助廣(初代) ~刃中に繊細な砂流や金筋を呈した作品です~

助廣(初代)
– Sukehiro(First generation) –
 
 
初代助廣は播磨国津田(現、姫路市郊外)の出自と伝え、俗名を津田弥兵衛と言い、寛永初年(1624)頃に大坂に出て河内守國助に学び、正保4年(1647)師の没後に一家を成して常磐町一丁目に住しました。師伝の備前伝を得意とした新刀期屈指の名匠であり、生涯津田姓は用いず、藤原姓を名乗っており、『摂州住藤原助廣』、『摂州大阪住藤原助廣作』などと銘切りました。慶安元年二月吉日の年紀作には『そぼろ』、「明暦三年九月」には『於大坂そぼろ』の切付銘があることから、初代助廣を『そぼろ助廣』と呼称しているものの、その真意は不明で、晩年隠居直前の明暦元年8月から同2年8月(1655~56)頃に越前守を受領しています。
病弱のためか明暦年間(1655~57)と鑑せられる『越前守助廣』銘の作刀が僅かに現存しているものの、この頃から二代助廣の代作・代銘が多くなると云われています。
万治以降(1658~)は助廣の名跡を二代に譲り、作刀生活から遠ざかったと考察され、寛文3年(1663)11月16日歿しました。
業物位列(斬れ味の順位)では最高である最上大業物の地位を獲得しており、利刀を鍛える刀工としても名高く、人気の高い江戸前期の名工です。
 
この脇指は小板目が良く練れて詰み、地沸付いた精美な地鉄に、こずんだ互ノ目を匂口明るく焼き上げ、足よく入り、丁子刃交え、刃中には繊細な砂流や金筋を呈した作品です。
 
裸身重量593グラム。
※委託品
 
 
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