脇指 山城國粟田口藤原忠綱作(初代)

山城國粟田口藤原忠綱作(初代)

山城國粟田口藤原忠綱作(初代)

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/358/00.html

 

初代粟田口近江守忠綱は、慶長十四年に播磨国姫路に生れ姓は浅井。粟田口国綱の後裔と称し、銘に粟田口を冠しました。寛永十四年頃より山城にて鍛刀し、後の慶安元年頃に大阪に移住。延宝四年六十七歳の作までのものが経眼されます。子に、名工の誉れ高い一竿子忠綱をはじめ、摂津守忠行、近江守忠光、正綱がおり、弟子には、長綱、包綱、広綱、吉綱などがおり、いずれも名工として名を轟かす刀工ばかりです。

小板目肌良く練れて杢交じって地景入り、地沸ついた精美な地鉄に、匂口明るく冴えた互ノ目丁子乱れを焼いた初代忠綱の作品。一切の破綻が無く、まさに名刀と呼ぶに相応しい出来口です。
コレクター遺品整理としてお預かりした眼垢がついていないうぶ品。現状古研ぎ身で所々に薄錆がありますが、現状でも地刃を御観賞頂けます。
研磨前の御入手いただきやすい価格での御紹介ですので、この機会を逃されませんように。
※委託品

裸身重量445グラム。

刀 無銘 ~町井勲監修で新調した黒蝋塗鞘打刀拵入り~

刀 無銘 ~町井勲監修武用拵入り~

刀 無銘 ~町井勲監修武用拵入り~

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/587/00.html

 

京都府下より買い付けたうぶ品の一刀で、当店店主 町井勲監修の下、武用に適した本式の拵を新調しました。鮫は贅沢な親粒付きのものをぐるりと一枚巻きにし、柄巻きは正絹黒糸にて捻り巻きに仕上げております。

刀身には鍛錬疵が無く、現状錆身ではあるものの、明るく冴えた互ノ目乱れが焼かれています。
現状のまま御購入頂き、ご自身で寝刃合わせをされるも良し、当店にて寝刃合わせも承ります(税別3万円)。存分に試斬抜刀稽古にお使い下さい。勿論研磨を施せば美しい輝きを取り戻しますので、観賞用としても、居合演武用としてもお楽しみいただけます。

観賞用研磨の御相談も承ります。

裸身重量778グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,094グラム。

脇指 豊後高田住藤原行光

脇指 豊後高田住藤原行光

豊後高田住藤原行光

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/356/00.html

豊州高田派は、豊後国高田地区(現大分市鶴崎近辺)で栄えた刀工一派で、古刀期の作に平姓を銘切るものが多いことから、それらを平高田と称し、新刀期以降は藤原姓を銘切るようになったことから、藤原高田と汎称します。古来より実用刀としての評価が高い一派で武用刀として数多の武将に愛用されました。

この脇指は俗名を仲間勘左衛門と称した行光による、小板目杢交じりの地鉄に、小湾れ調子に互ノ目を交えた刃を焼いた作品。中心の状態も良く、力強く切られた銘の“豊”の第一角から二角にかけて、流暢に丸みを帯びた鏨使いが、子の行光(後熊本へ移住)と異なります。
行光は藤原高田一派の中でも名が通った刀工ではありますが、本刀には表裏に埋鉄があるため、入手しやすい御手頃な価格で御紹介致します。

附属の拵は近代に製作されたものですが、裏革の柄巻きは手にしっくりと馴染み、茶系の桜皮塗と茶蝋塗を塗り分けた粋な仕立てです。

裸身重量451グラム。  拵に納めて鞘を払った重量707グラム。

明義先禮以報忠 ~南部藩藩校明義堂の恩賜の刀~

明義先禮以報忠 南部藩藩校明義堂の恩賜の刀

明義先禮以報忠 ~南部藩藩校明義堂の恩賜の刀~

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/568/00.html

 

この刀には作者銘ではなく明義先禮以報忠と銘切られています。この銘にある明義とは、盛岡藩、別名南部藩の藩校である明義堂を意味するものと考えられ、本刀は盛岡藩校明義堂にて成績優秀であった士に贈られた恩賜の刀と推測され、礼を尽くし、いざと言う有事の際にはこの刀で忠義に報いよとの意味が込められたものでしょう。

