京都建勲神社船岡大祭

10月19日、京都にある建勲神社船岡大祭にて、古式砲術演武を奉納させていただき、長男友哉も初陣を飾らせて頂きました。
でも、初陣と言って良いのかどうかわかりません。
何故なら長男は4歳頃に既に鉄砲隊の愛知県遠征で既に参陣しているからです。
長男初陣
こんなに小さかった長男が…

長男と
今ではこんな体格に(写真左が長男友哉)

この日初めて火縄銃を撃つ長男。弾込めに手こずるため、初回の演武では三段撃ちには参加せず、二回目の演武でようやく三段撃ちに参加できました。
不発を出す事無く全弾撃てたので何より何より。


船岡大祭開催の儀。床机はバッテン向きではなく、正しく正面に向けて座す。


鉄砲足軽が一人もいない侍大将クラスばかりの鉄砲隊(笑


火縄に火をつけてもらう。古式にのっとり火打石を用いて… ではなく、文明の利器、100円ライターが活躍する。


演武の解説にも文明の利器、マイクが活躍する。相馬野馬追のように士言葉の大きな声で解説したいところだ。


この日一発目の発射準備。


火蓋を切る。


私も息子も鎧通しを帯びていない。何故なら… 所望されるお客様にお譲りしてしまったからだ(苦笑


火がついた火縄をてにする長男の姿は、何故か煙草をふかしているヤンキーにしか見えない… と思うのは私だけだろうか(笑


礼は腰を曲げるのではない。軸を保ったまま頭が下がるように身体を捌くものだ。


記録係として同行した美術刀剣 刀心スタッフS君。


長男… 一応立派な若武者だ(笑


銃床に革覆を装着していない者は、火縄銃と言えども銃床を地につけない。これ、当たり前のことです。戦国時代の戦場でならいざ知らず、今の時代に杖太刀ならぬ杖銃?…ありえない(ガリレオ湯川教授


初陣?を記念して長男による単独演武。

鶴田吉國造 明治元辰十二月日 ~上研磨し上がったばかり~

鶴田吉國造 明治元辰十二月日 ~上研磨し上がったばかり~
鶴田吉國造 明治元辰十二月日
– Tsuruta Yoshikuni –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/688/00.html

鶴田吉國に関する手元資料乏しいため、作柄についてのみ記述致します。
この刀は元は二尺三寸五分から四寸程の長さで中心尻に控え目釘を穿っていたようですが、鍛えられてから割りと早い時代に区送りされ、現状の刃長になっています。その際控え目釘も新たに穿かれたようで、旧所有者の武に対する思い入れが感じられます。
無地肌になりがちな新々刀期の作品が多い中、小板目肌が肌立ち、淡く白気映りごころが立つなど、古雅な雰囲気を漂わせ、匂口明るく冴えた互ノ目乱れを焼き上げています。刃中には砂流や足が見られ、互ノ目の頭が割れた物、尖りごころの刃も交えています。

附属の拵は堅牢なる焦茶色の石目塗りで、縁頭と鐺は桜花図肥後象嵌の逸品。更には鐔まで肥後に拘った纏まりある肥後拵で気品に満ちた作となっています。柄巻きは裏革巻です。
※刃区から2~3ミリ上がったところに2ミリ程度の小さな刃切が見られます。はばきで隠れる場所であることと、少し区を送れば除去できることから、刃切問題無しとの日本美術刀剣保存協会の判断により、保存刀剣鑑定書が交付されました。(保存刀剣審査当店受審)

尚、この刀は当店にて上研磨を施しました。研磨代だけでも相当な金額がかかっておりますので、それらを考えると表記価格はかなりお安くお得です。どうぞ前向きにご検討下さい。

裸身重量797グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,097グラム。

備前長船住横山祐包 慶應元年八月日 友成五十八代(以下切) ~拵入り~

備前長船住横山祐包 慶應元年八月日 友成五十八代(以下切) ~拵入り~

– Bizen Osafune ju Yokoyama Sukekane –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/687/00.html

