美術刀剣 刀心の新着商品紹介で、何故値段を伏せているのか?

美術刀剣 刀心がSNS広告で価格を伏せる理由

 

このブログや私のフェイスブック、ツイッターなど、各SNSを通じて新着商品の紹介をしていますが、いつも写真の価格欄にモザイクをかけていることに、皆様はお気づきでしょうか?

町のスーパーや家電製品店の広告を見ると、どれだけ安く販売するかを広く知らしめるために、大きく価格が掲載されていますよね。

しかし、美術刀剣 刀心では私の拘りから、それをしておりません。

食品や家電製品と違い、刀剣はそれぞれが一点物。その月々の店の経営状況に合わせ、価値あるものも時には破格の価格で紹介することがあります。

例えば先月は売上が少なく、ノルマに達していない場合など、先月分も含めて利益を出したいとの思いから、100万円の価値ある刀剣でも70万で販売することがあるわけです。

お店としてやっていくからには、周囲の反響を呼ぶように、

100万円のところ→70万円!!

などと広告すべきなのでしょうが、私は刀剣が好き過ぎてそれができません。故に商売下手です。

でも、それでいいと思っています。

消費者であるお客様の感覚にも問題があるのですが、100万の価値ある刀を70万で販売した場合、長らくコレクターのもとに収蔵され、代替わりする際に再び市場に出る時くらいにしか再評価されない現実があります。おわかりでしょうか?

解り易く例を出しますと、

A店で100万円の価値ある刀が70万円で売られていた。→Bさんが購入、数ヶ月で他の刀に買い替えのためC店に下取りに出す。→C店は100万円の価値がある刀なので適正評価である100万円で売りに出す。→家電製品や日用雑貨と刀剣を同じように考えている一部の消費者で、過去A店で70万円で売られていたことを知る人は、同一作品の刀がA店では70万だったのに、C店では100万で販売している。C店はぼったくりだ。と間違った個人的主観をネット上で拡散する。→C店はその刀が売れないためA店と同じく70万まで値下げする。或いはそれより安く販売する。→益々その刀の価値が正当に評価されず、安価な刀としてレッテルを貼られてしまう。

と言う悪循環を生み出すのです。

私は刀が好きなので、100万の価値ある刀は100万で販売され、消費者もその価値を認識し、正当な評価額である100万で購入すべきだと考えています。それが刀を守っていくことだと信じてやみません。

ただ、私も家族を養わなければならない現実問題もあり、正当な評価額より安く販売せざるをえない状況に陥ることもありますし、自分自身が若い頃、なかなか刀を購入することができなかった経験があるので、心ある方、本当に大切にしてくださる方にはなるべく金銭的負担をかけさせたくないという気持ちもあります。

そこで私は新着刀剣の紹介宣伝はしても、価格は伏せるようにしているのです。

買い手が付き、その刀が嫁入りすると同時に詳細データを速やかにWEBサイトから削除し、ブログやSNSに残る情報から、その刀の販売価格を残さないように心がけることで、何らかの事情で再び市場にその刀が出た時に、その価値を守ることに務めているというわけです。

過去、ブログでも度々言ってきましたが、未だに私の店『美術刀剣 刀心』を利用される方の中に「なんぼか安くならへんの?」と値切る方が散見されます。日用雑貨や家電量産品ではないのです。武士の魂とまで称された日本刀。武士の時代は終りましたが、刀剣をお求めになられる方は、私から見れば刀を求める武士と同じ。己の命を託し、勝負事に用いる道具を購入するにあたって、「引く」「負ける」は縁起の良い買い方ではありません。ご自身で求めようとする刀の価値を下げる行為は、刀剣という贅沢品を趣味にされるからにはおやめになってください。

物には物の買い方というのがあるものです。

伯耆守藤原信高 ~尾張新刀を代表する名工 愛媛県大名登録刀~

伯耆守藤原信高 ~尾張新刀を代表する名工 愛媛県大名登録刀~
伯耆守藤原信高
– Houkinokami Fujiwara Nobutaka –
 
信高は、政常・氏房と共に尾張新刀を代表する刀工。中でも信高は六代まで続き、初代から五代までが伯耆守を受領している名門。各代の銘振りが似ているため、代の判別は難しいですが、反りが浅い寛文新刀体配であることから、初代~三代までのいずれかの作であろうと鑑せられます。
 
