無銘(松葉本行 / 廣賀) ~覇気に満ちた末相州の流れを汲む一刀~

無銘(松葉本行 / 廣賀) ~覇気に満ちた末相州の流れを汲む一刀~
無銘(松葉本行 / 廣賀)
– Mumei(Matsuba Motoyuki / Hiroga –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/708/00.html

本国豊後。初銘を行春、のち行平と改め、紀行平の裔と称す。延宝中唐津に移り、のち武蔵江戸に来て麻布、鷹番に住し、また相模にて綱廣に師事し、再度唐津に住しました。 本阿弥家より本の一字を受けて本行と改名し、老後は豊後太郎と唱え、銘文の「本」の字を松葉の如く崩して切ったことから、世に松葉本行として名高い業物刀工です。

廣賀派は伯耆鍛冶を代表する刀工で、道祖尾家と見田家に分かれました。道祖尾家は室町時代の文明頃から江戸期に亘って倉吉鍛冶町において作刀しており、見田家は初代相州綱広門人と伝える天文頃の五郎左衛門尉廣賀にはじまり、同銘数代が江戸時代初期まで続き、両家共に一門大いに繁栄しました

この刀は佐藤寒山博士の鑑立てでは末古刀の廣賀に極まっていますが、近年の日本美術刀剣保存協会審査に於いては江戸中期元禄頃に活躍した松葉本行に極め変えされました。
手にした時のバランスや姿を鑑みるに江戸期の作と鑑る方が妥当かと思われますが、板目鍛えの沸出来の刀身は、いずれにせよ末相州の流れを汲んだ作品であることに間違いありません。
刃中には砂流が随所に見られ、互ノ目の焼頭は火炎の如き様相を見せ、複雑に入り組んだ刃取り構成は覇気に満ち、飽きを感じさせません。
福島県下のお宅からお譲り頂きましたうぶ品で、市場に出るのは今回が初めてとなります逸品です。

裸身重量726グラム。

伯耆國住前田喜太郎義輝(花押) 聖代刀匠位列“業物”

伯耆國住前田喜太郎義輝(花押) 聖代刀匠位列“業物”
伯耆國住前田喜太郎義輝(花押)
– Hoki no kuni ju Maeda Kitaro Yoshiteru –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/tachi/057/00.html

本名、前田喜太郎。鳥取県日野郡江府町出身。号は華悠斎。川島忠善門。抜刀道を嗜まれる方の間では斬れ物として著名な延秀の実父で、昭和19に日本刀鍛錬道を設け、島根県刀剣株式会社を通じて美保海軍航空隊に収めました。
聖代刀匠位列に於いては良工の列、業物に認定される戦中を通じて活躍した昭和の刀工です。

元先の差が開き、反りやや高めの優雅な姿に、延びごころの鋭い帽子。大粒の沸を伴った明るく冴えた刃文。古研ぎながらも力強さを感じさせる一刀です。

附属の拵は全て時代物の刀装具を用いて誂えられた本格的な黒蝋塗鞘打刀拵。親鮫こそ用いていないものの、鮫は腹合着せ(一枚巻き)の真面目な仕事がなされています。縁頭は天狗と牛若丸図。山城國伏見住金家と銘が在る鉄味良い鐔が添えられており、手が込んだ猪目透かしのはばき等、旧所有者の本刀への思い入れが感じられる逸品です。
経年劣化による柄糸の傷みが見られますので、お好みのお色で柄を巻き直し、末永く可愛がってあげて下さい。

裸身重量 817グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,138グラム。

無銘 ~気品漂う天正風拵~

無銘 ~気品漂う天正風拵~
無銘
– Mumei –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/707/00.html

元幅尋常ながらも先幅広く、元先の差が開かず先重ね厚く、中心長めで控え目釘が穿かれた頑丈な造り込み。手持ちずっしりとした先重りの重心は、その重さだけで容易く裁断を可能にするであろうと感じさせます。まさに実用を重視した武辺者の指料と言えるでしょう。

地鉄は杢目基調に良く練れて詰み、匂口は明るく、直刃に小足が盛んに入り、はばき元には湯走が細く刃縁に現れて二重刃風を呈すなど見所多く、 元来は在銘であったようで、中心には銘を消した痕跡が見受けられ、刀身指表中程のところに、部分的に強く研磨したような箇所があり、そのため現状ではそこだけが凹んで見えますが、気になる場合はこの周囲のみ部分研磨を施すことで目立たなくなります。

