試斬

試斬(しざん)

文字通り、その刃物の切味を知る為に行う物が本来の試し切りだと私は考えているのですが、いつの時代からか自分自身の腕試しに変わってしまったように思います。

昨夜、とある古流を名乗る道場が、試斬を積極的に取り入れている理由をこのように記しているのを見かけました。

 

形通りに試斬をすることで、刃筋を通すことと間合いを学ぶ。

 

一見理に適った理由に見えますが、人と畳表では間合が異なることを知らなくてはいけません。畳表を両断する間合は畳表を両断するための間合。武術としての間合ではないのです。

こうしたところに現代を生きる居合、剣術修行者、指導者の思慮の不足を感じてなりません。

 

私も時折畳表や竹を斬ることがありますが、現在では試斬や試斬稽古とは言わず、自分の中で明確に試斬と分けているつもりです。畳表斬りはあくまで刃筋確認であって、武術ではないのですから、

 

斬稽古

刃筋確認

 

と称すのが妥当と考えます。

 

畳表や竹斬りは、あくまで斬る稽古、刃筋を通すための稽古であって、間合の稽古ではない。

故に私の道場では試斬と言う言葉は使いません。

一時私も物を斬ることで実力を示すと言う、馬鹿な観点を重視した時期があり、その頃には頻繁に畳表を斬る稽古を行っていましたが、武術としての居合、剣術をつきつめていきますと、物を両断することに意味を感じなくなりまして、今では数か月に一度、例えばいつも利用している稽古場が利用できない日等に行うのみとなっています。

それでも日頃から私の下で研鑽を詰む門弟達は、斬り損じること少なく、返し斬りも難なくこなすのです。日頃から畳表を頻繁に斬っている居合、剣術修行者より上手です。

 

今日のブログ記事で私が皆さんに伝えたい事、それは…

 

・畳表を斬ることでは武術としての正しい間合は学べない。

・試斬とは文字通りその刃物の切味を試す行為であって、個人の腕試しを意味するものではない。

・畳表や竹を斬らずとも、正しい稽古を積めば刃筋は通る。

・刀を損なう試斬はすべきではない。

 

の四点です。

あなたが武術としての居合、剣術を求めているのなら、上記四点、心のどこかに留めてください。

 

最後に…

私の様々な物斬りギネス世界記録を見て、斬ることを否定してる割にやってることが違うではないかと思われる方もおられると思います。

私のギネス世界記録は居合研鑽の副産物であり、記録達成、記録認定を目指して築き上げたものではありません。全てテレビ企画等で頂戴したあくまで副産物。

故に番組の予算や企画内容によっては、前人未到の記録を打ち立てても、ギネス世界記録に登録されていないものもあります。

例えば… マッハ1.17で飛んでくるピンポン玉の居合斬りなんてその格好の例です。

私は愛刀家として、また、武術としての居合を嗜む一居合術家として、無意味な試斬や試斬体験会には一生涯否定的な立場であることに変わりはありません。

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