この刀は地鉄が総体に目立って肌立ち、堀川國廣を連想させます。相伝色濃い出来口で、大粒の沸が刃縁を飾り、それが地に零れ地鉄に銀河の如き景色を見せ、足や金筋を交えた湾れ調子の互ノ目乱れの粋を楽しめる一刀で、特筆すべき疵は無く、磨り上げられていることのみが惜しまれる優作です。
 
当店買取時には古新聞に包まれ、はばきも何もなく、裸身で薄錆に覆われた状態でした。研磨順番待ちなど、数年の長き諸工作期間を終え、この度再びその輝きを取り戻した信高。
拵は店主町井勲(修心流居合術兵法創流者)監修の下、本刀のために各職方が精魂込めて造り上げた本拵です。親鮫をぐるりと一枚で巻いた柄を黒塗りにし、赤備えの剛の士をイメージして赤色の裏革にて捻り巻きに仕上げました。切羽も本手造りのガッチリとした造りですので、武術の心得ある方にも御満足頂ける拵であると自負致します。
昭和26年3月6日と、かなり初期の段階の登録であることから、親藩である伊予松山藩15万石、松平家旧蔵の一刀と推測されます。
上研磨仕上がったばかで清々しく、大名家伝来の来歴良い信高刀、中心を伏せれば堀川國廣に思わず入札したくなる名品を是非この機会に御入手下さい。市場初登場です。
 
裸身重量688グラム。  拵に納めて鞘を払った重量940グラム。

無銘 ~室町初期應永頃の反り深い作品~

無銘 ~室町初期應永頃の反り深い作品~
無銘
– Mumei –
 
兵庫県下の旧家よりうぶ出しの一刀をご紹介致します。
本刀を見て誰もがまず思うことは、その反りの深さではないでしょうか。一見鎌倉期の輪反りに見えるも、仔細に見ればそれとは異なり、重ね厚い丈夫な姿であることから室町初期、應永頃の打刀であることが判ります。
踏ん張りがついた姿は優雅で、武器であることを忘れさせる程です。沸が強く、刃縁には大粒の沸が盛んに見られ、躍動感ある互ノ目を焼いています。指表中間部にやや荒れた感じの肌が見られますが、総体的に健全。うぶ買い付けの姿そのままでご紹介致しますので、経年による拭いヒケや一部錆が見られます。
然るべき諸工作を施し、鑑定書を付けて出世させ、後世に伝え遺して頂きたい逸品です。
 
裸身重量744グラム。

奥州住道長(新々刀) ~新撰組隊長近藤勇の愛刀としてよく知られる会津の名刀~

奥州住道長(新々刀) ~新撰組隊長近藤勇の愛刀としてよく知られる会津の名刀~
奥州住道長(新々刀)
– Oushu ju Michinaga –
 
道長は三善長道の弟と伝えられ、新撰組隊長近藤勇の愛刀としてよく知られています。
慶応2年11月15日、近藤勇は三善道長へ会津の山本覚馬を通じて作刀を依頼。仕上がった刀は会津藩士永田権之助・清治親子が受け取って七条木津屋橋の近藤勇まで持参しました。それほど会津の三善道長は当時人気が高かったのです。
 
この刀は柾目に杢交じりの肌立った地鉄によく地沸が付き、互ノ目乱れの刃縁にも盛んに沸が付き、打除や二重刃風の刃を見せ、覇気ある出来口を示す作品で、鍛錬疵等は皆無の良刀です。
附属の打刀拵は兜図の縁頭がついた江戸期の古い拵で、黒蝋塗の鞘に鯉口には宣徳(真鍮)製の口金が付けられ、大東亜戦争時には軍刀として携えられたため、野戦用皮覆と縁に皮のストッパーが被せられていますが、これらを外して頂ければ、元の打刀拵に戻せます。
近藤勇も所有していた会津道長の良刀を是非コレクションにお加え下さい。
 
裸身重量696グラム。  拵に納めて鞘を払った重量948グラム。

拵入り無銘刀 ~少年用・女性用・試斬稽古用としてお薦め~

拵入り無銘刀 ~少年用・女性用・試斬稽古用としてお薦め~
無銘
– Mumei –
 
無疵無欠点。匂口明るく冴えた互ノ目乱れを焼き、足よく入った作品です。
寸短めですので、少年用、女性用の居合用真剣として、また、試斬稽古用として御活用下さい。
 
8月31日までは消費税当店負担! お買い得な期間中に是非お求め下さい。
 
裸身重量860グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,143グラム。

肥前國住伊勢大掾藤原吉廣 ~初代忠吉門人~

肥前國住伊勢大掾藤原吉廣 ~初代忠吉門人~
肥前國住伊勢大掾藤原吉廣
– Hizennokuni ju Isedaijo Fujiwara Yoshihiro –
 
