものが多いことから、それらを平高田と称し、新刀期以降は藤原姓を銘切るようになったことから藤原高田と汎称します。古来より実用刀としての評価が高い一派で、武用刀として数多の武将に愛用され、戦国時代には豊後国の大友宗隣のお抱え工となり、また九州各地の豪族達の需めに応じて美濃国の関鍛冶や備前国の長船鍛冶に匹敵する繁盛をしました。
作風は備前・相州に私淑した物や、美濃伝風の三本杉尖り互の目、山城風の腰反り付いた姿の良い作に直刃を焼くなど広範囲で、直刃は刃中に針で突いた様なと形容される葉の働きが特徴的で、新刀期に入ると高田を中心として豊前小倉や豊後中津などで鞴を構えて鍛刀しています。
 
高田派の定盛は銘鑑によると、室町中期永正の頃に初代が見られ、以降江戸前期寛永頃迄四代続いていることが確認でき、中でも二代である彦助は、高田派の名工として名高い長盛の子としても知られています。
 
この刀は大きく磨り上げられるも反り高く、元先の幅差頃好く開いて切先延び、地鉄は小板目杢交じりでよく練れて少しく肌立って淡く映りごころがあり、刃文は湾れ調子に互ノ目や丁字を交え、砂流かかり、金筋入り、処々沸が地にこぼれ、湯走風の刃や飛焼風の刃も交え、帽子は乱れ込んで先火炎のようになり横手下まで焼き下げています。
刃区の上と中央より下がった所に極小の刃こぼれがありますが鑑賞には支障ありません。
 
附属の拵は柄にガタツキ無し。鐔鳴りはありますが、縁頭は美濃。鐔は刀匠でしょうか。シンプルながらも力強さを感じさせる一枚が添えられており、相対的に気品を感じさせます。
はばきと切羽の金着せをし直しましたので、めくれ一切無くしっかりとしています。尚、はばきは二重はばきを組み立てた状態にて金着せを行っているため分解はできません。
鞘を払って構えてみると手元重心でバランスが良く、片手での操作にも適した造り込みであることが窺えます。白鞘と継木も附属していますので、お手入れや保管面でも安心。昭和26年愛媛県での大名登録刀ですので、由緒ある名家に伝来していたことも容易に想像されます。
 
裸身重量631グラム。  拵に納めて鞘を払った重量880グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

刀 國永 ~手元重心でバランス良く、扱い易さを感じさせる新刀在銘の一刀です!!~

國永
– Kuninaga –
 
元先の幅差目立っては開かず中切先。反り浅目。地鉄は小板目杢交じりでよく練れて詰み、刃文は中直刃の刃取りに処々小さな互ノ目を交えて節立ち、刃縁には細かな砂流や金筋が見られ、指裏の物打より上には湯走が点在し、鋩子は表裏直ぐに先丸く返る。
日本美術刀剣保存協会の極めでは新刀とのみ記載されており、新刀期のいずれの國永かについては言及されていませんが、時代的には江戸前期も中期に近い貞享頃の作品かと鑑せられます。
 
附属の拵の柄は、故意に揺らすと左右に少しガタツキを感じるが、振り下ろしに関する上下のガタツキは感じられない。鐔鳴り大きいため気になる方は責金をお奨めします。添えられている鐔は『藝州住廣雲作』の在銘品。鞘を払って構えてみると、手元重心でバランスが良く、扱い良さを感じさせます。
 
裸身重量739グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,064グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

備前國住長船(以下切)(清光)

備前國住長船(以下切)(清光)
備前國住長船(以下切)(清光)
– Bizen no kuni ju Osafune (cutted below)(Kiyomitsu) –
 
室町時代後期の備前長船の刀工、及びその作刀を総称して末備前と呼称します。中でも清光を名乗る刀工は数多く、五郎左衛門尉・孫右衛門尉・与三左衛門尉・彦兵衛尉・孫兵衛尉などの俗名を冠する刀工の存在が確認されており、祐定、勝光、忠光と共に末備前を代表する刀工の一人として著名で、比較的直刃の作刀が多く残されています。中でも五郎左衛門尉・孫右衛門尉の両名が最上工として名高く、数多の戦国武将に愛されました。
 
この刀は元先の幅差頃好く開いて中切先延びごころ、重ねが厚く、刃肉の豊かについた堂々たる体配で、小板目杢交じりの地鉄がよく練れて詰んで精美で淡く映りごころも見られます。刃文は清光然たる直刃で、匂口は明るく、互の目を交え、刃中には足や葉が入り、随所に顕著な金筋や砂流しを見せるなど働きが盛んで、鋩子は焼き幅たっぷりと直ぐにほぼ一枚鋩子に近い感じで先丸く返っています。
特筆すべきは室町時代の作品でありながら8mmの重ねを残し、刃肉が豊かについた頗る健全な状態であり、磨り上げられて個銘が失われていることこそ惜しまれます。指裏の鎬地に鍛え筋がありますが、現代の研磨技術ならほぼ判らなくなる程修復が可能です。
現状では打粉による長年の手入れによって拭いボケしており。地刃の明瞭さを失っていますが、こちらは化粧直しで再びパリッとなります。
手元重心でバランスが良く、美的観点のみに限らず、扱い良さも感じさせる逸品です。上述の通り、鎬の鍛え筋を修復の上、是非とも特別保存刀剣鑑定を御受審下さい。
 
裸身重量753グラム。

無銘 ~島根県大名登録刀~

無銘 ~島根県大名登録刀~

無銘
– Mumei –
https://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/1486/00.html

元先の幅差開いて中鋒、反り浅く所謂寛文新刀体配。地鉄は小板目杢交じり、よく練れて詰み地景入る。刃文は匂口明るい互ノ目丁字乱れで、刃縁には小沸が豊かに付き、足入り、砂流かかり、複雑に入り組んだ刃取りが様々な変化を楽しませてくれます。物打から先を素人が耐水ペーパーで擦ってしまっているため、はっきりとした様子は判りませんが、鋩子もしっかりと焼刃があります。

附属の拵は素銅地に金着を施したオリジナルの切羽が添えられており、鞘は焦茶系の刷毛目塗りに、小さな渦巻き状の青貝微塵散らしを施した手が混んだ作品。柄にガタツキは無くしっかりとしていますが、鐔鳴りはございます。栗形下部分、漆の塗りに亀裂が入っていますが鞘の割れはございません。鞘を払って構えてみると、手元重心で非常にバランスが良く、扱い良さを感じさせます。はばきは素赤地の二重で、組み合わせた状態での銀着せにつき、分解はできません。 昭和26年5月の大名登録刀であり、しかもこれだけ手が込んだ塗りを施してある点からも、伝来の良さが垣間見られる一刀です。 然るべき研磨を施し、保存刀剣鑑定を御受審下さい。

裸身重量755グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,064グラム。