友成五十八代孫と銘する横山祐包は、祐盛の養子で、加賀介祐永と共に新々刀期の備前刀を代表する刀工として著名。作風は小板目肌よく詰んだ鍛えに、刃文は匂出来で匂口の締まった華やかな丁子乱れを得意としていますが、穏やかな直刃の作も見受けられ、年紀を切った作品は天保六年頃から明治五年まで経眼されます。

この刀は重ね厚く、小板目よく詰んだ肌に匂い本位の明るく冴えた直刃を焼き、鼠足を交えています。銘の上を軽く擦られており、若干底銘気味ですが、特筆すべき鍛錬疵は無く、価格的にもお楽しみ頂ける一刀です。はばきが長いので、実質二尺四寸の刀としてお使い頂けます。
尚、気まぐれで安価表示しておりますので、気分次第で現在の表記価格より値上げする可能性がございます。お求め易い低価格表示のうちにお求め下さい。

裸身重量864グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,119グラム。

守光 ~うぶ在銘備前古刀が破格値!!~

守光 ~うぶ在銘備前古刀が破格値!!~守光
– Morimitsu –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/686/00.html

室町前期永享頃に活躍した備前の小反り系鍛冶、三代守光と思しき一刀です。
うぶ中心在銘で姿も良く、江戸期に中心の反りを伏せ、斬り易い姿に手を加えられています。中心反りを後世に伏せることで、全体の反りを調整する方法は古来よりよく行われていることですので、欠点には入りませんからご安心頂いて結構ですが、惜しいかな所々に深い錆があります。
砥ぎで押し切れば、かろうじて匂口を残しつつ仕上げなおすことができるやもしれませんが、前にこの守光を手がけた研師は、元の姿を残すことを選択し、敢えて深錆を残したまま仕上げたようです。そのため深錆の影響により刃毀れ状になっている所が数箇所ございます。
杢目錬れた地鉄には淡く乱れ映りが立ち、うぶ在銘古刀として資料価値高い一刀ではありますが、美術刀剣の世界での評価はどうしても低くならざるを得ません。今回破格値で御案内致しますのは、この一刀をぞんざいに扱わず、将来的にしっかりとした工作を施していただきたいがためです。
うぶ在銘の備前古刀をお探しの方、また、居合形稽古用に手持ちバランス最上の一振をお探しの方、是非この守光刀をご検討下さい。

附属の拵は江戸期の古いもので、鞘は痛みなく保存状態は良好。鐔は長正(花押)の在銘品。柄は後補のため刀身は柄に対して刃寄りになっていますが、そのままお使い頂くことが可能です。鞘と柄のズレを気にされる場合は、有償になってしまいますが、当店にてしっかりと柄の調整をさせていただきますのでお気軽に御相談下さい。※工賃は2万円程です。

裸身重量557グラム。  拵に納めて鞘を払った重量833グラム。

昨夜の大阪北道場定例稽古の様子

動画をご覧頂き、ご興味を持たれましたら幸いに存じます。

ふにゃふにゃのスポンジ剣で相手を倒す! これが修心流居合術兵法だ!!

ここのところネチネチとネットにこう書かれます。

「英信流の免許皆伝を得たわけでもないのに勝手に無双直伝英信流町井派を名乗っていた。」
「他流を批判するくせにフルーツやBB弾を斬るのはOKなのか?」
「英信流の和術(体術)は一切習得していないんでしょ?」

以前にも記しましたが、現代の英信流(連盟居合)には何の価値も見出せません。もはや武術ではなく、ただの形競技スポーツですから。
その形競技ですら本物の形が出来る人は皆無と言って良いでしょう。

己がこの人は!と思える人物、技量の持ち主がいない以上、現代英信流を修業する価値は無い。そう判断したからこそ私は守破離の離に達し、己自身で業を磨いてきました。

今回ご紹介するのは昨夜の大阪北道場での稽古の様子です。
柳原の希望で居合柔術の稽古に終始しました。
その中で相手の軸を奪うと言う事がどれだけ大切なことなのかを教授すべく、ふとした思いつきから子供のチャンバラ用玩具であるスポンジ剣を使って相手を倒すという稽古を行ったものです。

