大磨上無銘(伝 忠光 土佐山内家伝来) ~山内一豊時代の古い土佐柏紋はばき~

大磨上無銘(伝 忠光 土佐山内家伝来) ~山内一豊時代の古い土佐柏紋はばき~
無銘(伝 忠光 土佐山内家伝来)
– Mumei(Den Tadamitsu) –
 
杢目肌良く練れて肌立ち、棒映り立つ。匂口明るく冴えた直刃を焼き上げ、指表は匂口の幅に広狭を持たせ、裏は匂口の幅揃い、横手下に葉を交え、帽子は直ぐに丸く返る。
はばきの上貝は金無垢で重さは10グラム。※上貝のみの重さ。 土佐柏と称される土佐山内家の定紋が丁寧に刻されています。金無垢の贅沢なはばきを装着していることからも、土佐山内家の蔵刀であり、大切に伝わってきた様子が窺えます。
 
山内家が用いた柏紋は、一般的な三ツ柏紋より細い「丸に三ツ細柏」と呼ばれるもので、山内一豊の頃に用いられていましたが、時代が下がり江戸時代になると、今日見かける極端に細い細三ツ柏紋、俗に言うところの土佐柏と呼ばれる物へとデザインが変わります。
この脇指のはばきに刻された細三ツ柏紋は、デザインから見れば限りなく初期の頃の山内家の定紋であり、研究資料としても価値高い逸品。ひょっとするとあの山内一豊自身が手にしていた物かもしれないと考えると、胸が高まって仕方ありません。
 
附属する昭和29年11月の本脇指譲渡の書付を見ますと、拵付と記されているので、贅を尽くした立派な拵が附属していたのではないでしょうか。今その拵が離れてしまったことは非常に残念極まりない。譲渡書に登場する松尾三良、坂本登志夫、両氏についても調査されると面白い発見があるかもしれません。
 
然るべき研磨を施し、日本美術刀剣保存協会の鑑定書を付けてから御紹介する予定でしたが、ひとまず研磨前の現状のまま御案内さしあげる次第です。山内家の蔵刀を入手頂ける絶好の機会をお見逃しなく!!
 
裸身重量385グラム。

肥前國住源正則 ~武用・観賞用 どちらにもお薦めの一刀~

肥前國住源正則 ~武用・観賞用 どちらにもお薦めの一刀~
肥前國住源正則
– Hizen no kuni ju Minamoto Masanori –
 
小板目肌杢交じり、良く練れて詰み、地沸付く。刃文、匂口明るく冴えた直刃を焼き、指裏には二重刃が見られる。帽子、直ぐに気持ち弛み込み先丸く短く返る。特筆すべき鍛錬疵無く、地刃共に精良。真面目な研磨が施されているので、地刃の観賞用としてお薦め。
 
附属の拵は黒牛革(表革)にて諸捻巻き。鮫も黒塗りで全体的に渋い仕上がりになっています。白鞘と継木もございますので、武用刀としても、美術鑑賞刀としても存分にお楽しみ頂ける一刀です。
 
裸身重量735グラム。  拵に納めて鞘を払った重量972グラム。
※委託品
 

大磨上無銘(伝 大宮) ~見事な乱れ刃~

大磨上無銘(伝 大宮) ~見事な乱れ刃~
無銘(伝 大宮)
– Mumei(Den Omiya) –
 
備前國大宮派は、同派の遠祖國盛が、山城國猪熊大宮より備前に移住したことに始まると伝え、「備州長船盛景」等と長銘に切る盛景がその代表工とされてきたが、近年、その作風や逆鏨に切る銘字の共通性より、同工は近景・義景の系譜に連なる長船傍系の刀工で、むしろ「盛景」「盛継」等と二字に太鏨大振りに銘を切る鍛冶達こそが、國盛の流れを汲む真の意味での大宮鍛冶ではないか、とする新説が生まれ、従来の説に再検討を促している。
 