肥前刀を代表する初代忠吉に学んだ吉廣は、近江大掾忠廣との合作も遺しています。名を吉左衛門といい、寛文頃伊勢大掾を受領しました。
この刀は上士が好んで用いた寸短い一刀で、控え目釘穴が空けられており、切先はやや延びて、短いながらも鋭さを感じさせます。
肥前刀の特徴はなんと言っても精良なる小糠肌。地鉄が薄いのも特徴の一つで、この刀もその例に洩れず皮鉄が薄いため、現在はところどころ荒れた肌が見られることが惜しまれるものの、精良なる部分もしっかりと残っております。
刀剣趣味人垂涎の在銘肥前刀、附属する鮫研出鞘の打刀拵も立派です。お求め易い価格で御案内致します。
8月31日までの期間限定特価をお見逃しなく!!
 
裸身重量596グラム。  拵に納めて鞘を払った重量854グラム。

明寿作之 昭和五十六年十月日 ~8月31日までの期間限定特価をお見逃しなく!!~

明寿作之 昭和五十六年十月日 ~8月31日までの期間限定特価をお見逃しなく!!~
明寿作之 昭和五十六年十月日
– Akitoshi –
 
手元資料乏しく明寿刀工についての解説を省略致します。
この刀は柾気強い地鉄に匂口明るく冴えた互ノ目乱れを焼いた作品で、乱れの谷には刃先に迫らんとばかりに長く足が入り、刃中賑やかな出来口を示しています。
手頃な価格で二尺四寸を越える居合稽古用真剣をお探しの方や、これから刀剣趣味を始められる方にお薦め。
8月31日までの期間限定特価をお見逃しなく!!
 
裸身重量799グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,065グラム。

越後國住貞晃作之 昭和五十九年八月日 ~8月31日までの期間限定特価をお見逃しなく~

越後國住貞晃作之 昭和五十九年八月日 ~8月31日までの期間限定特価をお見逃しなく~
越後國住貞晃作之 昭和五十九年八月日
– Echigonokuni ju Sadaaki –
 
本名野口晃一。昭和四年生まれ。新潟県南魚沼郡塩沢町(現南魚沼市)で鎚を振るいました。師は同郷の渡辺雲龍子貞次で、昭和35年に入門。入選十八を数える新潟の著名工です。
この刀は柾気が強い地鉄に匂口明るい互ノ目乱れを焼いた作品で、刃中には足や葉、蛇の目と言った働きが見られ、切先延びた姿が鋭く豪壮なる出来口で、白鞘と拵が附属しており好ましい一刀です。
お求め易い低価格にて御案内致しますので、この機会にコレクションにお加え下さい。居合・試斬稽古にも真向きです。
 
裸身重量915グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,177グラム。

應紀藩杉浦君需西備尾道住正光 慶應二丙寅二月造之 ~紀州徳川家留守居役杉浦家伝来刀~

應紀藩杉浦君需西備尾道住正光 慶應二丙寅二月造之 ~紀州徳川家留守居役杉浦家伝来刀~
應紀藩杉浦君需西備尾道住正光 慶應二丙寅二月造之
– Kihan Sugiura no kimi no motomeni ouzu Seibi Onomichi ju Masamitsu –
 
小杢混じりの柾気強い地鉄に小沸本位の直刃を焼いた作品。重ね厚く身幅広い頑強なる造り込みで、手持ちずっしりとしており、刀の重さだけで容易く裁断できる感が漂い、時は幕末、倒幕派との戦いに備え、実戦刀として鍛えさせた一刀と思われます。
作者である正光に関しては手元資料乏しく詳細が判りませんが、銘振りに偽物臭は感じられません。
中心銘文にある杉浦家は、紀州徳川家の留守居役を勤めた家で、屏風の下張りから発見された紀州藩杉浦家文書は稀有な17世紀の武家文書群として和歌山大学が現在所蔵しています。
現状古研ぎで小鎬と区上の棟に一部錆が見られますが、地刃の観賞には支障なく、尚欲を言えば再研磨を施し、保存刀剣審査を受審して更に価値を高めたい一刀です。
当店にて再研磨、保存刀剣鑑定書取得後はお値段も大きく変わりますが、現状のままお求め易い低価格にて御案内致しますので、この機会に是非コレクションにお加え下さい。
 
裸身重量1,042グラム。