力で攻めればスポンジ剣は撓るだけ、或いは中に入っている細い樹脂の芯が折れてしまいますが、正しく身体を捌き、刃筋を立てることができていればあら不思議。ふにゃふにゃのスポンジ剣すら立派な得物となるのです。

修心流居合術兵法ではこうした身体捌きを学べます。

嫌な奴

私は天心流兵法と名乗る団体に対し、その系譜の信憑性や三つ葉葵紋と柳生笠紋の盗用、初心者や外国人に誤解を与えかねない刀剣所作などについて、批判を繰り返している。
逆の立場になって考えれば、私の言動は辛辣であり、とても嫌な奴であると思う。
因果応報と言う言葉があるように、人に対して行ったことは自分にも返って来る。
当然ながら私自身も天心流関係者と思しき者から嫌がらせを受けている。
これに対しては自ら噛み付かれる言動をしたため致し方ないものと腹は括っているが、いやはや疲れるばかり。

勘違いして欲しくないのは、私が天心流兵法や中村氏、鍬海氏を嫌い、憎んで批判をしているわけではないということだ。
全ては深すぎる愛刀精神と、日本武術史に対する思いからである。

柳生のブランドには憧れる者が多いためか、実は柳生の系統を騙る系譜捏造が疑わしき団体は他にも存在する。
柳生に限らず槍術や体術の流派にも系譜が怪しいものを私は知っている。
過去、とある団体に関しては、語学堪能なる知人を頼り、その系譜が捏造されたものであると海外において発表したことがある。余計なお節介なのは百も承知だが、日本の古流武術だと信じて稽古している海外の方に、事実を知らせる必要性を感じたからだ。

天心流に関し、過去のブログ記事にも記述したが、私はネットで知り合った方が居合・剣術の道場を探されている際、天心流にお世話になろうと思うとの報告を受けた時、それを反対することはしなかった。むしろ、たまにしか稽古に出れないがためにモチベーションが下がってしまうよりは、近くで頻繫に通える道場を選ぶのも方法の一つだと答え、天心流に入門するのもよかろうと答えた。ただ、彼らが発信する情報全てを鵜呑みにするのではなく、しっかりと咀嚼する必要性があることだけは覚えておいた方が良いとアドバイスした。

天心流の技法に関しては、私が求めるものとは路線が異なるため、私がとやかく言うべきことでもないが、これまで培ってきた経験から言うと、武術色が濃い殺陣であり、武術そのものとは言いがたいと私個人は考えている。
その根拠としては刀の構造、物理的な現象を理解できていないからで、私は空想世界での剣術のように感じられて仕方がない。

柳生の系統を騙る道場で真摯に汗を流す知人がいるため、これは書くか書くまいか非常に悩んだのだが、私はとある柳生系統と騙る団体と天心流が、元は同じところの出自ではないかと考えられてならないのだ。共通点が非常に多い。
知人に遠慮してその団体の名は出さないが、その団体の出自は柳生新陰流の使い手を演じる映画や時代劇の中で、とある殺陣師が創作したとされるものである。天心流兵法のサイトはご都合よく改編されているので、今ではその記述も写真も削除されているかもしれないが、私の記憶が確かなら、写真付きで天心流兵法が時代劇と関わりがあったとする記述があったように思う。
天心流と名を伏せるもう一つの団体(以降便宜上団体Aと呼称する)に共通点が多く、また、刀をぞんざいに扱う様子にも疑問を感じた私は、名古屋で柳生新陰流を教授されておられる加藤先生の門弟さんにいくつか質問をしたのだが、天心流と団体Aが行っている所作に対し、柳生新陰流ではそのような所作は行わないと、ハッキリ否定される言葉が返ってきた。

本家柳生新陰流では行わない所作を天心流と団体Aは当然のように行っている。それがどの所作なのかはここでは割愛するが、この二団体の出自が時代劇の殺陣師創作の流儀なら、天心流が発信する情報に関しても合点納得いくものが多い。