附属の拵は黒を基調とした落ち着きと気品漂う天正風拵で、黒塗りの鮫に、深緑色の鹿革にて角製の頭に掛け巻き仕上げ。その存在感は大きく、風格が漂っています。

上述の通り先重りのずっしりとした作ですので、非力な方や初心者にはかなり重く感じられ、居合のお稽古には扱い辛いかもしれませんが、居合上級者や諸手持ちでの斬撃では、予想以上の刃味を発揮してくれることでしょう。勿論、美術鑑賞刀としての力もしっかりと持ち合わせた一刀で、内外共に価値ある作品です。

裸身重量1,021グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,267グラム。

無銘 ~黒蝋塗鞘打刀拵入り~

無銘 ~黒蝋塗鞘打刀拵入り~
無銘
– Mumei –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/706/00.html

小板目肌よく錬れて詰み、地景入った地鉄に小沸本位の明るい直刃を焼いた作品。
粗見すると単調な直刃に見えるも、仔細に眺めると細やかな景色を見せてくれます。
気持ち細目で刃長に比してやや長めの中心に、元先の差が開いた寛文新刀体配は、手に取ると実際の重さより軽く感じられ、居合等の片手操作に非常に適しています。

現状古研ぎながらも地刃の観賞に支障はありませんが、所々に極小さな刃毀れが見られます。
附属の拵は江戸時代の作で、大粒の親粒を用いた柄。凹凸が無い磨地に平象嵌の縁頭、敵の太刀を容易く受け止めることが出来よう鉄の板鐔など、質素ながらも無骨で実用を主眼に誂えられた拵です。

買取時鞘に擦れ傷や小さな凹みが数箇所見られましたので、当店にて鞘を塗り直しました。気持ち良く居合の稽古にも御観賞にもお楽しみ頂けます。はばきの飲み込みがありませんので、実際の刃長より5ミリ程長くなりますので、実質二尺三寸七分六厘程となります。
刃毀れ除去、再研磨ご希望の方はお気軽にお申し付け下さい。(要別途工作費)

裸身重量735グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,028グラム。

紀府住助義造之

紀府住助義造之
紀府住助義造之
– Kifu ju Sukeyoshi –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/705/00.html

紀州石堂系鍛冶、助義の刃長堂々たる刀です。
反り浅目の姿で、元先の差が開き、元幅に比して帽子が小さい様相から、寛文期の刀姿の名残をとどめた延宝初期頃の作刀と鑑てよいでしょう。

小板目肌に小沸本位の明るく冴えた直刃を焼き、刃縁には盛んに金筋や稲妻が看取され、食い違い刃を見せるなど見所多く、控え目釘が中心尻に穿かれており、実用裁断を考慮した造り込みの一刀です。

現状古研ぎながら地刃の観賞に支障はありませんが、切先先端が極僅かに欠けています。出来良い刀ですので是非とも美術観賞用研磨を施し、大切に後世に伝えて頂きたく思います。

裸身重量989グラム。

(葵紋)以南蛮鉄於武州江戸越前康継

(葵紋)以南蛮鉄於武州江戸越前康継
(葵紋)以南蛮鉄於武州江戸越前康継
– Motte Nanbantetsu Oite Bushu Edo Echizen Yasutsugu –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/704/00.html

銘に関しては首肯しかねますので、彫り身の無銘刀としてお求め下さい。
葵紋や康継銘も上手に切られており、康継の雰囲気を楽しめる一刀です。

裸身重量596グラム。

濃州住村山兼俊作之 ~大業物~

濃州住村山兼俊作之
濃州住村山兼俊作之
– Noshu ju Murayama Kanetoshi –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/703/00.html

本名村山喜之一。明治36年生まれ。岐阜県加茂郡富田村羽生住。元陸軍受命刀匠で国工院会員名誉宗匠も務めた昭和初期の関の名工。陸軍受命刀匠として利刀を鍛えました。
兼俊の作品は地刃の美はさることながら、その斬れ味にも定評があり、聖代刀匠位列に於いては上工の列、大業物の位を得、大戦前夜・軍刀展刀匠第1部に於いては第二席、準国工の栄誉を得ています。
昭和13年5月には「関刀剣株式会社」の専属刀匠となり、丹羽兼信・丹羽兼延・交告兼上・土岐亮信・村山兼俊らの専属刀匠が鍛錬した昭和の名刀は、専属研師20名にて研磨され、それを約100名に及ぶ従業員達が外装を手がけ、大部分は軍部に納入されましたので、一般の注文には応じきれない状況だったと言われています。

