備前長船住祐定  ~手元重心で手持ちバランス最高!! 居合の片手操作に最適!!~

備前長船住祐定

備前長船住祐定
– Bizen Osafune ju Sukesada –
 
この刀は細身で手持ちバランスが良く、200グラムを超える重い鐔が添えられているため、更に手元重心となり、容易に片手操作が出来ます。
刃文は区上で焼き落としとし、直刃基調に極僅かに湾れ、匂口は明るめ。
現状は古研ぎで、元の方一部素人による錆落としが見られ、地鉄の色が異なる部分が見られますが、純然たる武用刀としてお使い頂く上には全く問題ございません。
前所有者が居合の稽古に用いるべく、気持ち軽く刃引きしてありますので思い切った居合の稽古にお使い頂けます。試斬にお使いの場合は簡単な寝刃合わせで使用可能です。
拵入り二尺三寸を超える古刀が税総込みでこの価格! 大変お買い得な一刀ですのでお気に召しましたら即お申込みください。早い者勝ちです!!
※本刀は委託品です。銘の真贋保証は致しかねます。
 
裸身重量587グラム。  拵に納めて鞘を払った重量951グラム。

冬廣 ~保存刀剣鑑定書付きの在銘古刀! 手持ちバランス最高!!~

冬廣

冬廣
– Fuyuhiro –
 
初代冬廣は相州二代広次の子で、若州小浜に移住して作刀、後に相州綱広の門に学んでいる。以下同銘数代が同地に続き、現存する作品には天文・永禄などの年紀のあるものがあり、殆ど時を同じくして伯州・雲州・備中などの地銘を切ったものもあります。
 
この刀は映り気ある地鉄に匂口明るく冴えた互ノ目乱れを焼いた作品で、大きく磨り上げられるも冬廣の二字銘はしっかりと残っており、美術刀剣としての価値も高い一刀です。
現状古研ぎで一部雲った箇所等がありますが、特に手を掛けて頂く必要もなく、そのままの状態でお楽しみ頂けます。
鍛錬疵が数個点在していますが、手持ちのバランスは最上で、実際の重量より軽く感じられるので、居合等の片手操作に真向きな一刀です。
 
付属の拵は、千段刻みの鞘が目を惹き、鐔には山城國住埋忠(うめただ)と細く銘があり、目貫は毘沙門天立像の意匠高い名品が巻き込まれています。手擦れによって折角の目貫を傷めるのは惜しまれるので、可能であれば柄を新調された上で、居合稽古にお使い下さい。
※保存刀剣鑑定書は日本美術刀剣保存協会より当店に届き次第お届け致します。
 
裸身重量653グラム。  拵に納めて鞘を払った重量966グラム。

濃州住吉田兼吉作 ~居合の稽古、試斬の稽古にお薦めの一刀!!~

濃州住吉田兼吉作

濃州住吉田兼吉作
– Noshu ju Yoshida Kaneyoshi saku –
 
吉田兼吉は大東亜戦争時に軍刀鍛冶として活躍した刀匠です。
昭和16年新作日本刀展覧会において第五席(新進)に列しています。
 
この刀は特別な注文にて鍛えた一刀で、当時としては珍しい二尺三寸三分の長寸。一部薄錆がありますが無疵無欠点で現代人の居合・抜刀の御稽古にもお使い頂ける頃合いの刃長です。
 
裸身重量734グラム。  拵に納めて鞘を払った重量999グラム。

明寿作之 昭和五十六年十月日 ~居合の稽古、試斬の稽古にも真向き! 二尺四寸三分の長寸なのが嬉しい一刀!!~

明寿作之 昭和五十六年十月日
– Akitoshi –
 
手元資料乏しく明寿刀工についての解説を省略致します。
この刀は柾気強い地鉄に匂口明るく冴えた互ノ目乱れを焼いた作品で、乱れの谷には刃先に迫らんとばかりに長く足が入り、刃中賑やかな出来口を示しています。
手頃な価格で二尺四寸を越える居合稽古用真剣をお探しの方や、これから刀剣趣味を始められる方にお薦め。はばきの飲み込みが浅いので、実質二尺四寸五分くらいの感覚です。
 
裸身重量799グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,065グラム。

無銘 ~非常に珍しい雛薙刀 刃長六寸二分二厘~

無銘 ~非常に珍しい雛薙刀 刃長六寸二分二厘~
無銘
– Mumei –
 
子供の誕生と健やかなる成長を願い、五月人形や雛人形を造って節句を祝いますが、泰平の世であった江戸時代、大名家や資金ある豪商の家では、実際に乳幼児や幼児が身に付け、使用できるサイズの甲冑飾りや豪華な雛飾りが造られました。
大人が用いる太刀をそのまま幼児サイズ化したものもあれば、人形用の小さな太刀なのに、ちゃんと本物の刀身が納まっていたりと、その凝り様は様々で、この雛薙刀(稚児薙刀)もその一つ。節句飾りの他の品が逸散してしまった今となっては、想像する他ありませんが、恐らくは甲冑飾り、或いは雛飾りの諸道具の一つとして、大名家または豪商の節句飾りの雛段に添えられていた品でしょう。
 
