備中守藤原清宣 承應二年八月日 ~清宣傑作刀~

備中守藤原清宣 承應二年八月日 ~清宣傑作刀~
備中守藤原清宣 承應二年八月日
– Bicchu no kami Fujiwara Kiyonobu –
 
備中守藤原清宣は、美濃関七流の徳永派の鍛冶で、初代近江守清宣の子です。鍛刀の評価としては初代より上手と云われ、地刃優れた作品を残しています。
 
この脇指は、元先の幅差が上品に開き、重ねも厚く健全。反りが程好く美しい姿に、小板目杢交じりで鎬際柾目の肌がよく練れて詰み、地沸ついて地景入り、なんとも言えぬ精良な地鉄。刃文は匂口明るい中直刃で、僅かに広狭を持たせ、一際明るく二重刃を焼き、互ノ目足入り、物打辺りには解れ風や食い違い風の刃を交え、帽子は直ぐに先丸く返り、単調なる直刃に見えるも見どころ多く、美術館商用上研磨の状態も良い上に、キッチリとした下地研磨がなされているため、見た目にもスッキリと、凛と整えられた姿に地刃の見事な冴えは、飽きを感じさせず、まさに備中守藤原清宣名作中の名作です。特別保存刀剣鑑定を是非御受審下さい。
 
裸身重量582グラム。

越後守包貞(二代)(坂倉言之進照包)

越後守包貞(二代)(坂倉言之進照包)
– Echigo no kami Kanesada(2nd gen) –
 
二代包貞は初代越後守包貞に学び、娘婿となてその跡目を継ぎ、初め越後守包貞を名乗っていましたが、初代の実子である岩松が成人すると、越後守包貞の名を譲り、自らは坂倉言之進照包と改めました。
包貞から照包に改銘した時期については、「坂倉言之進照包・越後守包貞隠居 延宝八年二月吉日」と銘した作が現存することから、おそらく延宝八年頃と思われます。
作風は助廣に倣った濤欄乱れや文殊風の互の目乱れなどが多く、稀に大湾れや或いは直刃の作も見られ、そのいずれの作柄でも、匂いが深く沸のよくついた、匂口明るい出来口となるのが通例です。
 
この脇指は元先の幅差が開き、反り頃好くついた寛文新刀体配で、小板目に杢交じりの地鉄には、地沸が微塵に厚くついて地景入り、肌立ちごころ。刃文は湾れ調子の互ノ目乱れで、乱れの谷には砂流がかかり、金筋入り、帽子は直ぐに丸く返る。
 
裸身重量530グラム。

刀剣趣味入門用としても、少年用の武用刀としてもお薦めの一刀

刀剣趣味入門用としても、少年用の武用刀としてもお薦めの一刀
無銘
– Mumei –
 
元先の幅差程好く開き、切先やや延びごころ。短寸ながらも姿良く、表裏に刀樋を丸留めにし、杢目鍛えの地鉄は少しく肌立ち、刃文は匂口明るく冴えた小沸本位の直刃で、刃中には足が頻りに入って直刃調小互ノ目乱れを成し、横手下から焼き幅を広げ、帽子は表裏直ぐに丸く返る。
樋入り故に少年用の武用刀としてもお楽しみ頂けます。手持ちバランスも良い一刀です。
 
裸身重量555グラム。

大阪住川野水竜子源貞重作之 昭和庚戊年二月吉日 応需榎木皓一氏

大阪住川野水竜子源貞重作之 昭和庚戊年二月吉日 応需榎木皓一氏
– Osaka ju Kawano Suiryushi Minamoto Sadashige –
 
 
本名、川野重太郎。明治45年3月16日生まれ。月山貞勝の門人で故人間国宝月山貞一とは兄弟々子の間柄です。
昭和10年第1回日本刀展覧会入賞、名誉銀杯を賜る。昭和40年10月7日作刀認可。同41~45年新作名刀展入選。師の貞勝は天皇陛下や皇族方の御誕生記念打や高級将校の需めに応えて式刀を製作しており、貞重らはその向槌を勤め、師の名声を陰で支えた功労者でもあります。
 
この刀は元先の幅差が程好く開いた優雅な姿で、地鉄は小板目よく練れて柾がかり、地沸ついて少しく肌立ちごころに精美。刃文は匂口明るく冴えた互ノ目丁字乱れで、足が頻りに入り、刃肌に絡んで総体に大振りで美しい砂流が見られ、精良な川のせせらぎを見るが如し。帽子は表裏直ぐに先丸く上品に返っており、月山系だけあって、茎の茎仕立には眼を見張るものがあり、これだけでも美術的価値が高い。需銘があることから精魂込められた注文打の一振であることが窺えます。
 