この刀は、板目に杢、流れ肌が交じり、地沸厚く付いて地景がよく入り、淡く映りが立ち、刃文は小湾れ、互ノ目、丁子、尖り刃等多種の刃を交えて所々やや角張り、足、葉が盛んに入り、匂勝ちに小沸が付いて金筋・砂流かかり、帽子は直ぐに先やや焼詰風。焼幅が広く、鎬に迫らんとする激しい乱れ刃が印象的であり、刃中の変化に富んだ働きは、眺めていて心惹き込まれるも飽きを感じさせない。身幅重ね共にしっかりとしており、重要刀剣指定も時間の問題であろう堂々たる一口。
 
裸身重量638グラム。

脇指7点追加しました。~お求め易い初心者応援価格~

商品閲覧はこちらからどうぞ

https://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi.htm

(枝菊)近江守源久道(二代)~拵だけでも独り歩きできる名品!! 特別保存刀剣鑑定を是非御受審下さい!!~

(枝菊)近江守源久道(二代)

(枝菊)近江守源久道(二代)
– Omi no kami Minamoto Hisamichi(2nd Gen) –
 
初代近江守久道は寛永三年江州に生まれ、後に上京して二代伊賀守金道の門人となり、三品姓を許されて久道と銘しました。寛文元年近江大掾を受領し、同年12月に近江守に転じています。
二代久道は寛文三年に栄泉来金道の三男として生まれ、後に初代久道の養子となりました。初銘を久次、元禄15年に近江守を受領し、享保7年には幕府の命により江戸に於いても作刀しています。
 
この脇指は小板目肌よく詰んだ鍛えに地沸つき、刃文は匂口明るく冴えた直刃を焼き上げ、所々に小さな飛焼を焼いた作品。総体に細身ですらっとした上品な姿が印象的で、附属する拵の金具も仕事が良く、切羽は素銅地金着のうぶの物がそのまま添えられ、小柄も失われることなく納まっており、鞘は棟方を削ぎ落した造り込みになっています
現状古研ぎですが地刃の観賞には支障なし。されど良い脇指なので然るべき研磨を施し、特別保存刀剣鑑定を御受審頂きたく思います。
 
 
裸身重量352グラム。  拵に納めて鞘を払った重量645グラム。

将平 ~臨 上杉家伝来大磨上無銘長義 1~

将平 ~臨 上杉家伝来大磨上無銘長義 1~

将平(未銘切)
– Masahira –
 
藤安将平刀匠は昭和21年福島県伊達郡生まれ。昭和41年長野県坂城町の刀匠、故人間国宝、宮入行平師に入門。
昭和50年福島県立子山に鍛刀場を開設して独立。以後作刀の研究修練を重ね日本美術刀剣保存協会優秀賞3回、奨励賞6回、努力賞7回を受賞。平成2年には日本美術刀剣保存協会会長賞受賞。同14年日本美術刀剣保存協会寒山賞を受賞。
 
尾張熱田神宮、奈良護国神社など多くの神社で奉納鍛錬を行い、平成20年には、704年、佐備大麻呂の作剣以来、およそ千三百年ぶりに常陸鹿島神宮において日本刀奉納鍛錬を行う。
 
昭和59年秋には伊勢神宮第61回式年遷宮、御神宝太刀謹作奉仕の大役も担い、先の震災で大きな被害を受けた福島県南相馬の御刀神社復興支援にも大きく尽力され、御神宝となる直刀を謹作奉仕し、直近では福岡の宮地嶽古墳出土大直刀の復元鍛錬など、現代日本刀匠屈指の作刀技術を持っている。
 
平安、鎌倉時代の古刀剣再現への強い想いを持ち、長年研究修練に取り組み、国宝、重要文化財やそれに類する刀剣類、全国の砂鉄や鉄文化の知識見識も豊富で、太刀、刀、短刀、脇指、薙刀、古代直刀など、どれを手掛けても正確で美しい刀姿を造り上げる。地鉄、焼刃の手際も鮮やかで幅広い製作能力を誇り、中心鑢や銘文といった中心仕立ても現代刀匠随一で、師である行平没後、師の実子である宮入小左衛門行平(宮入恵)を預かり、弟子として鍛刀修業を積ませた経緯からも、師の信任が厚く、その技量の高さを物語っている。
 
