流派に於ける伝書についての私観

天心流兵法なる柳生を名乗る団体(柳生との関連を証明するものは一切ない)による、素人や外国人に間違った武士や日本刀の知識を与えかねない動画に対し、慎むようにと私見を述べたり、他の事柄についても、必ずと言って良いほど他流の伝書を持ち出しては鬼の首獲ったが如く鳴き喚く蝉がいる。

今回も刀を足蹴にする動画の公開は慎むべき、天心流が士の所作として当たり前であったと主張する杖太刀(刀を杖のように立てて両腕を乗せたりする所作)について私見を述べたところ、案の定他流派の伝書を持ち出してきた。

天心流の足蹴動画を批判するなら、塀を乗り越えるのに刀の鐔に足をかけて登る所作も批判の対象だろうという揚げ足取りで、これについては「忍者と武士を一緒にするな」的な意見を渓流詩人さんが自身のブログで綴られたが、今度はそれの揚げ足をとるように、高禄の士の家に、刀の鐔に足をかけて登る旨の伝書があり、忍者に限らず武士もそのような刀の使い方をしていたと主張する。以下にその記述の一部を転載します。

 

さて、先ほどのツイートで見た、刀の鍔に足をかけて塀を登る方法。
これですが、大聖寺藩中条流師範、山崎家から同藩林家に伝授された伝書に書かれています。
(大聖寺藩林家文書 中条流青眼仕形秘書並惣口伝、平法中条流資料集六より)

原文では
一、へいをこす時は刀のさけをを長くして腰につけて刀のつはをふまえて越すなり
(一、塀を越す時は刀の下緒を長くして腰に付けて刀の鍔を踏まえて越す也)
とあります。
また他には、旅宿で寝る際の要人として

一、太刀を抜鞘を戸口にたて、身を枕の下にして寝る事也。(身とは抜いた太刀の事)

また、鞘の使い方としては、

太刀を抜鞘を違て指してさぐる事なり。又、刀の小尻に火縄をくくり、或提灯などもくくり道中くらき所などにて様子をうかがう事なり

というものもあります。また同伝書内では鞘を左手に持ち脇指のかわりとして両刀として使え、とも書かれています。

そもそも、生命のかかった勝負において、鞘や武器の破損がどうとか、武士が考えますかね?(まぁ、平和になった江戸時代の武士なら考えた人もそれなりにいたと思いますが、武術となるとまた話が違うと思います)

 

 

文書にあればそれが全て是であり、武士も刀が破損してしまうような使い方をした。とするのはいささか早とちりの間違いであると私は断言します。

私も個人的な興味から、古流派の伝書をいくつか所持していますが、大抵は形の名称を羅列しているだけで、形の詳細な動きを記すようなものではありません。

日頃から稽古する内容であれば、形の名称を記すだけで事足りるからです。形の指導の中での留意点などが口伝と言われ、文字にしたものとは別に伝えられます。中には筆まめな士も居て、口伝をも文字として遺している例がありますが、それとて読む者によっては様々な解釈ができる確固たる言葉ではありません。

戦場において、命を賭す現場に於いて、やむなく刀をぞんざいに扱わざるを得ない場面は多々出てくるでしょう。そのような土壇場での話をしているわけではないのに、上記のような伝書の一文を持ち出すのはお門違いも甚だしく、己が持つ知識をひけらかしたいだけのようにしか受け取れません。

オブラートに包まれ、ぼんやりとしか内容が見えない他の文書と比較すれば、上に掲げた伝書の一文はどのように刀を使うのかが容易く想像できてしまいます。これはつまりどういうことかと言えば、日頃頻繫には稽古されない形や所作であり、いざという場面に遭遇した際にこのような対応の仕方も出来るといった、いわば覚え書きのようなもの。

私が論点として掲げたのは、日頃の稽古の中で、刀の鞘を足蹴にするのはおかしいし、そのような形があったとしても、真似をして鞘を壊したり、刀に傷をつけてしまう素人が現れないよう、内々で稽古すべきであって、表に出すのは宜しくない。という点です。

どうしても仕方ない非常事態の場に於いては、日頃刀を大切に扱う武士たる者でも、無作法な使い方をせざるをえないことがあるのは子供にだって解る話です。

それをさも自身が博学であるかのように

「そもそも、生命のかかった勝負において、鞘や武器の破損がどうとか、武士が考えますかね?」

とのたまう態度には私も呆れるばかりですが、様々な考え・性格の人がいるのが世の中。自身でHNをみんみんぜみと名乗る程ですから、お好きなように鳴かれれば良いのですが、刀を大切にしましょうという文化財保護を目的とした私の提唱に、水を差すような真似はご遠慮いただきたいものです。