附属の拵は黒を基調にした変わり篠塗。金具は全て時代物が用いられており、全ての纏まりが良い。研磨は下地研磨からして入念に研がれた美術観賞用上研磨で、今はヒケも見られるも、凛とした切先の仕立てには惚れ惚れします。
鞘から抜いて構えてみると、刀身中央から手元重心で重さの割にバランスが良く、柄にはがたつきも無く良好です。
※鯉口刃方の塗りに筋が見られますが、経年劣化によるものであり、鯉口に割れはございません。
 
裸身重量920グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,214グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

無銘

無銘
– Mumei –
 
 
元先の幅差程好く開き、帽子は延びごころで鋭さを感じさせる。地鉄は杢目肌よく練れて少しく肌立ち、地景入る。刃文は直刃調に僅かな高低を持たせ、刃縁に繊細なる働きが見られ、帽子は直ぐに丸く、深く焼き下げています。
 
附属の半太刀拵は、当時としては贅を尽くした総銀無垢の一作金具で、銀杏葉を図案化した表紋と裏紋の二種が据え置かれ、鞘は青貝微塵散らし塗りに赤と黒で縁取られた唐草文様が描かれ、金具にもあしらわれている家紋が散らされています。相当裕福で力を持っていた士の指料であったことが窺え、栗形やや下の棟方には、帯刀の際に脇指によって塗りが剥げた部分が見られることから、本刀には同様の脇指拵が存在し、平常指として常に腰に帯びられていたことが窺えます。
 
鞘から抜いて構えてみると、手元重心でバランスが良く、昭和26年大名登録刀であることからも、伝来の良さを感じさせる一刀です。
研磨代を考慮した価格設定に致しましたので、是非当店に研磨を御用命下さい。
※刀身中程を中心に前後三分の二くらいを刃引きしてあります。
 
裸身重量790グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,134グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

肥前國忠次一吉合作 昭和巳酉仲春

肥前國忠次一吉合作 昭和巳酉仲春
– Hizen no kuni Tadatsugu Kazuyoshi –
 
 
忠次は、明治43年5月1日生。本名を中尾三治郎と言い、堀井信秀、桜井正次に作刀を学び、海軍受命刀工としても活躍。終戦後は作刀技術発表会、新作名刀展において多々の受賞を果たしました。地鉄の鍛えの上手さに定評があり、よく詰んだ杢目肌に匂い出来の互の目刃文、備前伝の逆丁子乱れ、山城伝の直刃、肥前忠吉に倣った作品を手がけています。その子である一吉は、名を中尾一吉と言い、昭和14年11月7日生。昭和30頃より父忠次の下で作刀を学び、新作刀展では優秀賞受賞を初めとし、奨励賞に続いて、努力賞等、たて続けに入賞を果たし才能を発揮していきます。
 
この刀は、忠次、一吉の親子合作刀で、元先の差が程好く開き、帽子は延びごころでややフクラ枯れた感じで鋭く、小板目肌よく練れて詰んだ地鉄は精美で、刃文は匂口明るい逆がかった互ノ目を焼き、足頻りに入り、葉や蛇の目刃交じり、所々に角ばった馬の歯風の刃を交えています。帽子は焼きたっぷりと焼き詰め風。
 
附属の拵は店主町井勲監修の下製作致しました武用拵です。柄と刀身の芯合せ等、実用刀として絶対に譲ることができない要点を、しっかりと吟味して誂えておりますので、何の懸念も無く安心して居合や試斬のお稽古にも御使用頂けます。
 
裸身重量960グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,204グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

高羽弘宗作 平成十年六月吉日

高羽弘宗作 平成十年六月吉日
– Takaba Hiromune –
 
 
本名、高羽弘。昭和29年10月5日生まれ。父、高羽誠より作刀を学び、新作名刀展では昭和53年に初出品で入選して以降、特賞1回、優秀賞2回、努力賞4回を受賞している現在の関鍛冶を代表する実力派の刀匠です。
 
この刀は元先の幅差が目立っては開かず、先幅広めの豪壮な造り込み。表裏に刀樋を掻き、表には腰樋を添えている。地鉄は小板目肌よく練れて詰み、地景入り、地沸付いて精美。刃文は湾れ調子に互ノ目と丁字を交えた乱れ刃で、刃中足入り、刃肌に絡んだ複雑な変化に富んだ働きを見せ、金筋、稲妻入り、砂流かかり、物打より先では飛焼も交えた賑やかな出来口を示し、帽子は砂流顕著にかかりつつ乱れ込丸く返っています。バランスは中程から手元重心で手持ちが良い。
※弘宗刀コレクター旧蔵品。美術観賞用として鍛えられた出来良い作品です。元研磨状態は刃取りが固く感じられるので、化粧直しを施すと更に本刀の良さを引き出せるでしょう。
 