近年は奈良正倉院収蔵の直刀、手鉾のなど奈良時代の刀剣類の研究、名物鶴丸國永や薬研藤四郎の復元製作にも取り組まれ、上記の御刀神社奉納直刀の焼刃などは神域に入られたと言っても過言ではない。
 
古刀再現の第一人者として、また、鉄をも裁断する利刀を鍛えることでもその名が高い名工藤安将平。当店々主である町井勲とタッグを組み、真の実用兼美の名刀造りに今も勤しんでいます。
 
 
この刀は南北朝時代の名工、備前長義を範とした作品で、モデルとなったのは上杉家伝来の大磨上無銘長義(個人蔵)。身幅や刃長こそモデルとなった長義とは異なるも、低い丸棟が先に行くに従い、三ツ棟になっていく造り込み等は忠実に再現されており、研ぎ上がりが楽しみな一刀。未銘切につき、登録前の今ならお好みの銘文を切ることも可能です。
打卸での販売ですが、研ぎ上がりを将平刀匠自身の眼で確認すべく、勝手ながら当店にて上研磨を施して頂くことがお約束の条件付き販売となります。御了承下さい。
 
※将平刀匠は古刀再現を目指して鍛刀しているため、他の現代刀匠とは異なる鍛法を用います。そのため古刀然たる鍛え疵が必ずどこかに現れることをお踏まえの上御注文下さい。
 
裸身重量772グラム。

将平 ~臨 上杉家伝来大磨上無銘長義 2~

将平 ~臨 上杉家伝来大磨上無銘長義 2~

将平(未銘切)
– Masahira –
 
藤安将平刀匠は昭和21年福島県伊達郡生まれ。昭和41年長野県坂城町の刀匠、故人間国宝、宮入行平師に入門。
昭和50年福島県立子山に鍛刀場を開設して独立。以後作刀の研究修練を重ね日本美術刀剣保存協会優秀賞3回、奨励賞6回、努力賞7回を受賞。平成2年には日本美術刀剣保存協会会長賞受賞。同14年日本美術刀剣保存協会寒山賞を受賞。
 
尾張熱田神宮、奈良護国神社など多くの神社で奉納鍛錬を行い、平成20年には、704年、佐備大麻呂の作剣以来、およそ千三百年ぶりに常陸鹿島神宮において日本刀奉納鍛錬を行う。
 
昭和59年秋には伊勢神宮第61回式年遷宮、御神宝太刀謹作奉仕の大役も担い、先の震災で大きな被害を受けた福島県南相馬の御刀神社復興支援にも大きく尽力され、御神宝となる直刀を謹作奉仕し、直近では福岡の宮地嶽古墳出土大直刀の復元鍛錬など、現代日本刀匠屈指の作刀技術を持っている。
 
平安、鎌倉時代の古刀剣再現への強い想いを持ち、長年研究修練に取り組み、国宝、重要文化財やそれに類する刀剣類、全国の砂鉄や鉄文化の知識見識も豊富で、太刀、刀、短刀、脇指、薙刀、古代直刀など、どれを手掛けても正確で美しい刀姿を造り上げる。地鉄、焼刃の手際も鮮やかで幅広い製作能力を誇り、中心鑢や銘文といった中心仕立ても現代刀匠随一で、師である行平没後、師の実子である宮入小左衛門行平(宮入恵)を預かり、弟子として鍛刀修業を積ませた経緯からも、師の信任が厚く、その技量の高さを物語っている。
 
近年は奈良正倉院収蔵の直刀、手鉾のなど奈良時代の刀剣類の研究、名物鶴丸國永や薬研藤四郎の復元製作にも取り組まれ、上記の御刀神社奉納直刀の焼刃などは神域に入られたと言っても過言ではない。
 
古刀再現の第一人者として、また、鉄をも裁断する利刀を鍛えることでもその名が高い名工藤安将平。当店々主である町井勲とタッグを組み、真の実用兼美の名刀造りに今も勤しんでいます。
 