当然の所作のように天心流が言うところの杖太刀の所作をとる三船敏郎氏。

レッド・サンという映画の中では刀(太刀)をそれはそれは大層に扱っていた三船敏郎氏も、撮影の休憩時には下写真の有様だ。

今では大量生産品の模擬刀等が小道具として使われているが、数十年前までは刀身を竹光に差し替えた本物の日本刀の拵が映画・時代劇小道具として使われていた。
黒澤映画ではシルエットにも拘った黒澤明監督が、本物の甲冑と刀装具を撮影に用いている。京都に在る小道具会社「高津商会」では、そうした映画小道具として使ってきた武具甲冑が多数収蔵されており、中には重要文化財に指定されているものもある。

映画や時代劇に携わったことがある私は、現場での武具甲冑の取扱を見て驚きを隠せなかった。映画関係者にとって刀は魂ではなく、あくまで小道具に過ぎない扱いなのだ。だから平気で跨ぐし、故意ではないにしろ蹴飛ばしてしまったりもする。他分野のことでもあるし、私はギャラを貰ってその場にいる立場上、それらの行動を諌めることは憚ったが、とあるADが私が貸し出した真剣を跨いだ時には、撮影監督に「あれは小道具ではありません。武士の魂です。」と、そのADに謝罪させるようお願いしたことがあります。
と、まぁ撮影現場はこんな様子ですから、上に紹介した三船敏郎さんの写真にも、刀に対する思い入れは感じられません。役を演じている中で監督の指示通りに杖太刀をしているわけではない休憩時の写真がそれを物語っています。
三船さんの職業は武士ではなく役者であり、役者にとって真剣・竹光に拘らず、刀はあくまで小道具なのですから…

水月塾のブログに於いて、綿密な調査によって系譜に誤りを示唆された天心流兵法。江戸時代に存在したとされる天心流とのつながりを証明するものは現在のところ何一つありません。伝書類はその価値を知らない石井家の縁者?が全て焼却処分にした等都合が良すぎます。
時代劇や時代物の映画がお好きな方、また、天心流贔屓の方、古い古い時代劇や映画をご覧になると、どこかで見覚えがある所作が劇中に発見できるかもしれませんよ。※剣術に限らず槍術にも注意

最後にもう一度記述します。

私は天心流兵法なる団体が憎いとか、中村氏や鍬海氏が嫌いだとか、ましてや天心流兵法への嫉妬などから天心流兵法を批判しているわけではありません。
度が過ぎる過大広告や、素人・外国人に誤解を与える情報の発信、刀をぞんざいに扱う所作の動画と、なんの証拠も根拠も無き逸話の公開を自粛し、将軍家から使用許可を得たわけでもなき三つ葉葵紋と柳生笠紋の盗用、江戸柳生や宝蔵院の名を騙る行為を謹んでもらえれば、私はネチネチと批判し続けることはしません。
と言いますか、そろそろ天心流兵法批判から私を卒業させてはいただけませんかね? 正直疲れているんです。正論説いても理解しようとしないどころか、ネットで嫌がらせしかしてこない天心流兵法関係者との小競り合いに(苦笑

本部道場定例稽古 2017.10.12 ~袈裟崩~


何も解説は致しませんが、動画から何かを感じ取って頂けると嬉しく思います。

兼光作(関) ~内外共に鑑定書付きの名品~

兼光作(関) ~内外共に鑑定書付きの名品~
兼光作(関)
– Kanemitsu saku(Seki) –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/685/00.html