古研ぎなので地鉄はふさってしまい、判然とはしませんが、手持ちバランスが非常に良く、小板目柾流れの地鉄に匂口締まりごころの直刃を焼いており、注目すべきは総体に判然と現れた直映りで、粗見すると単調な直映りに見えますが、仔細に見ると細かな乱れ映りを呈しており、鍛錬疵や埋鉄があるものの、粘りがあって折れにくい利刀であることを窺がい知ることができます。うぶ買い付け品であり、盛岡藩校と南部家の歴史が詰ったこの一刀、是非とも郷土に里帰りさせ、然るべき上研磨を施し、大切に後世に遺し伝えて頂きたく存じます。

裸身重量656グラム。

刀  為松本家重代池田正行作之 平成九年三月吉日

刀  為松本家重代池田正行作之 平成九年三月吉日

刀  為松本家重代池田正行作之 平成九年三月吉日

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/564/00.html

 

池田辰男。昭和13年生まれ。大阪府堺市に住す。卍正行の名で知られ、刃物の町堺に住するだけあって、本焼き包丁等の実用刃物を鍛えてきた経験から、実用兼美の利刀を鍛える刀工です。

この刀は小板目良く詰んだ破綻無き地鉄に、小沸本位の匂口にて指表は小互ノ目を。指裏は互ノ目丁子を巧みに焼き分けた力作。
所々についたヒケが惜しまれるものの、入念な研磨が施されているため、地刃共に見易く、下地も凜として気持ちが良い仕上がりになっています。

ヒケ除去部分研磨御相談に乗ります。お気軽にお問い合わせ下さい。
※本刀は委託品です。

裸身重量823グラム。

刀  無銘(仙台安倫)

刀  無銘(仙台安倫)

刀  無銘(仙台安倫)

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/563/00.html

 

安倫は江戸初期の承応頃を始祖として、その名跡が九代継承され、明治にまで及んでいます、痛切に、m江戸の大和守安定に学んだ安倫は初・二代と言われ、初代は初銘を倫祐といい、遊慶倫助の子で、余目五左衛門と少子、承応三年、大和守安定門に入り、翌明暦元年に没したと伝えられています。また、二代は初代の弟で、兄同様余目五左衛門と称し、明暦二年、弟籐八郎(安次・河内守國次養子)と共に江戸に出て安定門となり、のち帰国、おおいに活躍したと言われます。なお、仙台立て藩主綱宗公は鍛刀を好んで遺例がありますが、その相槌を行ったのはこの工のことであります。初代が早世の為に同工の安倫銘の作刀が見られないことから、二代が事実上の初代であり、世に二代を以って初代とする向きがあります。

この刀は小板目肌が良く詰み、杢が交じった鍛えに地沸が微塵につき、地景が細かに良く入り、匂口は明るく冴え、小湾れを基調に互ノ目を焼き、足よく入り、匂深で、沸が厚く付き、刃縁から地に向かって沸零れ、砂流かかり、庵棟のおろしをやや急峻に造り込んで、焼刃の湾れが所々角張る風を見せ、安倫の技量の高さを存分に示した作品です。
尚、数代続く安倫ですが、中でも二代は業物として知られています。

附属拵の角頭の大きさが合っておりませんので、新たに角頭を新調されることをお薦め致します。

裸身重量750グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,009グラム。

伝 津藩藤堂家伝来刀 大磨上無銘越前兼則

伝 藤堂家伝来刀 大磨上無銘越前兼則

伝 津藩藤堂家伝来刀  大磨上無銘(越前兼則)

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/561/00.html

桃山時代、越前国で活躍した越前兼則の良刀です。
兼則は室町時代後期に美濃関で活躍し、後に越前一乗に移り住んで鍛刀した越前刀工で、銘鑑によると「慶長五年」紀の作品や「関ヶ原御陣作之」と所在地名を添えた作品が残されている事から、その製作時期を窺い知る事が出来、その刃味凄まじく、良業物としてもその名を轟かせる名工です。