明らかに天心流擁護派であるにもかかわらず、現時点では天心流が古流ではないと証明できるものがない以上、あくまでグレーであると中立な立場を気取るが、ならば自ら示す文書に関しても、あくまで文字だけであって、その伝書を所持していた士が、鐔に足をかけて塀を登る姿を見たわけではないのだから、同じくグレーだとすべきではなかろうか。

極端な例で言えば、アイドルの熱狂的なファンが、そのアイドルと恋人関係にあるような妄想日記を書いていたとしよう。それを数百年後の人間がみつけて、このアイドルはこのファンとつきあっていた。ここにそれを示す日記があるじゃないか。と発表しているのとなんらかわらないように私は思う。

再度記述するが、いざと言う時と日頃の稽古は別物であると言う話を私はしてきたのではない。刀を足蹴にする動画は、仮にそのような形が伝わっていたとしても、公に公開すべきではない。という批判をしただけである。

 

かなり辛辣な表現ではありますが、的を得ていると私も思うので、渓流詩人さんのブログも併せて御紹介致します。

やかましい虫

http://blog.goo.ne.jp/kelu-cafe/e/5bfaeb5ead617621fa6920da94552cb6

後方突き ~奥居合“連達”~

15日の土曜は、今や指導員となった柳原君にマンツーマンで奥居合での後方突きについて指導。

結局この日は終始この体捌きのみの稽古で、他の形稽古の類は一切行わなかった。流石に同じ体捌きの稽古ばかりで飽きないのかと尋ねたところ、本人はこの体捌きをなんとしても身につけたいとの意向。飽きはしないとのことで、たった一つの体捌きを貪欲に求める彼の姿勢には頭が下がる。

各連盟の英信流系を見ると、後方を突くことばかりに重点を置いた演武が見られるが、私はそれらの演武と理合を否定する立場にあります。

普段は術理や指導法について、詳しく一般公開はしないのですが、今回は少しだけ、修心流居合術兵法としての理合を知って頂く機会として、動画を御紹介する次第です。

 

・相対性を変えない。

・刀を持っても持たなくても業として成立しなければ武術とは呼べない。

 

そんな理念で稽古しています。

この動画が古流英信流修行者のお役に立てば幸いです。

らっぱすっぱの類 ~渓流詩人さんのブログから~

らっぱすっぱの類

http://blog.goo.ne.jp/kelu-cafe/e/dc6f3e07f84503e37051d1de6e192137

 

今回はかなり辛辣にとある人物の言動について指摘されている。

初めて渓流詩人さんのブログを見る人、これまでの経緯を知らずに突然この記事から読み始める人は、

渓流詩人なる人物は根性ひん曲がってるな。

なんだこの人は?

などと思うかもしれない。

実際、私が天心流について辛辣に批判する件についても、何故名指ししてまで批判するのか、これまでのいきさつを知らない人が、批判している一文だけを見た場合、

「なんだ町井って奴は」

になっている(苦笑

他流を貶めているとやんや言う方もおられるが、繰り返し言う。

「あかんもんはあかんのです」

刀を杖のようにした所作など江戸の頃には存在しないでしょうし、そもそも現天心流兵法の存在そのものが否。

三日月藩・福本藩に伝わったとされる天心流とは無縁。

昭和(平成かな?)に創作された古武術風殺陣であると私は考えている。

 

さて、悪魔の証明なるものは不可能であるが、証明できないのならそれはあくまでグレーだとするのは大間違い。

全て状況証拠で捜査するのは拙いかもしれないが、狡猾な者には状況証拠で攻めて行かねばならないことは多々ある。

 

そして面白いことにもう一つ気付いた。

ツイッターで私に対するお門違いの反論にいいねやツイートをつける人の共通点。

それは…

 

続きはCMの後で。古畑任三郎でした。(古

修心館大阪豊中岡町道場定例稽古 ~後方突~

奥居合形でしばしば登場する後方突き。

右腕で引っこ抜いて、右腕で刺す人が殆どですが、私の概念から言えば、それらは全て間違いであり、微塵たりとも理に適ってはおりません。

私が普段、どのような指導をしているのか、動画で御紹介します。

※録画時間が長いので、倍速編集しています。

 

