備前國住長船七兵衛尉祐定作

備前國住長船七兵衛尉祐定作

備前國住長船七兵衛尉祐定作
– Bizen no kuni ju Osafune Shichibe no jo Sukesada –
https://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/666/00.html

七兵衛尉祐定は、永正頃の与三左衛門尉祐定を祖として五代目にあたると伝う。藤四郎祐定の嫡男であり、新刀期の備前長船祐定家中興の祖として高名な刀匠で、弟には源左衛門尉祐定、宗左衛門尉祐定らがおり、それぞれ別家し棟梁となりました。実子には上野大掾祐定がいます。
延宝二年(1674)六月歿、98歳という長寿を全うした七兵衛尉祐定は、逆算すると天正五年(1577)生まれとなり、現存する年紀が切られた作品中、最古のものは元和二年(1616)であり、晩年は実子の上野大掾祐定が代作したと言われます。

この脇指は刃長から鑑て、士の正式な大小用として鍛えられた中脇指で、先の方でも強く反りが付き、身幅広く、重ねもがっしりとした造り込み。杢目鍛えの地鉄は詰み、刃文は匂口明るく冴え、腰開きの互ノ目に互ノ目丁子を交えた賑やかな出来口を示し、刃中には足や葉が盛んに見られます。
特別保存刀剣鑑定書が交付されるだけあって出来の良い脇指。現状のままでもお楽しみ頂けますが、更に良い研磨を施し、下地もピシッと整えてお楽しみ頂きたい優品です。余力があれば、はばきも銀で誂え直したいところです。

裸身重量424グラム。

大磨上無銘(三原) ~大好評初心者応援価格~

大磨上無銘(三原)
無銘(三原)
– Mumei(Mihara) –
 
備後国三原派は、備前・備中の両国に近いものの、備前伝及び山城伝いずれの影響も受けず、鎌倉末期より室町末期まで一貫して大和伝を遵守しています。
従来は、正家が祖であるとされてきましたが、同工の年紀入りの作刀がいずれも南北朝期である為、最近では鎌倉末期の国分寺助国を祖とするという説が有力となっており、年代で大きく三つに区分され、南北朝より以前を古三原、室町初期~中期を三原、室町末期を末三原と呼称しています。
また、同派は古い時代から評価が高く、現在でも国の指定である重要文化財や重要美術品などに多くの作品が指定されるなど、斯界で高く評価されています。
 
この刀は大磨上無銘ながらも、元先の差が開いた優雅な姿を留めており、小板目杢交じりで柾気が強く現れたの地鉄には、総体に淡く映りが立ち、刃文は匂口明るく冴え、直刃調に湾れごころを交え、刃縁には砂流や解れがかった刃が見られ、静の中に動を感じさせる出来口を示しています。
三原の刀はよく斬れる利刀として著名であり、数多の戦国武将が愛蔵しました。
 
裸身重量604グラム。

備中守橘康廣 (菊紋) ~然るべき研磨を施し特別保存刀剣鑑定を御受審下さい!!~

備中守橘康廣 (菊紋) ~然るべき研磨を施し特別保存刀剣鑑定を御受審下さい!!~
備中守橘康廣 (菊紋)
– Bicchu no kami Tachibana Yasuhiro –
 
備中守橘康廣は紀州石堂派の祖である土佐将監為康の子として紀伊国に生まれ、名を富田五郎左衛門と称しました。
始めは紀伊国にて槌を振るいましたが、後に大坂に出て大坂石堂派を興し、業物名工としてもその名を知られる名工で、備前一文字の丁子刃文を得意とし、時として本歌一文字に紛れるほどの器量で一世を風靡しました。
 
この刀は反りやや浅目の作品が多い康廣にあっては深い反りが印象的。昭和26年3月の大名登録初期の栃木県登録であることからも、恐らくは太刀外装等が添えられた特別注文による作品と推測されます。
茎はうぶで、先幅も広めで帽子延びごころ。優雅な中にも力強さを感じさせます。
古研ぎ且つ写真撮影時の光線の兼ね合いから、指表ががさついた地鉄に見えるかもしれませんが、肉眼で見ると全く印象が異なります。小板目肌良く練れて肌立ち、刃文は康廣が得意とした丁子乱れで、刃中には足や葉、砂流や金筋が至る所に顕著に見られ、覇気溢れる出来口を示しています。
 