この刀は三重県の伊勢、伊賀を治めた藤堂家伝来品と伝える品で、登録証紛失により現登録証では昭和34年の登録年月日が記載されていますが、登録番号は78番と非常に若く、初期登録が昭和26年大名登録であったことと、藩政時代には直江志津兼友として大切に伝来されてきたことが窺がい知れます。

緻密に練られた小板目肌には一切の破綻が無く、明るく冴えた匂口には大粒の沸が盛んに付き、金筋や砂流が随所に見られ、激しくも情緒豊かな情景を見せています。

御手頃価格で著名大名家伝来の名品をお探しの方、家宝に相応しい一刀をお探しの方に心より推挙いたします名品です。

裸身重量748グラム。
※本刀は委託品です。

伝 備州長船清光 ~町井勲監修 本造り武用拵新調済み~

伝 備州長船清光

刀 無銘(伝 備州長船清光)

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/560/00.html

 

室町時代後期の備前長船の刀工、及びその作刀を総称して末備前と呼称します。中でも清光を名乗る刀工は数多く、五郎左衛門尉・孫右衛門尉・与三左衛門尉・彦兵衛尉・孫兵衛尉などの俗名を冠する刀工の存在が確認されており、祐定、勝光、忠光と共に末備前を代表する刀工の一人として著名で、比較的直刃の作刀が多く残されています。

柄は散逸し、古い塗鞘のみが残されていた本刀を、当店々主町井勲監修の下、気が利いた現代金具を用い、真面目な武用拵を誂えました。
柄は親鮫をぐるっと一枚に腹合着せとし、銀はばきを新調。既製品の安価な切羽が用いられることが多い昨今において、本刀に合わせて手造りした銀切羽を誂えましたので、しっかりと納まり見た目にも清々しい拵に仕上がっています。

古研ぎ身につき、細かいヒケや変色程度の錆が部分的に見られますが、現状でも地刃はご観賞頂けます。居合の形稽古等、存分にお使い頂きいた上で、改めて再研磨を施し、観賞用とされても良いでしょう。手持ちバランスも良いお薦めの一刀です。

裸身重量714グラム。  拵に納め、鞘を払った重量961グラム。

刀 一心 昭和十八年三月 ~陸軍受命刀工~

刀 一心 昭和十八年三月

刀 一心 昭和十八年三月 ~陸軍受命刀工~

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/545/00.html

 

一心とありますが、満鉄刀とは関係ありません。刀工銘“一心”は岐阜県関市にて活躍した昭和の刀工です。本名を谷川慶治と言い、昭和16年9月12日に陸軍受命刀工に任命されました。

この刀は戦中に打たれた刀身に稀に見る、匂口が無いタイプ。そのため刃文写真は割愛させていただきます。刀身には鍛錬時の疵欠点はありません。刀工銘の上と柄の兜金(頭金具)に名古屋工廠刻印“名”が打たれています。

附属の九八式軍刀拵は、未使用と称しても過言ではない保存状態の良さ。金具番号は全て“722”で揃っており、はばきの台尻にも鏨で“722”と刻され、鞘の鯉口内部にも“722”と記載。柄木にも“722”の番号が刻されています。
現在匂口が無い刀身や工廠刻印が打たれた刀身には登録証が発行され辛い状況ですので、本刀の存在は大戦時の軍刀の歴史を物語る上でも大変貴重な存在で、資料的価値も高いです。軍装コレクター垂涎の一刀を是非この機会にお求め下さい。
※本刀は委託品です。

裸身重量776グラム。 拵に納めて鞘を払った重量1,087グラム。

三尺三分六厘の長寸刀

三尺三分六厘の長寸刀

長寸の御刀をお探しの方に朗報です!

3月末日までは税込みでお譲り致しますので、お得な期間中にお求め下さい。

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/558/00.html

 

尖り刃交じりの互ノ目乱れ明るく冴え、総体に淡く映りごころある地鉄の一刀で、特筆すべき疵欠点無く、また、古研ぎながらも目立つ錆等も無く、このままご観賞用としても、武用刀としてもご使用いただけます。
中心を仔細に見るに鏨跡らしきものが見られるため、元は在銘刀であったものと推測されます。

三尺を超える長寸刀をお探しの方にお薦めいたします。3月末日までは税込み700,000円にて御案内致しますので、お得な期間中にお求め下さい。

裸身重量1,202グラム。