小板目良く練れて詰んだ肌に、匂口明るく冴えた直刃を焼き上げ、地鉄には映りも現れています。これだけの造りであるにもかかわらず、柄には口金や胴金、鏑巻きや石突金具が供されていないので、恐らく現在附属している柄は、元々休め鞘である白鞘の柄を、後になって塗ったもので、本来附属すべき柄が失われてしまったためによるものと推測され、元は立派な薙刀拵に納まっていたことでしょう。柄の逸散こそ惜しまれますが、なかなかこの薙刀のような本歌の雛薙刀は市場には出てまいりません。非常に珍しい逸品であり、江戸時代の風俗を知る上に於いても恰好の資料。御入手された暁には、是非とも観賞用研磨を施し、しっかりとした薙刀柄も復元製作して、この貴重な文化財を後世に伝え遺して頂きたいと切望してやみません。
 
裸身重量95グラム。  拵に納めて鞘を払った重量158グラム。

備州長船祐光 ~珍しい脇指体配の長巻~

備州長船祐光 ~珍しい脇指体配の長巻~
備州長船祐光
– Bishu Osafune Sukemitsu –
 
六郎左衛門尉祐光は、小反利光の子で、右京亮勝光、左京進宗光兄弟の父であり、永享から文明頃にかけて活躍しました。同時期の「寛正則光」で名高い五郎左衛門則光とは作風や銘字が似ている点から、兄弟ではなくとも同じ長船の一家内にあったと思われます。
作風は則光と比して優しいものが多く、両者は応永備前から末備前の中間に位置する長船正系の良工として知られ、祐光の名跡は新刀期の正徳まで続き栄えました。
 
戦乱期を終え、泰平の世となった江戸時代、長巻の多くは磨り上げられて刀や脇指に姿を変えました。そのため現存するうぶの作品は大変希少で、この長巻は珍品中の珍品と言えましょう。
中心を詰めればそのままうぶ姿の脇指に化けそうな鎬造の脇指体配で、中心は一切手を付けられず、うぶの長いままであることが資料的価値としても大変高く貴重な存在。
 
地鉄は杢目肌が良く練れて肌立ち、匂口明るく冴えた腰が開いた互ノ目を焼くも、先に行くに従って匂口の冴えがやや沈みごころとなっているのは、折損することを回避するために、刀工自らあい取りを強めに行った故によるもの。まさに実用を考えての焼き入れです。刃縁には砂流が顕著に見られ、実用のものでありながらも観賞美を兼ね備えています。
非常に珍しい珍品故に、価格ももっと高値を付けたいところですが、現状古研ぎのため、ヒケや小錆が見られるため、しっかりとした美術鑑賞用研磨をかけて頂きたく、研磨代を考慮してお求め易い価格設定に致しました。
中心に切られた銘は備州長より以下は判読し辛くなっていますが、よくよく眼を凝らせば、祐光と銘が読み取れます。長巻や薙刀、槍と言った長柄の武器は、柄を樫で造る関係上、樫材が持つタンニンによって中心の表面が荒れ、銘文が判読し辛くなってしまうものですから、この長巻は製作された時代を考慮すれば健全に残っている部類と言えます。
さぁ、非常に珍しい長船祐光在銘の長巻を手に入れる絶好の機会を逃さず、研磨を施した後は、保存刀剣審査を是非とも御受審下さい。
 
裸身重量565グラム。

東播住源利行作 ~兵庫県三木市の郷土刀 明石藩御抱工 三木市の鉋の礎を作った刀工~

東播住源利行作
東播住源利行作
– Toban ju Minamoto Toshiyuki saku –
 
利行は文政11年9月2日、三木町新町の生まれで、名を黒川太市郎と云い、播州三木に住した刀工です。利行の父である九兵衛は、鉋鑿等を鍛えていましたが、刀匠としての誉れもあり、利行には刀匠として家名を起こさんとさせ、利行も刀匠として名を上げんとおおいに努め、明石藩の御用鍛冶を勤めるまでになり、明石藩主、松平慶憲に可愛がられて毎月登城し、毎年一回、藩の家老が利行の鍛刀場を巡視。慶憲自身もまた鍛刀場を訪れていたと言います。
明治維新による廃藩置県により、藩主の東京移住に同行し、東京でも刀を鍛えましたが、時の流れには逆らえず、刀鍛冶を諦めて鉋鍛冶として余生を送り、その刃味で名声を上げ、銘じ39年11月1日に東京で逝去しました。腕は確かなれど、時流に飲まれ、刀鍛冶として一生を全うできなかった不遇の天才鍛冶と言えましょう。
昭和26年秋田県の大名登録刀であることから鑑ても、本刀の伝来の良さが判ります。
 