裸身重量913グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

長良川畔住人弘宗作

長良川畔住人弘宗作
– Nagaragawa han junin Hiromune –
 
 
本名、高羽弘。昭和29年10月5日生まれ。父、高羽誠より作刀を学び、新作名刀展では昭和53年に初出品で入選して以降、特賞1回、優秀賞2回、努力賞4回を受賞している現在の関鍛冶を代表する実力派の刀匠です。
 
この刀は元先の幅差が目立っては開かず、切先延びた豪壮な造り込みが印象的で、地鉄は小板目肌よく練れて詰み、地景入り、地沸付いて精美。刃文は匂口明るく冴えた互ノ目に丁字を交えた乱れ刃で、刃中には足が入り、刃肌に絡んだ複雑な変化に富んだ働きを見せ、金筋、稲妻入り、総体に幾重にも重なって現れた砂流は、あたかも澄み通った水面に現れた砂紋を見るかのようで風情を感じさせ、帽子は表裏共に直ぐに表は大丸に、裏は一文字風に返り、バランスは刀身中程から手元重心で、実際の重さよりも軽く感じられます。
※弘宗刀コレクター旧蔵品。美術観賞用として鍛えられた出来良い作品です。巷で見かける居合用作品とは出来も研磨も異なります。
 
裸身重量1,101グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

無銘(兼常)

無銘(兼常)
– Mumei (Kanetsune) –
 
 
兼常は室町期に数代あり、名跡は新刀期に及んでいます。八代兼常は美濃納土に生まれ、はじめ兵三郎、後に納土助右衛門と称しました。美濃鍛冶の双璧である孫六兼元・和泉守兼定(之定)に次ぐ良工と伝えられています。
相当に長寿の鍛冶であったようで、長期に渡って作刀したようで、子に九代助治郎兼常、後に尾張に移った初代相模守政常(納土佐助兼常同人)がいます。末古刀上作、業物としても名高い末関系の名工です。
元亀二年七月、織田信長公より「鍛冶職安緒」の朱印状を拝領し、「関鍛冶総領事」を称しました。織田信長公の朱印状の文面は下記の通りです。
「当所鍛冶職可為如前々、並名田方之事親令裁許分付買得者儀不可有相違之状如件 元亀弐 (信長朱印) 七月日 関兼常 助右衛門」
 
この刀は元先の幅差が程好く開き、杢目鍛えの地鉄は、一部に大肌が見られるも、総体に緻密に練られて精良で少しく肌立って映り立ち、刃文は匂とも小沸とも称せる匂口での直刃で、所々にやや大粒の小沸が刃縁に絡み、繊細なる砂流が見られ、横手下で表は浅い湾れを二つ、裏は一つ焼いて、帽子は直ぐに先丸く返っています。
 
附属の拵は小柄笄櫃と返角を備えており、縁頭と目貫は赤銅地の仕事が良い鶏図揃いで格式の高さが感じ取られます。お手持ちの小柄と笄を本拵に添える際には、切羽の加工が必要となります。お気軽に御用命下さい。
刀身の軽さに加え、手元重心であることから、非常に軽く感じられ、まるで短刀や小脇指を構えたが如くの手持ちの良さです。
※鐔鳴りあり。責金ご希望の方はお気軽にご用命下さい。
 
裸身重量509グラム。  拵に納めて鞘を払った重量756グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

摂州住人秀久作 平成六年七月日

摂州住人秀久作 平成六年七月日
– Sesshu junin Hidehisa –
 
 
秀久刀匠は兵庫県宝塚市にて槌を振るい、華やかな丁子乱れの作を好んで鍛えました。斬れ味が良いと定評ある刀工です。
 
この刀は元先の幅差程好く開き、表裏に刀樋を片チリで掻き、地鉄は小板目肌よく練れ、刃文は匂口明るく、互ノ目に丁字を交えた華やかな刃取りで、刃中足盛んに入り、砂流、金筋、蛇の目等、刃肌に絡んで千変万化たる賑やかな働きを見せる。
 
附属の拵は黒味が強い焦茶色で統一され、鐔と目貫は時代物が用いられ、柄は頑強なる牛表革にて諸捻巻きに仕立てています。
鞘から抜き放って構えてみると、手元重心でバランスが良く、実際の重さより軽く感じられ、扱い易さを求めた秀久刀匠の技量の高さが窺えます。柄にがたつきも無く、即居合や試斬の稽古に御使用頂ける逸品です。
 
※指表物打やや下の棟側のチリ目立たぬ小さな鍛錬疵がある以外は特筆すべき疵欠点は無く、鑑賞刀としてもお楽しみ頂ける作品です。
 
裸身重量749グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,098グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。