この刀は古式鍛錬法にて鍛え上げられた軍刀で、特筆すべき疵欠点無く、尖り互ノ目が覇気溢れる刃取りを形成し、地景顕著に見られ、刃中の働きも豊かに、尖り互ノ目丁子を交えた力作です。是非とも美術観賞用研磨を施していただき、兼俊の地刃の冴えをお楽しみ頂きたく思います。

附属の陸軍九八式軍刀拵は保存状態良く、石突金具の桜花模様も擦れることなくしっかりとしており、鉄鞘には目立った凹みもありません。

裸身重量781グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,164グラム。

長光 ~市原長光~

長光 ~市原長光~
長光
– Nagamitsu –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/702/00.html

昭和19年陸軍々刀技術奨励会展に於て、「指定刀匠の部」に名前を連ねている昭和前期の名工市原長光。号を一龍子と称しました。

戦時中岡山刑務所の所長であった江村繁太郎は、模範的な受刑者の更生を願い、市原一龍子長光を招聘して受刑者に先手をさせ、刑務所内に於いて数多の日本刀を鍛錬しました。
そのため俗に市原長光の作は、世上、「監獄長光」と言われていましたが、岡山刑務所で鍛えられた作には「江村」と銘切られていたため、長光個銘の作を指して「監獄長光」と呼称するのは間違いと言えます。 戦時中という世情もありまともな美術研磨を施された作品が少ないため、単に本鍛錬軍刀の一つと括られ勝ちですが、入念なる研磨を施して見るとその技量の高さに誰もが驚く昭和の名刀で、利刀としての評判は当時から高く、陸軍受命刀工としても活躍しました。

この刀は柾気の強い小板目肌が良く練れて肌立ち、折り返し鍛錬による地鉄の美をまじまじと見せ、匂口明るく冴えた中直刃調の刃取りに互ノ目や互ノ目足を盛んに交えた力作。大東亜戦争の慌しい中、よくぞこれだけの作を鍛え上げたものだと感動すら覚える作品です。
一龍子長光の美術刀剣としての価値を存分にお楽しみ頂きたく、当店にて美術観賞用上研磨を施しました。研ぎ澄まされた刃の美しさを存分にご堪能下さい。

附属の九八式陸軍刀拵後期型も保存状態が良く、鮫はセルロイド製。柄糸に若干の使用感はあるものの、鞘の石突金具の桜花模様も磨耗が無く綺麗な状態です。

裸身重量792グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,141グラム。

無銘 ~状態が良い半太刀拵~

無銘 ~状態が良い半太刀拵~無銘
– Mumei –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/701/00.html

反りやや高い優雅な姿。匂口明るい互ノ目乱れ。保存状態が良い半太刀拵入りのこの刀は、内外共に価値ある一刀。切羽の一枚もすり替えられず、製作当時の姿そのままであることは大変貴重です。
今は錆びていますが、下地もしっかりとした研磨がかけられており、大切に伝来されてきた様子を窺がい知ることができます。
研磨を施した後は、内外共に保存審査を御受審下さい。
古い時代物の健全な拵は年々姿を消しつつあります。つきましては美術鑑賞用としてではなく、居合・試斬にお使いになられる方への販売はお断りさせて頂きます。

裸身重量673グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,010グラム。

肥前國忠吉 ~手持ちバランスが良く、緻密に練られた地鉄が美しい一刀~

肥前國忠吉 ~手持ちバランスが良く、緻密に練られた地鉄が美しい一刀~
肥前國忠吉
– Hizen no kuni Tadayoshi –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/700/00.html

偽銘なれど姿良く、手持ちバランスが良い一刀。
小板目杢交じりの地鉄がよく練れて肌立ち、中直刃を巧みに焼き上げた作品。
古研ぎ身につき、一部錆を擦り落とした痕や小さな刃毀れが見られますが、現状でも地刃の御観賞は可能で、居合形稽古にも支障はございません。
出来が良い刀ですので将来的には是非とも研磨を施して頂きたく思います。

裸身重量694グラム。  拵に納めて鞘を払った重量952グラム。