刀 無銘 ~町井勲監修で新調した黒蝋塗鞘打刀拵入り~

刀 無銘 ~町井勲監修武用拵入り~

刀 無銘 ~町井勲監修武用拵入り~

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/587/00.html

 

京都府下より買い付けたうぶ品の一刀で、当店店主 町井勲監修の下、武用に適した本式の拵を新調しました。鮫は贅沢な親粒付きのものをぐるりと一枚巻きにし、柄巻きは正絹黒糸にて捻り巻きに仕上げております。

刀身には鍛錬疵が無く、現状錆身ではあるものの、明るく冴えた互ノ目乱れが焼かれています。
現状のまま御購入頂き、ご自身で寝刃合わせをされるも良し、当店にて寝刃合わせも承ります(税別3万円)。存分に試斬抜刀稽古にお使い下さい。勿論研磨を施せば美しい輝きを取り戻しますので、観賞用としても、居合演武用としてもお楽しみいただけます。

観賞用研磨の御相談も承ります。

裸身重量778グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,094グラム。

誇り高き無銘刀であれ… かまたきみこ“KATANA”

お仕事の休憩時間にでもどうぞ

そう言って渓流詩人さんが私にくれたのが“かまたきみこ”さんが描く漫画「KATANA」でした。

刀剣乱舞など刀の擬人化が流行る昨今。その流行に便乗したものかと思っていたら、このマンガの方が刀剣乱舞よりも古く、刀擬人化の先駆けのようです。

どうせ刀のことを知らぬ素人が書くファンタジーな刀マンガだろうとたかをくくって読み始めたのですが…

 

愛刀家の皆さん、愛刀家ではないけれど家に刀が伝わっている、所持されているという皆さんに、絶対に読んで頂きたいマンガです!!!

 

私は“カタリの刀”と言うお話が特に心にジーンときまして、読み終えた時には思わず目に涙が浮かんでいました。

偽銘を切った太刀のお話なのですが、あらすじは皆様のお楽しみのためにここには記しません。是非書店でKATANAの第二巻をお求めになり、このお話をご覧下さい。

 

“誇り高き無銘刀であれ”

かまたきみこ「KATANA」 カタリの刀

 

名台詞中の名台詞ですね!

かまたきみこ「KATANA」 カタリの刀

平成のサムライ、全力でこのマンガを応援します!

かまたきみこ先生、これからも刀に関する正しい知識と心を、マンガを通じて広めて下さい。

脇指 豊後高田住藤原行光

脇指 豊後高田住藤原行光

豊後高田住藤原行光

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/wakizashi/356/00.html

豊州高田派は、豊後国高田地区(現大分市鶴崎近辺)で栄えた刀工一派で、古刀期の作に平姓を銘切るものが多いことから、それらを平高田と称し、新刀期以降は藤原姓を銘切るようになったことから、藤原高田と汎称します。古来より実用刀としての評価が高い一派で武用刀として数多の武将に愛用されました。

この脇指は俗名を仲間勘左衛門と称した行光による、小板目杢交じりの地鉄に、小湾れ調子に互ノ目を交えた刃を焼いた作品。中心の状態も良く、力強く切られた銘の“豊”の第一角から二角にかけて、流暢に丸みを帯びた鏨使いが、子の行光(後熊本へ移住)と異なります。
行光は藤原高田一派の中でも名が通った刀工ではありますが、本刀には表裏に埋鉄があるため、入手しやすい御手頃な価格で御紹介致します。

附属の拵は近代に製作されたものですが、裏革の柄巻きは手にしっくりと馴染み、茶系の桜皮塗と茶蝋塗を塗り分けた粋な仕立てです。

裸身重量451グラム。  拵に納めて鞘を払った重量707グラム。

江藤新平、島義勇が愛した肥前刀 幕末肥前三名工の一人“吉包”

江藤新平、島義勇が愛した肥前刀 幕末肥前三名工の一人“吉包”

江藤新平、島義勇が愛した肥前刀 幕末肥前三名工の一人“吉包”

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/586/00.html

 

吉包は九代忠吉、吉宗と共に、幕末に活躍した肥前の名工で、佐賀七賢人に数えられ、佐賀の乱の首謀者でもある江藤新平島義勇両名の蔵刀も手がけました。
九代忠吉や吉包、吉宗らの存在は広く一般に知られることなく、その現存する作品も極めて少ないところから、八代忠吉の影となり、代作を担っていたものと推測され、彼らの技量が高かったからこそ、八代忠吉が、初代、二代、三代と並び称されるに至った事は容易に想像されることであります。それだけの高き技量を持ちながらも、幕末から明治、そして廃刀令と言う時代の波に翻弄され、刀鍛冶として存分に活躍する機会に恵まれず、その名を知られることもないまま、近年まで高く評価されることがなかった不遇の名匠で、それ故にこの吉包の刀は、幕末の肥前三名工(九代忠吉・吉包・吉宗)の貴重な資料としての価値高く、入手困難なる隠れた名刀です。 地刃晴れ晴れと冴えたその出来口は、師である八代忠吉を卓越したもので、上代の作にも引けをとりません。心境としては売りに出さず、独り密かにこの刀の出来を、生涯に渡って独占したい思いに駆られます。昭和63年の遅い登録ではあるものの、当店所蔵の九代忠吉と拵の様式が酷似している点から鑑みて、この刀も鍋島家に縁ある家やかなりの上士の所有であったものと推測されます。

薄っすらと錆に包まれ、風化してボロボロの柄巻きの状態で発見された本刀ですが、当店にて日本美術刀剣保存協会主催研磨コンクール入賞研師による上研磨を施し、白鞘、継木、正絹柄巻き等の諸工作を全て行いました。
数少ない幕末肥前三名工の一人、今尚中心が光っている極めて保存状態が良い、吉包の刀を是非この機会に御入手下さい。

