延寿(金象嵌銘)

延寿(金象嵌銘)
延寿(金象嵌銘)
– Enju –
 
肥後国延寿派は、来国行の孫と伝える延寿太郎国村を祖として、鎌倉時代後期から南北朝期にかけて同国菊池郡の地で大いに繁栄した一派です。この派の刀工には国資・国時・国泰・国吉等多くの名工がおり、これらの刀工達を延寿派と総称しています。
 
現状古研ぎで薄錆点在するも丁寧な磨り上げに金象嵌の極め銘があり、雰囲気の良い脇指です。緻密に練られて肌立った地鉄は美しい一刀です。再研磨の資金を考慮した低価格で御紹介致しますので、是非この機会にお求め下さい。
 
裸身重量432グラム

肥前國忠吉 ~安価刀剣お探しの方向け~

肥前國忠吉 ~安価刀剣お探しの方向け~
肥前國忠吉
– Hizennokuni Tadayoshi –
 
特筆すべき疵欠点無し。忠吉銘に関しては当然ながら首肯できませんので、無銘の刀としてお考え下さい。反り高く優しい姿の直刃を焼いた一刀です。試斬稽古用、これから刀剣趣味を始められるにあたり、まずは一振りとお考えの方に、お求め易い低価格で御案内致します。
 
裸身重量665グラム。

奥州會津住政長

奥州會津住政長
奥州會津住政長
– Oushu Aidu ju Masanaga –
 
初代政長は本国予州松山で、三善長国の子であり、三善長道の父にあたる人物。上京し、肥前忠吉と同じく埋忠明寿の門人で、加藤家の移封に従って寛永四年に父長国と共に奥州会津に移住。これより、会津の地に長国、政長を祖とし、長道へと代々続く名門の三善一派が始まりました。三善一派は業物として良く知られるようになり、政長の子三善長道は会津虎徹と称され、最上大業物としてその名を轟かせています。
政長の名跡はその後六代まで続き栄えました。
 
この脇指は代別までは判りかねますが、数代続く政長正真銘と鑑て良い一刀。残念ながら刀であったものがなんらかの理由により折損または切断されたものを、後世に脇指に仕立て直されたものですが、非常に高い再刃技術が駆使されており、尖り刃交じりの互ノ目乱れには一切の破綻が無く、緻密に練られた地鉄は精美であり、中心に残る火肌さえ見なければ再刃物とは気付けない程です。
元幅約35ミリもあり、重ね厚い様子から、元はかなりの剛刀であったことが偲ばれ、会津政長の資料刀としてお求め頂ければと思います。またはがっしりとした造り込みですので、試斬稽古用として、または研磨修業中の方へ研磨稽古用としてお薦め致します。
 
裸身重量630グラム。

加州清光 ~新選組一番隊隊長の沖田総司の愛刀として名高い刀工~

加州清光 ~新選組一番隊隊長の沖田総司の愛刀として名高い刀工~
清光(加州)
– Kiyomitsu(Kashu) –
 
新選組一番隊隊長の沖田総司及び同隊士大石鍬次郎の愛刀として知られる加州清光。名鑑によると明応から安政頃まで同銘が数人確認されています。
新刀期における清光は、寛文頃の長兵衛清光・元禄頃の長右衛門清光が著名であり、以下同銘数代が継承されています。これらの作風は匂本位の直刃を多く焼いていますが、稀に直刃調の湾れ乱れや尖りごころのある互の目乱れなども見られます。
清光はその銘の切り方に由来し、十二月清光などとも呼称されますが、本刀の銘は十二月にはなっていないものの、数代続く清光のいずれかの作と鑑せられ、小板目よく練れて詰んだ地鉄が美しく、鎬地は柾目が特に強く現れており、匂口は明るく冴え、高低差少ない大湾れを焼き、所々に足交え、太目の金筋が見られます。
御購入後は是非とも日本美術刀剣保存協会の保存刀剣審査を御受審頂き、本脇指の格を上げて下さい。
 
裸身重量476グラム。

為継 ~郷義弘の子~

為継 ~郷義弘の子~
無銘(為継)
– Mumei(Tametsugu) –
 
為継は南北朝時代の延文から応安頃に活躍した刀工で、越中国の郷義弘の子と伝えられています。父である義弘は正宗十哲の筆頭に挙げられた名匠として知られる刀工ですが、早世であったため、同門の則重に師事したと伝えられています。延文二年(1357)および応安二年紀(1370)を有する『越前国藤原為継』銘の作が押形にみられ、また実在する年紀作に『濃州住藤原為継 応安六年癸丑六月日』銘の脇指があることから、同工は応安二年より同六年(1370-74)の間に、越前から美濃国不破郡(現、大垣市赤坂町)へ移住したことが窺がわれます。
美濃国は荘園制度の崩壊による豪族土岐氏の勢力拡大に伴って武器需要が増大したのを背景に、南北朝時代初期に『三郎兼氏』が大和国から多芸郡志津(現、養老郡南濃町志津)に、同じ頃『金重』は越前国より関へとそれぞれ移住して来ており、『為継』もまた『国長』・『国行』らとともに赤坂の地に来住して美濃国の刀鍛冶は隆盛期を迎えることになります。
 