まずは形稽古。その後部分稽古を行います。部分稽古では相手を置き、形と同じ動きで素手でもって後方突きを稽古します。

初動を読ませぬ動き、そして突きを入れるインパクト、刃筋が合致すれば、動画の中にあるように、コピー用紙を木刀で突き刺すことも可能となります。

先が丸い木刀でコピー用紙に穴が空くと言う事は、刃がついた鋭利な真剣だとなんの抵抗も無く、刺された相手も刺されたことにすら気づかない程の刺突が繰り出せているということです。

動画後半は木刀を使っての自由組太刀の様子です。

昨夜の大阪北道場稽古 ~居合柔術~

とかく物斬りのイメージが強い私並びに修心流ですが、上の動画のような徒手格闘系居合柔術の稽古も行っています。

刀を使うことだけが居合術ではありません。

身体操作を学び、身につけると、面白いこともできるようになります。

大阪北道場は天神橋筋六丁目駅から徒歩4分の場所にあります。

仕事帰りに居合術の稽古はいかがですか?

大阪北道場の稽古から ~甲冑組討形“籠手請”~

修心流居合術兵法の甲冑組討形 ~籠手請~

鎧通しや前指を逆手に持ち、真向に斬りこんで来る敵の身体を崩して喉を突く。

同じ形でも別伝では得物を持たず、鎧の籠手で相手の斬撃を流し、肘で喉や鼻を突くと同時に真下に落とします。

 

形稽古とはゆっくりと正確に何度も反復して技術を身につけるものと考えます。

早さでごまかしては何も得られず、演武ならぬ演舞にしかならないものです。

修心流居合術兵法ではこのように地味な稽古に明け暮れています。

武術としての試斬 ~初動を読ませない斬撃~

大きく振りかぶって勢いをつけて切る試斬を、修心流では良しとしていません。
あくまで武術としての刃筋確認稽古ですから、初動を読ませず、身体が動いた時には畳表が両断されている… 修心流が求めるのはそんな斬撃です。

動画で右袈裟の初太刀の後の左斬上にご注目頂ければと思います。

昨夜の稽古 ~奥居合~

この日の稽古課題は奥居合。

虎走と呼ばれる形、単に前に進むだけだと思っていませんか?

修心流居合術兵法では常に己が不利な状態に置かれたことを想定して稽古しています。腕を押さえる相手をそのまま後方へ押しやりながら抜刀できるか?

力を分散させず、軸をぶらす事無く真っ直ぐ進むと言う単純な動きですが、いざやってみると難しいものです。まずは正座の状態から稽古し、次に立膝にて行います。それが出来るようになったら、柄にかけた両腕を相手に押さえさせ、形通りの所作で相手を追い込む稽古を行います。

動画後半は戸脇と呼ばれる形における後方突きを立った状態で行っている稽古の様子です。

右手で抜刀する人が多く見られますが、それでは腕を掴んで来た敵に動きを封じられてしまいます。後方突きは万一前方から腕を掴まれようと、後方を突くと同時に、腕を掴む者をも後方に崩し飛ばさなければ業として成立しないと私は考えています。

こうした通常の居合道場では行わない稽古方法が修心流の特徴で、刀を使うと言うよりは、身体の捌き方を研鑽指導しているので、門弟の多くは合氣道や柔術の経験者、或いは現在もそれらを修練している方が多いです。

とある日の町井勲

斬稽古の際には、自身のフォームチェックのために動画録画することが多いのですが、6月2日の刃筋確認稽古の折の小学生とのやりとりがとても素敵だと、スタッフS君が動画を編集してアップしてくれました。

天心流兵法の系譜捏造批判などで、とても堅苦しく、頑固で気難しい人柄だと思われ勝ちなイメージの私ですが、実はこんなにフレンドリーなんだということを、広く知って頂くにはとても良い動画だと、スタッフS君たっての希望ということもあり、当初はアップする予定ではなかったのですが、つい先程公開しました。

一般道の直ぐ横での試斬稽古だけに、

通報されないのか? 法律的に違反ではないのか?

と言ったご質問も稀に頂くのですが、自己所有の敷地内での稽古であり、また、所轄警察署も私の仕事をご承知ですから、警察官が稽古に対して注意しに来ることはありません。

むしろ私の近所では一種の名物となっており、稽古をしているとよくギャラリーがいらっしゃいます。

時には

「次の稽古はいつ?」

と尋ねられるほどに。

 

日本刀を初めて手にする小学生達と私のほんわかとした動画をお楽しみ下さい。

※子供達に刀礼を教えてあげるべきだったと、動画を見て反省