脇指 下総守國義~和泉守國貞(親國門)

脇指 下総守國義~和泉守國貞(親國門)

脇指 下総守國義~和泉守國貞(親國門)

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/354/00.html

 

日向国出身の國義は俗名を鈴木作之丞といい、同郷の大坂新刀鍛冶、和泉守國貞(親國貞)の門に師事。慶安三年に下総守を受領したものとみられ、石見国浜田藩亀井氏のお抱え鍛冶として仕えました。

現状の研磨は拭いを黒く入れすぎた仰々しい感があるので、もう少し落ち着いた化粧に直し、保存刀剣並びに特別保存刀剣審査を是非ご受審下さい。

4月末日迄は特別価格で御案内致します。この機会を逃さないで下さい。

裸身重量453グラム。

地刃冴えた見事な一刀

地刃共に出来最高の一刀


武州出羽守源光平

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/566/00.html

 

光平銘に関しては首肯できないため、出来が良い無銘刀としてお求め下さい。
地刃には一切の破綻が無く、小板目の精良な地鉄に大振りの互ノ目丁子乱れを巧みに焼き上げています。匂口明るく冴え、砂流が随所に見られ、覇気ある最高の出来口を示しています。
無銘にして是非とも保存刀剣審査を御受審下さい。
店主 町井勲のギネス6冠達成記念として、上研磨代を考慮した破格値で御案内致します。

裸身重量699グラム。

因州住藤原兼先  ギネス6冠達成記念特別価格

因州住藤原兼先

脇指 因州住藤原兼先

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/350/00.html

 

美濃の兼先は安土桃山時代頃に備前岡山に移住した後、近江、越前、加賀、越中、因幡などの各地に移住しました。因州兼先は池田家の国替に伴い、備前から因幡国へ移り、鳥取城下に鍛冶場を構え、幕末に至るまで繁栄しました。

元は二尺一寸程の短い打刀として鍛えられた刀です。短めの打刀は上士の指料に多く見られ、本刀も名のある士の腰にあったものと思われます。
※はばきの飲み込みを後に深く加工されているため、白鞘とはばきの間に隙間があります。

裸身重量570グラム。

刀 一心 昭和十八年三月 ~陸軍受命刀工~

刀 一心 昭和十八年三月

刀 一心 昭和十八年三月 ~陸軍受命刀工~

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/545/00.html

 

一心とありますが、満鉄刀とは関係ありません。刀工銘“一心”は岐阜県関市にて活躍した昭和の刀工です。本名を谷川慶治と言い、昭和16年9月12日に陸軍受命刀工に任命されました。

この刀は戦中に打たれた刀身に稀に見る、匂口が無いタイプ。そのため刃文写真は割愛させていただきます。刀身には鍛錬時の疵欠点はありません。刀工銘の上と柄の兜金(頭金具)に名古屋工廠刻印“名”が打たれています。

附属の九八式軍刀拵は、未使用と称しても過言ではない保存状態の良さ。金具番号は全て“722”で揃っており、はばきの台尻にも鏨で“722”と刻され、鞘の鯉口内部にも“722”と記載。柄木にも“722”の番号が刻されています。
現在匂口が無い刀身や工廠刻印が打たれた刀身には登録証が発行され辛い状況ですので、本刀の存在は大戦時の軍刀の歴史を物語る上でも大変貴重な存在で、資料的価値も高いです。軍装コレクター垂涎の一刀を是非この機会にお求め下さい。
※本刀は委託品です。

裸身重量776グラム。 拵に納めて鞘を払った重量1,087グラム。

【靖国刀】靖延 昭和十五年十二月吉日

靖延 昭和十五年十二月吉日

【靖国刀】 靖延 昭和十五年十二月吉日

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/555/00.html

 

靖延は池田靖光の門人で、昭和8年の日本刀鍛錬会の開設の年より昭和20年の終戦まで鍛錬会に在籍した靖国刀匠の一人です。

靖延(やすのぶ)
村上靖延 本名 円策 山形県出身 明治40年4月24日生まれ
履  歴 昭和8年12月15日 池田靖光の先手として入会
昭和14年1月11日 板垣征四郎陸軍大臣より刀匠銘靖延を授名
昭和20年8月15日 終戦 退会
主な作品 昭和14年2月 靖国神社奉納刀
昭和14年3月 後鳥羽院七百年祭奉賛会奉納刀
主な賞暦 昭和19年12月 陸軍兵器行政本部主催第2回陸軍軍刀展覧会会長賞


※トム岸田著 「靖國刀」より引用。

「靖国刀」(yasukuni_tou)
昭和8年7月、当時の陸軍大臣:荒木貞夫が有事に際した陸海軍将校同相当官の軍刀整備の為に日本刀鍛錬会を組織しました。東京九段・靖国神社境内に鍛錬所を設けたところから「靖国刀」と呼称され、それに従事した刀匠を「靖国刀匠」と称します。
創設には後に主事となった海軍大佐:倉田七郎らが尽力し、草創期の主任刀匠として宮口靖廣、梶山靖徳、池田靖光などがいます。
鍛錬会では、主として通常の軍刀の製作や陸海軍大学校の成績優秀な卒業生に贈られた御下賜刀(所謂恩賜の軍刀)などの製作を行い、終戦により同会が解散するまでに約8100振の刀を製作したといわれ、現在でも鍛錬所の建物は靖国神社境内に残っているものの、内部は改装されて茶室になっています。