鎌倉時代末期から南北朝期(1333~1392)にかけて、志津三郎兼氏が大和国から多芸郡志津(養老郡南濃町志津)へ、同時期に『金重』が越前国から関へと移住。さらに越前から国長・国行・為継らが赤坂(大垣市赤坂町)へと諸国から移住し、美濃国の刀鍛冶は隆盛期を迎えます。
『日本刀銘鑑』によると永和(1375~1378)の頃、大和国からは『兼光』(右衛門尉・金行の娘婿、手掻包永の三男で初銘包光)が、一門鍛冶の兼明・兼弘らを伴って関の地に移住し、関鍛冶の祖鍛冶といわれています。
乱世の時代に関の地に移住した大和鍛冶らは本格的に活動を始め、兼光を祖とする関の刀鍛冶らは鍛冶仲間の自治組織である鍛冶座を結成し、刀祖神を奈良の春日大社から、関の春日神社(南春日町)に分祀。同社を関刀鍛冶の本拠地として活動して最盛期を迎え、関七流と呼称される善定派(兼吉)・室屋派(兼在)・良賢派(兼行)・奈良派(兼常)・得永派(兼弘)・三阿弥派(兼則)・得印派(兼安)の七派を形成して互いに技を競いました。
『室町期美濃刀工の研究』によると、室町期の最も古い年紀が切られた作品に『兼光 応永元年八月日』の短刀があります。南北朝期に関の地に移住した『兼光』は鍛冶座を創始した関鍛冶の金字塔であり、以降、善定派に属して室町時代を通じて数代続いたようです。

この刀は重ね薄目で切先が延びた鋭い造り込みで、杢目鍛えの地鉄には判然と映りが立ち、小沸本位の尖り刃まじりの互ノ目乱れを焼き、足良く入り、細かな砂流が顕著に見られる美濃伝色濃い出来口。現状古研ぎで指表物打と横手の間の刃縁に一部錆が見られるも、地刃共にじゅうぶん観賞に耐えうる状態です。戦が多かったこの頃の作は、兼光に限らずどの工も実用を主眼に鍛えられているため、使用上問題が無い小さな鍛錬疵は在って然るべきであり、本刀に対して疵云々を問うのは可笑しなものと考えます。一部に埋鉄が見られますが、附属する拵をご覧頂ければお解かりの通り、それだけ大切に伝えられてきた逸品である証と言えるでしょう。表裏に掻かれた三本の丈比べの腰樋も印象的です。

附属する拵は政光による曳舟図の揃い金具(縁頭、鯉口胴金、栗形、鐺)で、鐔は赤銅魚子地の群馬図、鞘は貝の中でも最上とされる青い部分のみをふんだんに用いた最高級の青貝微塵塗り。柄は鑑定書にもそのまま記述されている通り、蛇腹巻きによる上巻で、鮫は大粒の贅沢な物が一枚巻きとされ、はばきは江戸期としては非常に高価な金着せであり、この拵だけでも一人歩き出来る程の名品。本兼光刀の伝来の良さ、格の高さを誇示しています。

裸身重量617グラム。  拵に納めて鞘を払った重量948グラム。

無銘(玉心斎正蔭) ~山浦一門鈴木正雄門~

無銘(玉心斎正蔭) ~山浦一門鈴木正雄門~
無銘(玉心斎正蔭)
– Mumei(Gyokushinsai Masakage) –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/684/00.html

正蔭は名を五島鯉介と言い、越中国富山に生まれ玉心斎と号し、はじめ鈴木正雄の門人となり、後に水心子正次の下で作刀を学びました。越後国高田に住し、山浦一門らしい互の目乱れを得意する刀工です。

この刀はフクラ枯れごころの鋭い造り込みで、小板目肌柾流れの地鉄に映りが立ち、匂口明るく冴えた焼刃を逆互ノ目で焼き上げ、刃中よく足が入り、地鉄に絡んで砂流が随所に見られ、互ノ目を分断するかの如き沸の強い太い金筋や、互ノ目に噛み合わんばかりの湯走を伴うなど、山浦一門らしい覇気溢れんばかりの出来口を誇っており、附属する拵は源平合戦図の金具で統一された気品ある上拵で、本刀の価値を更に高めています。
恐らくは在銘であったと思われますが、山浦一門というだけあって、清麿等に化かさんとして悔しいかな無銘にされたものと推測され、現状は斑状に一部薄錆が見られますが、特筆すべき疵欠点は無く、然るべき研磨を施し後世に伝え残して頂きたい逸品です。
刀剣愛好家垂涎の山浦清麿一門の上拵入り覇気に満ちた上作を、是非この機会にお求め下さい。

裸身重量695グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,000グラム。