 
この刀は南北朝時代の名工、備前長義を範とした作品で、モデルとなったのは上杉家伝来の大磨上無銘長義(個人蔵)。身幅や刃長こそモデルとなった長義とは異なるも、低い丸棟が先に行くに従い、三ツ棟になっていく造り込み等は忠実に再現されており、研ぎ上がりが楽しみな一刀で。未銘切につき、登録前の今ならお好みの銘文を切ることも可能です。
打卸での販売ですが、研ぎ上がりを将平刀匠自身の眼で確認すべく、勝手ながら当店にて上研磨を施して頂くことがお約束の条件付き販売となります。御了承下さい。
 
※将平刀匠は古刀再現を目指して鍛刀しているため、他の現代刀匠とは異なる鍛法を用います。そのため古刀然たる鍛え疵が必ずどこかに現れることをお踏まえの上御注文下さい。
 
裸身重量816グラム。

将平 ~長義写~

将平 ~長義写~

立子山住人将平作(花押) 令和元年秋
– Tatugoyama junin Masahira –
 
藤安将平刀匠は昭和21年福島県伊達郡生まれ。昭和41年長野県坂城町の刀匠、故人間国宝、宮入行平師に入門。
昭和50年福島県立子山に鍛刀場を開設して独立。以後作刀の研究修練を重ね日本美術刀剣保存協会優秀賞3回、奨励賞6回、努力賞7回を受賞。平成2年には日本美術刀剣保存協会会長賞受賞。同14年日本美術刀剣保存協会寒山賞を受賞。
 
尾張熱田神宮、奈良護国神社など多くの神社で奉納鍛錬を行い、平成20年には、704年、佐備大麻呂の作剣以来、およそ千三百年ぶりに常陸鹿島神宮において日本刀奉納鍛錬を行う。
 
昭和59年秋には伊勢神宮第61回式年遷宮、御神宝太刀謹作奉仕の大役も担い、先の震災で大きな被害を受けた福島県南相馬の御刀神社復興支援にも大きく尽力され、御神宝となる直刀を謹作奉仕し、直近では福岡の宮地嶽古墳出土大直刀の復元鍛錬など、現代日本刀匠屈指の作刀技術を持っている。
 
平安、鎌倉時代の古刀剣再現への強い想いを持ち、長年研究修練に取り組み、国宝、重要文化財やそれに類する刀剣類、全国の砂鉄や鉄文化の知識見識も豊富で、太刀、刀、短刀、脇指、薙刀、古代直刀など、どれを手掛けても正確で美しい刀姿を造り上げる。地鉄、焼刃の手際も鮮やかで幅広い製作能力を誇り、中心鑢や銘文といった中心仕立ても現代刀匠随一で、師である行平没後、師の実子である宮入小左衛門行平(宮入恵)を預かり、弟子として鍛刀修業を積ませた経緯からも、師の信任が厚く、その技量の高さを物語っている。
 
近年は奈良正倉院収蔵の直刀、手鉾のなど奈良時代の刀剣類の研究、名物鶴丸國永や薬研藤四郎の復元製作にも取り組まれ、上記の御刀神社奉納直刀の焼刃などは神域に入られたと言っても過言ではない。
 
古刀再現の第一人者として、また、鉄をも裁断する利刀を鍛えることでもその名が高い名工藤安将平。当店々主である町井勲とタッグを組み、真の実用兼美の名刀造りに今も勤しんでいます。
 
 
この刀は南北朝時代の名工、備前長義を範とした作品。近頃は焼かなかった丁子乱れに挑んだ、研ぎ上がりが楽しみな一刀。指裏のみですが、大雑把に窓開けした刃文写真を掲載しておりますのでしかとご覧ください。刃中の働きに富んだ丁子刃が確認頂けます。
打卸での販売ですが、研ぎ上がりを将平刀匠自身の眼で確認すべく、勝手ながら当店にて上研磨を施して頂くことがお約束の条件付き販売となります。御了承下さい。
 
※将平刀匠は古刀再現を目指して鍛刀しているため、他の現代刀匠とは異なる鍛法を用います。そのため古刀然たる鍛え疵が必ずどこかに現れることをお踏まえの上御注文下さい。
 