現在の研磨では肌が立ち過ぎて見えるため、然るべき上研磨を施し、特別保存刀剣鑑定を御受審頂きたい名品です。
兎に角この刀は写真で見るよりも肉眼で見る方が地刃が綺麗です。当店撮影の拙い写真のみで御判断されず、まずはお気軽に実刀を手にとってご覧頂いて御購入を御検討頂きたく思います。
再研磨代を考慮した低価格で御案内致しますので、この機会を逃されませんように御注意ください。
 
裸身重量690グラム。

剣心将大 令和二年二月日

剣心将大 令和二年二月日
– Kenshin Masahiro –
 
 
居合稽古、刃筋確認稽古用に適した一振です。
元先の差程好く開き、切先は延びごころ。大湾れに広直刃調の浅い湾れ刃文で、刃中には足や葉が入り、小乱れ調となっています。
観賞用としてもお楽しみ頂ける仕上研磨渡しと、主に試斬にお使い頂くための武用研磨渡しの二種類の価格で御案内致します。
ここで表記致します武用研磨とは、改正砥、つまり砥石の番手で言うところの#1000迄の研磨状態でお納めすることを指します。
 
附属の拵はデザイン性の良い現代金具を用い、変わり塗りで仕上げております。既製品の鞘に納まる刀姿ですので、稽古中に鞘を削ってしまったり、割ってしまった場合でも、すぐに替鞘を低価格にて御用意できます。
存分にお稽古に御活用下さい。
 
裸身重量759グラム。  拵に納めて鞘を払った重量990グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

剣心将大 令和二年一月日

剣心将大 令和二年一月日
– Kenshin Masahiro –
 
 
居合稽古、刃筋確認稽古用に適した一振です。
元先の差程好く開き、切先は延びごころ。刃文は広直刃調に極浅く湾れごころを交え、足入り、小乱れ調。
観賞用としてもお楽しみ頂ける仕上研磨渡しと、主に試斬にお使い頂くための武用研磨渡しの二種類の価格で御案内致します。
ここで表記致します武用研磨とは、改正砥、つまり砥石の番手で言うところの#1000迄の研磨状態でお納めすることを指します。
 
附属の拵はデザイン性の良い現代金具を用い、変わり塗りで仕上げております。既製品の鞘に納まる刀姿ですので、稽古中に鞘を削ってしまったり、割ってしまった場合でも、すぐに替鞘を低価格にて御用意できます。
存分にお稽古に御活用下さい。
 
裸身重量806グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1033グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

鐔11点追加しました。

鐔11点追加しました。

https://nihontou.jp/choice03/tousougu/tuba/list.htm

於東都肥前國忠次作之 昭和十二年二月吉祥日

於東都肥前國忠次作之 昭和十二年二月吉祥日
– Hizen no kuni Tadatsugu –
 
 
本名、中尾三治郎。明治43年生まれ。桜井正次門。多久市西多久町に住しました。昭和14年には堀井俊秀に師事。海軍受命刀工としても活躍しました。
 
この刀は身幅広く先幅も広めで豪壮ながらも、刀身自体の重量は抑えめで手持ちバランスが非常に良く、地鉄は小板目肌がよく練れて詰み、一部肌の荒れた部分が見られるも、匂口は明るく、逆がかった互ノ目丁子乱れを巧みに焼き上げ、足よく入り、刃縁に沸がしきりに付き、賑やかな出来口を示しています。
 
附属の拵は近年新調されたもので、状態良く、すぐにお稽古にお使い頂けます。
※刀身中央付近、刃先を何かに当てた痕がありますが、殆ど気にならないレベルです。
 
裸身重量797グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1062グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

金房正長

金房正長
– Kanabo Masanaga –
 
 
金房一派は大和国にて栄えた手掻末葉の刀工群で、南都宝蔵院の僧兵に数多の刀剣を鍛え、兵衛尉政次や隼人丞正實らが著名。十文字槍で有名な宝蔵院流槍術の始祖、覚禅房胤栄の槍も金房一派の刀工の手により鍛えられました。
現存する作品は、刀や槍、薙刀と言ったものが多く、短刀や小脇指の類は少なく、作風としては元先の幅差が少ない頑強なる造り込みが多く、利刀としても優れていたため、武将達からも厚い支持を得ていたようです。
 