この短刀は重ね厚めでがっしりとした冠落造りで、棟は三ツ棟。地鉄は小板目肌が良く練れて詰むも流れごころを呈し、刃文は湾れ調子に互ノ目足を焼き、刃縁には細かな砂流が窺える出来口で、中心や銘文の状態も芳しく、流石に特別保存刀剣鑑定書が交付されるだけの良い逸品です。
元々実用刃物を手掛けていた家系にあったためか、作刀させてもその刃味が好評であったようで、上述の通り、明石藩主が自藩の御抱工として愛でていたことからも、見た目の美しさにとどまらず、実用刀としての強さも兼ね備えていることが窺えます。
また、黒川家は元々中屋姓だったようで、黒川姓は明石藩御抱工になった際に、藩主より賜ったものではないかと思われます。
尚、利行上京後も、子息である卯太郎が鉋鍛冶として父祖の業を継ぎ、黒川家からは多くの名鉋鍛冶が排出され、今尚兵庫県三木市に於いてその業が受け継がれ栄えています。
※現状、指表はばき上数センチのところの刃先に変色程度の小錆がございますが、1万円(税別)にて部分研磨お引き受け致します。
 
裸身重量274グラム。

御護兼久作之 平成壬辰歳初春吉日 ~御守刀に最適~

御護兼久作之 平成壬辰歳初春吉日
御護兼久作之 平成壬辰歳初春吉日
– Kanehisa –
 
本名は吉田研。岐阜県加茂郡富加町在住。始め父である初代正明刀匠に学び、後に叔父である兼正刀匠に師事。兼正刀匠他界後は「吉田 劔 直江兼久」と改銘する。
 
この短刀は重ね薄く、小板目肌少しく肌立ち、刃縁柾がかった地鉄に緩やかな大湾れを焼いた作品で、刃縁は地鉄に絡んで砂流や金筋等の働きが顕著に見られ、見応えある出来口の短刀です。
重ねの薄さや直江兼久と名乗ることから鑑ても、南北朝時代の直江志津に私淑した作品と思われ、なかなかに楽しめる作品です。
お求め易い低価格にて御案内致しますので、御守刀をお探しの方、是非この機会に御検討下さい。
 
裸身重量174グラム。

短刀(懐剣) 正栄

正栄

正栄

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/tantou/150/00.html

 

日本刀銘鑑を紐解くと、江戸後期に正栄と名乗る刀工が二名見当たります。一人は尾崎助隆の養子である源左衛門正栄。もう一人は奥田栄一郎正栄で、共に江戸後期に攝津国で活躍しました。
日本美術刀剣保存協会による鑑定では国を記載せず、単に新々刀とあることから、どのような見解なのかを尋ねたところ、俗名がない正栄銘に関しては資料が乏しく、そのため上記両名を含み、銘鑑漏れの正栄銘刀工も想定して個人特定はしないとのことです。

この短刀は小振りながらも鍛えが良く、清廉な水面の底を見るが如く、細かな地景が見られ、地沸付き、匂口明るく冴えた直刃を焼いて、先は大丸に返っています。

現状では気にならない程度の薄錆がはばき元に見られますが、これもうぶ品だからこそ。二百余年の歳月が過ぎた今も尚光を見せる中心。昭和26年岡山の大名登録であることや、拵の様式や刀身寸法、柄に描かれた一重五瓜に違い鷹ノ羽紋などから、池田本家や支藩に嫁いできた姫君の御守刀だったのかもしれず、また、中心の銘は正栄なのに、鞘には守貞と蒔絵されているのも、何か謂れがあるのかもしれません。歴史好きな方は是非この短刀のルーツを探ってみてください。
※仔細がお判りになられましたら是非ともご教授下さい。

裸身重量78グラム。  拵に納めて鞘を払った重量106グラム。

地鉄が良い短刀

短刀 無銘

短刀 無銘

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/tantou/146/00.html

 

新々刀無銘の短刀ながら、地鉄が良く纏められ、匂口締まった直刃を焼いた作品。
疵も無く、御守短刀をお探しの方に心よりお薦め致します。
刀剣趣味初心者の方にもお求め易い低価格での御案内ですので、いいなと思われましたら急ぎお申し込みください。

裸身重量123グラム。