裸身重量779グラム。

太刀 将平

将平

将平(未銘切)
– Masahira –
 
藤安将平刀匠は昭和21年福島県伊達郡生まれ。昭和41年長野県坂城町の刀匠、故人間国宝、宮入行平師に入門。
昭和50年福島県立子山に鍛刀場を開設して独立。以後作刀の研究修練を重ね日本美術刀剣保存協会優秀賞3回、奨励賞6回、努力賞7回を受賞。平成2年には日本美術刀剣保存協会会長賞受賞。同14年日本美術刀剣保存協会寒山賞を受賞。
 
尾張熱田神宮、奈良護国神社など多くの神社で奉納鍛錬を行い、平成20年には、704年、佐備大麻呂の作剣以来、およそ千三百年ぶりに常陸鹿島神宮において日本刀奉納鍛錬を行う。
 
昭和59年秋には伊勢神宮第61回式年遷宮、御神宝太刀謹作奉仕の大役も担い、先の震災で大きな被害を受けた福島県南相馬の御刀神社復興支援にも大きく尽力され、御神宝となる直刀を謹作奉仕し、直近では福岡の宮地嶽古墳出土大直刀の復元鍛錬など、現代日本刀匠屈指の作刀技術を持っている。
 
平安、鎌倉時代の古刀剣再現への強い想いを持ち、長年研究修練に取り組み、国宝、重要文化財やそれに類する刀剣類、全国の砂鉄や鉄文化の知識見識も豊富で、太刀、刀、短刀、脇指、薙刀、古代直刀など、どれを手掛けても正確で美しい刀姿を造り上げる。地鉄、焼刃の手際も鮮やかで幅広い製作能力を誇り、中心鑢や銘文といった中心仕立ても現代刀匠随一で、師である行平没後、師の実子である宮入小左衛門行平(宮入恵)を預かり、弟子として鍛刀修業を積ませた経緯からも、師の信任が厚く、その技量の高さを物語っている。
 
近年は奈良正倉院収蔵の直刀、手鉾のなど奈良時代の刀剣類の研究、名物鶴丸國永や薬研藤四郎の復元製作にも取り組まれ、上記の御刀神社奉納直刀の焼刃などは神域に入られたと言っても過言ではない。
 
古刀再現の第一人者として、また、鉄をも裁断する利刀を鍛えることでもその名が高い名工藤安将平。当店々主である町井勲とタッグを組み、真の実用兼美の名刀造りに今も勤しんでいます。
 
 
この太刀は優美な腰反りの平安後期の太刀姿を忠実に写し、今や入手困難となった靖国玉鋼を贅沢に用いて鍛えた一振。匂口明るく冴えた直刃を焼き上げています。未銘切につき、登録前の今ならお好みの銘文を切ることが可能です。
研磨、はばき、白鞘、全ての工作を施して納品致します。
 
※将平刀匠は古刀再現を目指して鍛刀しているため、他の現代刀匠とは異なる鍛法を用います。そのため古刀然たる鍛え疵が必ずどこかに現れることをお踏まえの上御注文下さい。
 
裸身重量698グラム。

古い脇指 ~長巻直し~

古い脇指 ~長巻直し~

無銘
– Mumei –
 
製作年代が遡りそうな脇指。元は長巻であった物を磨り上げたものでしょう。棟が薄い造り込みで、現状では素人による錆落としにより、地刃の確認が困難ですが、元の方は直刃調に浅く湾れ、物打辺りで互ノ目を三つ四つ交えた焼刃が確認できます。
 
附属する拵は現状では傷みが目立つものの、まだまだ修復が可能。牡丹紋様塗と称される変わり塗りが施され、気品を感じる拵の姿は、元々伝来が良い一刀であったことを物語っています。
研磨や拵の補修費用を考慮した低価格で御紹介致しますので、是非とも綺麗に修復してあげてください。
※目釘穴は4つ空いていますが、古い時代に鉄で埋められた穴が、よく観察して頂けるとございます。
 
裸身重量262グラム。  拵に納めて鞘を払った重量299グラム。