この刀は同派正長による作で、元先の幅差が少なく、切先が延びた典型的な金房の姿を示しており、地鉄は板目に杢目、流れ柾を交えた地鉄が肌立ち、匂口は明るく、互ノ目に丁子足を交え、刃中には金筋や砂流が顕著に現れ、覇気に満ちた作品となっています。
 
附属の拵は切羽も完全なるオリジナル。鐺金具周辺の痛みが惜しまれるも、今や切羽のすり替えもない完全なるうぶの拵は大変貴重な存在です。
 
斑点状に白く変色した程度の錆が見られます。現状でも地刃は楽しめますが、是非とも研磨を施して頂き大切に後世に伝えて頂きたい一刀です。
 
 
裸身重量773グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1118グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

為本橋氏大崎靖宗作 昭和五十年八月日

為本橋氏大崎靖宗作 昭和五十年八月日
– Osaki Yasumune –
 
 
大崎繁春。大正4年山形県生まれ。昭和12年に日本刀鍛錬会に入会。島崎靖興の先手を務めました。昭和18年に召集入隊して終戦で退会します。
戦後は暫く鍛冶から離れますが昭和46年に島崎靖興、八鍬靖武から刀匠銘靖宗を授名し作刀開始。平成4年に東京都墨田区の登録無形文化財に認定されました。最後の靖国刀匠として知られる刀工です。
 
靖宗経歴
昭和12年9月24日日本刀鍛錬会入会
昭和18年10月15日 召集入隊して終戦で退会
昭和46年5月島崎靖興、八鍬靖武から靖宗を授名
昭和46年11月造刀を再開
平成元年9月靖国神社創立120周年記念短刀奉納
平成4年8月東京都墨田区の登録無形文化財に認定される
平成9年7月没
 
― 靖国刀 ―
昭和8年7月、東京九段・靖国神社境内に、陸海軍将校同相当官の軍刀整備を目的として、財団法人日本刀鍛錬会が組織され、ここで製作された刀を靖国刀と呼び、従事した刀匠を靖国刀匠と言う。大東亜戦争終結までの12年間に、8,100振の刀を鍛えた。
※トム岸田著 「靖國刀」より引用。
 
 
この刀は身幅広い豪壮な造り込みで、小板目肌柾流れ、良く練れて詰むも少しく肌立ち、刃文は匂口明るく冴えた互ノ目乱れに互ノ目丁子を交え、足頻りに入り、砂流かかり、長い金筋入り、刃縁に大粒の沸よく付き、覇気ある出来口を示しています。帽子は表裏直ぐに丸く返る。
 
附属の拵は当店にて新調致しました。薄手の鐔が付いているため、将来お客様のお好みの鐔に替えられることを考慮し、切羽を一枚余分に組み上げております。
※白鞘の糊付けが外れています。糊付け修理は5,000円にて承ります。
 
 
裸身重量906グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

南都住金房兵衛尉政次

南都住金房兵衛尉政次
– Nanto ju Kinbo Hyoenojo Masatsugu –
 
 
金房一派は大和国にて栄えた手掻末葉の刀工群で、南都宝蔵院の僧兵に数多の刀剣を鍛え、兵衛尉政次や隼人丞正實らが著名。十文字槍で有名な宝蔵院流槍術の始祖、覚禅房胤栄の槍も金房一派の刀工の手により鍛えられました。
現存する作品は、刀や槍、薙刀と言ったものが多く、短刀や小脇指の類は少なく、作風としては元先の幅差が少ない頑強なる造り込みが多く、利刀としても優れていたため、武将達からも厚い支持を得ていたようです。
 
この刀は同派代表する政次による作で、元先の幅差が少なく、切先が延びた典型的な金房の姿を示しており、地鉄は板目に杢目、流れ柾を交えた地鉄がよく練れて詰み、刃文は直刃調の刃取りで互ノ目丁子を焼き上げ、足が盛んに入り、逆足交じり、刃縁の変化に富んだ古雅な出来口を示している。
、刃中の働き足を交え、刃中には金筋や砂流が顕著に現れ、覇気に満ちた作品となっています。
 
附属の拵は鞘はオリジナル。当店仕入れ時には鐔と柄が失われていたため、構図が良い現代金具を用いて新調致しました。
現状でも地刃の御観賞は可能ですが、出来良い作品だけに然るべき研磨を施してお楽しみ頂きたい一刀です。
 
裸身重量698グラム。  拵に納めて鞘を払った重量936グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。