裸身重量651グラム。  拵に納めて鞘を払った重量984グラム。

関住兼道作 昭和六十二年十月日

関住兼道作 昭和六十二年十月日

関住兼道作 昭和六十二年十月日

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/586/00.html

 

本名小島郁夫。岐阜県関市在住。昭和56年以来新作名刀展の連続入選を続け、努力賞1回、優秀賞を2回受賞。美濃伝作刀保存協会元会長。

指表中央より上の鎬地に肌の荒れた箇所がある以外は疵欠点無く、地鉄も綺麗に纏め上げられており、互ノ目に細かな砂流が顕著に見られます。
格安にて御案内致しますので、居合武用刀をお探しの方、これから刀剣趣味を始められる方、是非ご一考ください。
拵製作12万円より承っております。※親鮫一枚着せ。新作金具代込み。全て本手造りの真面目な拵です。

裸身重量840グラム。

諸刃造短刀 二王清光

諸刃造短刀 二王清光

諸刃造短刀 二王清光

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/tantou/149/00.html

 

二王の名の由来については諸説あるものの、周防国の仁王堂が火事に遭った時、仁王像を繋いでいた鎖を清綱の太刀で断ち切って、仁王像を救い出したことに由来するとされるものが通説となっており、二王清重の工銘は室町時代に始まり、戦国最盛期を経て江戸時代前期寛文頃に栄え、幕末まで続いています。

二王派の作品は、大和発祥であるだけに大和色濃が濃く、直刃出来の優作が多く見られ、この諸刃造りの短刀はよく練られて詰んだ精良な地鉄に破綻無く直刃を焼き、その匂口は明るく、見事な出来口を示しており、六寸に満たない小振りな刃長から、製作年代を室町中期と鑑て宜しいかと存じます。

現状古研ぎで一部変色程度の錆が見られます。現状でも地刃を御観賞頂けますが、物が良いだけに是非ともしかるべき研磨を施し、末永く御所蔵頂きたい逸品です。

裸身重量104グラム。

刀 備州長船祐定 天正二年八月日

刀 備州長船祐定 天正二年八月日

刀 備州長船祐定 天正二年八月日

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/584/00.html

 

末備前物と称される室町末期の刀工中、祐定銘の作刀は多く、中でも与三左衛門尉、源兵衛尉、彦兵衛尉が有名です。 刀剣の需要が多く求められた戦国期、備前刀は数多の戦に向けて数多く鍛えられ、そうした実用刀で俗名を銘切っていない末備前物を、数打と卑下する悪習が刀剣界にはありますが、粗製乱造されたわけではなく、俗名を銘切っていない作品の中にも、驚く程出来が良い作品が多々見受けられ、中には俗名個銘極めまで可能な出来優れた作も見られます。

杢目肌が柾に流れ、淡く映り立った地鉄に互ノ目を焼いた末備前らしい出来口を示す本刀は、大阪の旧家から出たうぶ出し品で、薄っすらと錆に包まれていた状態のものを、当店にて上研磨、白鞘、銀はばき、銀切羽、拵の補修、保存刀剣審査等、全ての諸工作を行いました。それらコストの関係もあって、割高に感じられるかもしれませんが、同じ諸工作を個人で行いますと、ゆうに40万円を越えますので、それらを考えますと大変お買い得です。一切手をかける必要がない真面目な年紀入り祐定を、是非この機会に御入手下さい。

大東亜戦争時、家伝の祐定を軍刀として携えたため、柄頭付近に猿手鐶が取り付けられています。野戦用革覆は当店にて取外し、国産本漆にて傷んでいた箇所は全て補修済み。研磨は日本美術刀剣保存協会主催のコンクールで入賞を果たす名手による上研磨です。

裸身重量735グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,078グラム。

刀 無銘(三原正信)

刀 無銘(三原正信)

刀 無銘(三原正信)

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/583/00.html

 

鎌倉初期から大和鍛冶が移住したと言われる備後では、隣地備前の影響を受けず大和伝が踏襲され、備後三原派の祖である正家も大和包永のような出来映えを見せています。
三原派の中でも古三原に分類される三原正信は、南北朝期永徳(1381)から室町初期明徳(1390)に掛けて活躍しました。その正信の子は三原から鞆(とも)に移り、鞆三原の祖となっています。

本刀は板目に杢交じりのよく練れた地鉄に地景が入り、匂口明るく冴えた直刃は大和気質で解れ風の刃を交え、帽子掃き掛けて長く返りを焼いた古三原らしい出来口を示しています。

附属の素銅はばきは金もしくは銀着せであったものが、経年の劣化により剥離したもので、昭和26年の大名登録刀であることからも、伝来の良さを窺い知ることができる逸品です。上白鞘新調済み。

裸身重量557グラム。

刀 無銘(越前下坂)

刀 無銘(越前下坂)

刀 無銘(越前下坂)

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/582/00.html

 

下坂派は安土桃山時代の天正頃(1573年頃)の近江の西坂本下坂に住んでいた、「下坂八郎左衛門」が祖と言われており、同工は越前康継の父又は兄と伝えられています。「下坂」を銘する刀工は全国に散在していますが、源流はすべて近江の下坂に発しています。

破綻無く美しく纏められた地鉄が見事な一刀で、直刃調に小さく湾れ、互ノ目を交えています。元の研磨レベル並びに現状の研磨状態も良く、お手を煩わせる事無く、下坂派の優品を存分にお楽しみいただけます。

5月3日までは消費税を当店が負担致します。お得な期間中にお求め下さい。

裸身重量885グラム。