この脇指は、元来長寸の太刀であったものを大きく磨り上げたもので、身幅広く、身幅の割りに重ねが薄い典型的な南北朝体配で、小板目肌柾流れ肌立った地鉄に、地沸つき、一際大粒の沸が地に零れ、焼刃明るく冴えて刃中よく沸づき、総体に雲棚引くかの如く砂流が顕著に見られ実に見事な出来口を誇る一刀です。
 
裸身重量472グラム。

無銘(平高田) 皆焼刃見事な一刀

無銘(平高田) 皆焼刃見事な一刀
無銘(平高田)
– Mumei(Taira Takada) –
 
豊州高田派は、豊後国高田地区(現大分市鶴崎近辺)で栄えた刀工一派で、古刀期の作に平姓を銘切るものが多いことから、それらを平高田と称し、新刀期以降は藤原姓を銘切るようになったことから、藤原高田と汎称します。古来より実用刀としての評価が高い一派で、武用刀として数多の武将に愛用されました。
 
この刀は日本美術刀剣保存協会に於いて平長盛と極められた一刀で、特筆すべき鍛錬疵は無く、大磨上ながらも元先の差が開いた上品な姿で、匂口は深く、小乱れとなり、物打より先は皆焼となった覇気ある作品です。
 
裸身重量757グラム。

水平払と釣落

昨夜の稽古の後半は、土曜の稽古と同じく、初動を感じさせない水平払を稽古。

距離的な間

空間的な間

時間的な間

を学ぶため、水平払に対し、中段構えの者は初動がわかれば釣落にて相手の小手を打つという稽古も行いました。

水平払は小手先だけで行うと、相手の軸を制することができないばかりか、剣に重さがのりません。

初動を感じさせない水平払は、払うと同時に相手の軸を崩します。

門弟達はこの夜の稽古で何かしら得てくれたものと思います。

初動を読ませぬ水平払と攻防

昨夜の稽古後半の様子です。

この日は奥居合形『惣捲』に於ける水平払いを会得したいとのリクエストに応え、後半の稽古では袋竹刀を用い、初動を読ませぬ水平払いの稽古を行いました。

ただ単に相手の袋竹刀をはじくのではなく、確実に相手の軸を崩すことが水平払いに於いても重要な課題です。

小手先だけで相手の剣を払えば確実に相手の剣は再び中心に戻ってきます。

しかし、相手の剣ではなく、相手の軸を崩すことができれば、容易く相手の中心をとることができるのです。

動画の3:59辺りの私の水平払いからの突きをご覧頂ければ、なんとなくお解かりいただけるかと思います。

私にとって門弟との稽古は自分自身の稽古でもありますので、諸手で剣を握る門弟に対し、全て片手で操作しています。稽古では毎回のように動画を撮り、帰宅後己の動き、また、門弟の動きの改善点を探しているのですが、そうやって帰宅後まで稽古の時間に当てるものですから、正直時間がいくらあっても足りません。

武術としての居合をするなら、本当に使えるものにしたいので、この習慣は一生涯続くのだと思います。

丹波守吉道 ~初心者入門用として最適~

丹波守吉道 ~初心者入門用として最適~
丹波守吉道
– Tanba no kami Yoshimichi –
 
輪反りの強い脇指で、丹波守吉道銘に関しては真贋保証致しません。
地鉄は杢目肌練れて刃縁柾がかり、刃文は直刃を焼くも、刃中に細かな働きが随所に現れています。現状は古研ぎ身で、帽子のフクラに小さな刃毀れが見られますが、再研磨すれば観賞刀としてもお楽しみ頂けます。
 
附属の拵は江戸期の物を、大東亜戦争時に軍刀としてそのまま利用すべく、鯉口に大振りの真鍮口金を取り付け、柄頭の近くに猿手鐶を取り付けるための穴を穿ってあります。
昭和27年の古い登録証が附属していることから、小大名や重臣クラスの家に伝わっていたものと推測され、鞘に痛みが無い点からも、大切に伝えられてきた様子が窺えます。
 
裸身重量475グラム。  拵に納めて鞘を払った重量731グラム。

長府住清俊作 安政六年八月日 ~未だ中心が光っている保存状態抜群の薙刀~

長府住清俊作 安政六年八月日 ~未だ中心が光っている保存状態抜群の薙刀~
長府住清俊作 安政六年八月日
– Chofu ju Kiyotoshi –
 
手元資料乏しく、清俊についての詳細情報は解りかねますが、長州の刀工であること、清の字を冠することから、二王派の刀工と推測されます。
 
柾の強いよく練れた地鉄には直映りが判然と立ち、匂口明るい直刃を焼いて、刃縁には細かな働きが随所に見られます。一部に小さな湯走や食い違い風の刃も交え、一見単調なる直刃に見えて、よくよく見ると様々な刃中の働きを見せる出来良い薙刀です。
 
古研ぎですが敢えて手をかける必要は感じられず、地刃共に御観賞をお楽しみ頂けますが、出来が良いだけに上研磨を施し、更なる地刃の完成度を楽しみたいと思わせます。
本薙刀最大の高評価点は、今尚光るその中心にあり、樫材によるタンニン成分によって腐食しがちな槍・薙刀に於いて、本薙刀の中心はまさに中心千両の言葉に相応しい保存状態です。附属する銀着はばきからも伝来の良さを感じさせる逸品です。
 
裸身重量456グラム。