刀 無銘

刀 無銘

無銘
– Mumei –
市場初登場の完全なるうぶ出し! 眼垢は一切ついておりません。
刃長二尺三寸余の長めの時代刀が納められた98式鉄鞘陸軍刀拵。軍装に精通された方なら写真をご覧頂いた途端、元々は二鐶吊りの94式軍刀であり、駐爪牡丹の位置などから初期型であることがお判り頂けるはずです。
 
刀身はうぶ無銘で、所々に鍛錬疵が見られるも、小板目に杢交じり、刃縁柾がかり、淡く乱れ映りが見られ、匂口は明るく、元の方に兼房乱れを連想させる互ノ目乱れ、先に行くにしたがって乱れの高低が落ち着いた互ノ目乱れとなり、刃中には砂流や足が盛んに入った働き豊富な出来口を示しています。
 
附属の軍刀拵は金具刻印は全て「4」番の完全なるオリジナル。大切羽は鐔と一体型の少し珍しいタイプで、鞘の痛みも少なくコンディションは良好。柄巻きのみ絹糸の風化が著しかったため、当店にて上柄巻きを施しました。
この一刀を携えられた英霊の心をも大切に次世代に伝えて下さる方にお譲りしたく思います。
※保存審査受審をご希望の方は、指裏の疵在る箇所に埋鉄を施されることをお薦め致します。
 
 
裸身重量857グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,275グラム。

刀  濃州関住義光作 昭和十七年三月

濃州関住義光作 昭和十七年三月

刀  濃州関住義光作 昭和十七年三月

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/590/00.html

 

刀身無疵無欠点。匂口明るく冴えた尖り刃交じりの互ノ目乱れを焼いた作品。
戦中も大切に扱われていた一刀で、石突金具のみ革で覆われていました。しかしながらそれが仇となり、水気を含んだまま長い月日が経過したため、石突の変色、鉄鞘の発錆を招いてしまっています。
刀身は白鞘に移され保管されていたため、比較的状態は良いですが、指裏物打辺りに発錆してしまったものを、素人が耐水ペーパーで擦った痕跡が見受けられます。
お時間さえ頂ければ、10万円で美術鑑賞用並研磨を承ります。お気軽にお問い合わせ下さい。

裸身重量742グラム。  拵に納め、鞘を払った重量1,139グラム。

刀 宇多國宗

刀 宇多國宗

刀 宇多國宗

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/549/00.html

宇多派は鎌倉時代末期の文保頃に、大和国宇陀郡から古入道国光が越中に移住したことにより興り、以後室町時代に渡って繁栄しました。中でも鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての作品を古宇多、室町期の作品を宇多と、それぞれ称呼しています。

宇多國宗は國光の子で、國房の弟であり、同名が数代に渡り繁栄しました。

この刀は緻密に練られた杢目肌が詰んだ精美な地鉄が大変美しく、淡く映りごころがあり、一部に一際黒い鉄が見受けられます。特筆すべき鍛錬疵無く、匂口は沈み加減で元が潤み、先に行くに従って締まって刃中には極短の足が頻りに入り、横手下からは匂口に沸が豊かに付いて地にこぼれ、それがフクラに沿って二重刃風を呈しています。
銘文は“宇多”が故意に判読しづらいよう手を加えられているように見受けられます。地鉄が良い刀だけに、古い時代には備前の國宗などとして伝来していたのではないでしょうか。

周知の通り、昭和26年大名登録刀の中でも、特に3月中の登録物件は、大大名の蔵品が多く、この刀に附属する鉄鞘の九八式陸軍刀拵は、柄木の合わせ目に銅板を添えるなど、実戦での柄の損傷を考慮した特別な造り込みで、柄の兜金(柄頭)には九曜紋があしらわれているところを鑑るに、細川家や伊達家の縁者が腰に吊るしていたのかもしれません。
金具番号は49番揃いの完全なるオリジナルですので、刀剣趣味人のみならず軍装コレクターの方にも自信を持ってお薦め致します。

裸身重量726グラム。 拵に納めて鞘を払った重量1,093グラム。