大磨上無銘 弥門直勝(次郎太郎直勝) ~出来頗る良い名刀~

大磨上無銘 弥門直勝(次郎太郎直勝)

無銘(弥門直勝)
– Mumei (Yamon Naokatsu) –
 
大慶直胤の門人であった次郎太郎直勝は、後に直胤の養子となり、上州館林の秋元家に仕え、江戸下谷に住しました。はじめ上総太郎といい、後に次郎太郎と称しています。
直勝は、一門で直胤に次ぐ実力者であり、その作風は大別すると、相州伝と備前伝があり、特に古作の兼光の作柄を範とした備前伝には、直胤以上に優れたものが見られます。
 
この刀は、小板目肌が細かく詰んだ精美な鍛えに、地沸微塵に厚くつき、地景細かによく入り、刃文は匂口明るく冴え、焼幅広く、互の目に丁子や角がかった刃を交じえ、華やかに乱れ、足長く頻りに入り、逆足・葉を交え、匂深く、総体に金筋や沸筋、砂流しが顕著に現れ、地刃共に実に明るく冴えた作品です。
現状では大きく磨り上げられていますが、うぶの姿を想像するに、反り深く、古い太刀を模した上品且つ力強い姿が浮かばれます。
うぶ在銘で裏年紀もあればなかなか手が届かない直勝ですが、大磨上無銘であればコレクションに加え易い価格で御入手可能です。銘より上の出来で刀を楽しまれる玄人にはうってつけの名刀。是非この機会にお求めください。
 
裸身重量568グラム。

無銘(伝 甲州住廣正)

無銘(伝 甲州住廣正)
無銘(伝 甲州住廣正)
– Mumei(Den Koshu ju Hiromasa) –
 
俗名、市川彦三郎。廣次の父であり、貞享頃に活躍した甲斐の刀工です。
 
板目肌に杢交じり、よく練れて詰んだ地鉄には乱れ映りが鮮明に現れ、直刃調の小乱れを匂口明るく焼き上げた作品で、二重刃も随所に見られ、美術鑑賞刀として見所多い優刀です。
乱れ映りの妙をお楽しみください。
※白鞘には目釘穴が開けられておりません。
 
裸身重量437グラム。

昭和26年3月大名登録刀 大磨上無銘冬廣

昭和26年3月大名登録刀 大磨上無銘冬廣
無銘(冬廣)
– Mumei (Fuyuhiro) –
 
初代冬廣は相州二代廣次の子で、若州小浜に移住して作刀し、後に相州綱廣に学びました。以下同銘数代が同地に続いて大いに繁栄し、現存する作品には天文・永禄等の年紀のものがありますが、殆んど時代を同じくして伯州・雲州・備中等の居住地銘を切った作が残されており、これ等が同人か否かについては判別できないのが現状です。
 
この刀は切先が延びた鋭い造り込みで、手持ち軽く、冬廣らしい大湾れ調の刃を、匂口極めて明るく焼き上げた作品。刃中に現れた金筋や砂流も見事で、刃縁についた沸の粒など、如何にも末相州物らしい出来口を示しています。
昭和26年大名登録の中でも極めて早い3月の登録であることから、大大名が所持していたことが窺い知れます。現状は地刃の観賞はできるものの、拭いぼけが目立ちますので、是非美術鑑賞用研磨を施して御所持下さい。
 
裸身重量564グラム。

無銘 ~桜皮包みの細身の仕込杖です。~

無銘
– Mumei –
 
様々な理由により刀剣を剥き出しで携行できない場合において、護身用や暗殺用途に用いるために製作された仕込と称される武具。仕込と呼ばれるだけあって、外見からは刀剣とは分からないように偽装されており、その多くは扇子や煙管、杖などの日用品を装っていることが多い。
特に日用品に偽装したものは、大っぴらに武器を持つ事ができないが、武装の必要性のある町人が護身用として持っていたようで、その中でも時代劇『座頭市』の主人公・市の得物である仕込杖は有名で、欧州でも中世頃からソードスティック(Swordstick)・剣杖(CaneSword)と呼ばれる仕込杖が存在しています。
暗殺用具として用いられたものの他に、近代になって市民社会が発達し、たとえ貴族であっても刀剣を公然と携行することができなくなると、護身用具として杖や傘などの「通常携行していても違和感のない日用品」に偽装、もしくは刀身を内蔵した刀剣類が所持されるようになった(これは後に拳銃の発達によって廃れてゆく)。
日本では、明治時代に廃刀令が発布されると、士族階級に刀を仕込んだ杖を所持、携行することが流行。その後、明治政府によって「刀剣を内蔵した杖」にも禁止令が発布され、現在は銃刀法によって「仕込み刀として製作された刀剣の拵(外装)に刀身を内蔵させたもの」は所持及び所有が禁止されていますので、この脇指を保管される際には、拵に納めることなく、必ず別々で保管されますようお願い致します。
 