裸身重量622グラム。拵に納めて鞘を払った重量1,010グラム。

大粒の研ぎ出し鮫鞘が眼を惹く一刀

刀 伊賀守来金道

刀 伊賀守来金道

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/554/00.html

銘文は首肯できませんので無銘の刀としてお求め下さい。
大粒の鮫鞘をぐるりと巻いて研ぎ出した贅沢な拵で、昭和26年の大名登録刀であることからも、伝来の良さを窺い知ることができる一刀です。

裸身重量590グラム。拵に納めて鞘を払った重量863グラム。

無銘(二王/小笠原長旨)

無銘(二王/小笠原長旨)無銘(二王/小笠原長旨)

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/553/00.html

 

 

伊豆国阿部伊勢守正勝の臣、小笠原藤九郎の子である長旨は、後に浪人して江戸の上野池之端に住し、鐙などの武具を作っていましたが、鍛刀も学んで刀匠としても名をあげました。
長旨の師については明らかではなく、大和系の鍛冶とも仙台国包系の鍛冶ともいわれ、江戸新刀系の鍛冶とは異なり、古雅な作風を見せます。

切れ味の評価も高く、新刀上々作にして業物に列していますが、その遺作は少なく、古刀を彷彿とさせる出来口だけに、銘を改竄されて古刀に化かされた作品も少なくないのではと推測されます。

杢目肌良く練れて詰み、地沸付いた美しい地鉄に上品な直刃を焼いた本刀は、日本美術刀剣保存協会旧認定書では、鎌倉期の二王と極められ、近年の保存刀剣鑑定においては、時代を大きく下げられ、小笠原長旨に極め変えされましたが、これは刃区に焼き出しと受け取ることができる部分があったからと推測されます。

長旨の作に、古刀の磨上中心を思わせる中心形状のものがあり、また、刃区の際で焼き出しと鑑てとれる部分があるため、長旨の極めになったものと思われますが、いずれの極めにせよ、刀の出来と拵の良さには目を見張るものがあり、二尺一寸程の短い寸法や総体格式の高さから、大名の蔵刀であったことは容易に想像される名品で、鯉口内部には鞘師の銘が刻まれています。

裸身重量552グラム。拵に納めて鞘を払った重量859グラム。

脇肥前を代表する名工 肥前國廣

無銘(肥前國廣)

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/552/00.html

無銘(肥前國廣)

 

肥前國廣は初代忠吉の異母弟であり、門人でもあった相右衛門廣貞の長男で、名を橋本六郎左衛門と称した脇肥前を代表する刀工の一人。寛永から万治に至る年紀入りがあり、八十五歳という長寿を全うしました。
この系統は皆乱れ刃が上手で、特に國廣は廣貞の如く激しい乱れ刃を焼いて上手です。弟の播磨大掾忠國(初代)に比して作品数は極めて少なく希少であり、その技量は頗る高いことで知られます。
古来より切れ味の良さに定評があり、江戸期の著書「古今鍛冶備考」にも業物として記載され、『山田浅右衛門押型』所載の國廣は、『脇毛之辺、落可申候』と注記があります。

本作は身幅重ねしっかりとして反りは浅く、切先やや延びごころの体配で、良く練れて詰んだ小板目肌に互の目丁子を焼いた作品で、足盛んに入り、刃中には砂流が顕著に見られ、よく沸づいて冴えた匂口を示すなど、脇肥前の技量を余すことなく発揮しており、昭和26年の大名登録刀であることからも、その出来栄えと伝来の良さを窺がい知ることができます。

うぶ出しの一刀です。前所有者逝去後、長らく手入れされることなく眠っていたため、所々に薄錆があります。そのため研磨代金を考慮した価格で御案内させて頂く次第です。しっかりとした身幅と重ねに加え、二尺四寸余の刃長は観賞刀としても、居合の形稽古用としても魅力的な一刀。是非この機会に現存作品少ない希少な國廣を御入手ください。

裸身重量832グラム。

合氣道修行者のための居合術講習会

2月4日に大阪府立大手前高等学校合氣道部にて開催しました

『合氣道修行者のための居合術講習』

の様子です。

 

当日は私の長男である友哉がメインで指導させていただき、私はその指導補助として参加させて頂きました。

 

居合術と合氣道の関連について補足説明する私。

 

修心流居合術兵法では初伝形を初伝之抜、中伝之抜、奥伝之抜の三種に段階分けして形を稽古します。この日の講習では初歩を学ぶために初伝之抜で初伝形三本を指導させていただきました。

 

座したまま半身をきり、正面に座す敵の中心を捕らえます。

 

英信流系の連盟居合では片手で行う所作も、正しい受け流しの所作を身につけるために、左腕を用いて切先の高さを定めます。

 

血振りは刀に付着した血を払う所作ではありません。その所作の意味を解説し、実践指導させていただきました。

 

後半の指導では、前半に稽古した初伝形三本の所作が、体術としてどのように作用するのかを、二人一組になって実践稽古していただきました。

下に紹介する写真は、抜付時の身体捌きの確認稽古である『半身相撲』です。

初動を読ませなければ、相手を容易く崩すことが可能となります。

 

正座から刀に手をかけるまでの動きの確認稽古。居合形では前方に抜きつけますが、これを上下に行うと、合氣道の天地投げとなります。

素手になるとどうしても我が出てしまうもの。我を捨て正しい身体捌きを学ぶために、腰に刀を帯び、刀から所作を教わるのが居合術。

居合形は単独でも正しく形稽古を行えば、理想とする体捌きを体得することができるように組み立てられています。

形を作り上げた先人には頭が下がる思いでいっぱいです。

 

このような居合術講習会を希望される学校関係者の方がおられましたら、どうぞお気軽に御相談下さい。

高校や大学の居合道部の方には、是非とも修心流居合術兵法の講習会をお薦めいたします。