この脇指は仕込杖の刀身として鍛えられたもので、かなり細身な造り込み。現状では地刃は観賞できませんが、その分研磨代を考慮した特化にて御案内致します。※刃文写真は割愛させていただきます。
柄に目釘穴は空いておらず、振り回すというよりは、主に刺突を重きを置いた一刀のようです。
 
裸身重量130グラム。  拵に納めて鞘を払った重量479グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

兼吉 ~関の名門工 昭和26年千葉県大名登録刀~

兼吉 ~千葉県大名登録刀~

兼吉
 
初代兼吉は関七流の中でも最も大きな流派である善定派の始祖、惣領として南北朝末期の康応元年紀(1389)より室町初期、應永にかけて作刀が確認されている有名工です。
銘鑑によると兼吉の出自は「本国大和、手掻包吉同人、または子と伝えられる。名を清治郎。法名善定」とありますが、同銘数代続いており、本刀は無鑑のため、いずれの代に該当するのかは、然るべき鑑定機関に委ねたいと思います。
 
うぶ買い付けで当店にて研磨を施しました。
杢目肌良く練れて詰むも肌立ち、互ノ目主体に湾れを交え、刃縁頻りに砂流かかり、刃肌立って金筋や稲妻を見せるなど、見所多い在銘古刀です。
 
附属する陸軍九八式軍刀拵は、とかく錆びやすい鉄鞘にあっては総体的に保存状態が良く、昭和26年の千葉県大名登録であることと、鞘に貼られた旧所有者の名札からも、伝来の良さが窺える一刀で、鞘に貼られた名札は、銃砲刀剣登録制度施行前の、GHQによる刀剣所持許可証交付に伴うもので、この点においても、我が国の刀剣史を物語る恰好の資料と言えるでしょう。
御購入後は是非とも保存刀剣鑑定を御受審下さい。
※金具は全て666番。大切羽のみ刻印未刻ですが、後補ではなくオリジナルのもので、部品のすり替えは一切ございません。
 
裸身重量478グラム。  拵に納めて鞘を払った重量833グラム。

大磨上無銘(藤島) ~水戸金工による金色の鐔が眼を惹く逸品~

大磨上無銘(藤島)
 
藤島とは、山城の名工、来國俊の門人であった初代藤島友重を祖とする、鎌倉末葉から南北朝に加賀国に移り住み作刀した刀工一派です。越前国藤嶋を生国とする故に藤嶋と称すると伝えられています。現存する藤島は室町初期より見られ、室町後期頃は特に繁栄しました。作柄は、姿などに京風の雰囲気が垣間見られますが、地鉄に黒味があり、大和伝風のものも、備前、美濃伝にも見える作品があると云われています。
 
この脇指は刀、または長寸の脇指を大きく磨り上げたもので、小疵あれど地鉄は良く練れて纏まっており、匂口明るく冴えた互ノ目乱れを巧みに焼き上げた作品。
附属する拵は状態良く、金具は龍図で統一され、見た目にもすっきりとしています。柄巻きは上手の裏革巻き。水戸金工の作になると鑑せられる黄金色に輝く鐔が、荘厳な雰囲気を醸し出しています。
 
当店にて研磨を施しました。研ぎ澄まされた古刀藤島の地刃の冴えを御堪能下さい。
 
裸身重量253グラム。  拵に納めて鞘を払った重量479グラム。
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

 

兼吉 ~研ぎ澄まされた古刀藤島の地刃の冴えを御堪能下さい。~

兼吉
– Kaneyoshi –
 
藤島とは、山城の名工、来國俊の門人であった初代藤島友重を祖とする、鎌倉末葉から南北朝に加賀国に移り住み作刀した刀工一派です。越前国藤嶋を生国とする故に藤嶋と称すると伝えられています。現存する藤島は室町初期より見られ、室町後期頃は特に繁栄しました。作柄は、姿などに京風の雰囲気が垣間見られますが、地鉄に黒味があり、大和伝風のものも、備前、美濃伝にも見える作品があると云われています。
 
この脇指は刀、または長寸の脇指を大きく磨り上げたもので、小疵あれど地鉄は良く練れて纏まっており、匂口明るく冴えた互ノ目乱れを巧みに焼き上げた作品。
附属する拵は状態良く、金具は龍図で統一され、見た目にもすっきりとしています。柄巻きは上手の裏革巻き。水戸金工の作になると鑑せられる黄金色に輝く鐔が、荘厳な雰囲気を醸し出しています。
 
当店にて研磨を施しました。研ぎ澄まされた古刀藤島の地刃の冴えを御堪能下さい。
 
裸身重量253グラム。  拵に納めて鞘を払った重量479グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。