本部道場定例稽古 2017.10.12 ~袈裟崩~


何も解説は致しませんが、動画から何かを感じ取って頂けると嬉しく思います。

無銘(玉心斎正蔭) ~山浦一門鈴木正雄門~

無銘(玉心斎正蔭) ~山浦一門鈴木正雄門~
無銘(玉心斎正蔭)
– Mumei(Gyokushinsai Masakage) –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/684/00.html

正蔭は名を五島鯉介と言い、越中国富山に生まれ玉心斎と号し、はじめ鈴木正雄の門人となり、後に水心子正次の下で作刀を学びました。越後国高田に住し、山浦一門らしい互の目乱れを得意する刀工です。

この刀はフクラ枯れごころの鋭い造り込みで、小板目肌柾流れの地鉄に映りが立ち、匂口明るく冴えた焼刃を逆互ノ目で焼き上げ、刃中よく足が入り、地鉄に絡んで砂流が随所に見られ、互ノ目を分断するかの如き沸の強い太い金筋や、互ノ目に噛み合わんばかりの湯走を伴うなど、山浦一門らしい覇気溢れんばかりの出来口を誇っており、附属する拵は源平合戦図の金具で統一された気品ある上拵で、本刀の価値を更に高めています。
恐らくは在銘であったと思われますが、山浦一門というだけあって、清麿等に化かさんとして悔しいかな無銘にされたものと推測され、現状は斑状に一部薄錆が見られますが、特筆すべき疵欠点は無く、然るべき研磨を施し後世に伝え残して頂きたい逸品です。
刀剣愛好家垂涎の山浦清麿一門の上拵入り覇気に満ちた上作を、是非この機会にお求め下さい。

裸身重量695グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,000グラム。

筑後柳河住久廣 慶應二年八月日 ~特別保存刀剣鑑定書付き~

筑後柳河住久廣 慶應二年八月日 ~特別保存刀剣鑑定書付き~
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/683/00.html

信濃守武藤久廣は、銘鑑によると宗廣(同田貫宗廣か?)門とあり、柳河(柳川)藩立花家の御抱鍛冶として鎚を振るいました。

この刀は杢まじりの小板目肌が良く練れて詰み、小沸本位の明るく冴えた直刃に、足が頻りに入って小乱れを成して刃中も沸づいた玄人好みの出来口の逸品で、柳河藩工として活躍した久廣の技量を余す事無く発揮した作品です。

裸身重量871グラム。

伯州住秀春 慶應三二月 ~刀工自ら刃味を試し、満足行く作にのみ銘を切ったと伝わる~

伯州住秀春 慶應三二月 ~刀工自ら刃味を試し、満足行く作にのみ銘を切ったと伝わる~
伯州住秀春 慶應三二月
– Hakushu ju Hideharu –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/682/00.html

秀春は大慶直胤の門人の秀直に学び、安政四年に帰郷。直胤門流の備前伝を得意とした秀春は己の刀身に自ら強度試験を行い、その課題を通過したものだけに切り銘をしたと伝わっています。そのため秀春の刀は強度や粘りはもちろん、抜群の刃味を誇ったと言われています。

この刀は緻密に練られた肌が詰んで美しく、一見単調に見える直刃は、匂口が明るく冴え、刃縁には細かな金筋が多々見られ、刃中には葉や、葉が連続してあたかも雲棚引く様を見せる玄人好みの出来口を示した一刀。
区が送られ、中心尻が切られていることこそ惜しまれるものの、磨り上げても尚腰に帯びていたいと思わせる一刀だったのでしょう。特筆すべき疵欠点は無く、現状は擦れ傷多数で切先先端を欠いているも、帽子の焼も幅広くしっかりとあるので、再研磨後が非常に楽しみな逸品です。

銀切羽の新調並びに美術観賞用上研磨予定です。工作未着手の期間のみ表示価格でお譲り致します。工作後は大きく価格も変わりますので、低価格でお求め頂ける工作未着手の今の期間に是非お申し込み下さい。

裸身重量770グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,048グラム。

和泉守兼次 伝来の良い逸品

和泉守兼次 伝来の良い逸品
和泉守兼次
– Izuminokami Kanetsugu –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/tantou/156/00.html

美濃國兼次は、直江志津初代兼氏の子、または門人と伝え、以降銘鑑によると同銘が六名確認できます。

和泉守を受領している記述は見られませんが、姿や刃文の構成などから鑑て、天正頃に活躍した兼次であろうと鑑定書では極められおり、桧垣鑢をかけた中心に切られた銘振りには偽銘臭は感じられず、極めとしては首肯できると考えます。

この短刀は緻密に練られた杢目が少しく肌立って美しく纏まっており、総体に地鉄の色は白っぽく、この頃の美濃物によく見られる尖り刃まじりの互ノ目乱れを匂口尋常に焼き上げた作品で、砂流や金筋が見られ、覇気に満ちた作風を示しており、附属する拵もコンディションが良く、金着の上等な切羽が江戸期から装着されていた様子を見るに、高禄の士の指料であったことが窺がえ、伝来の良い一刀であることが判ります。
お求め易い低価格で御案内致しますが、粗末にされず大切に次の時代に引きついてくださる方にお譲り致したく思います。

裸身重量225グラム。  拵に納めて鞘を払った重量392グラム。

刀 無銘 ~二尺四寸一分 拵入り~

無銘
– Mumei –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/681/00.html

柾目鍛えの地鉄に、ふわりと柔らかい感じの互ノ目丁子を焼いた作品で、刃中には長い金筋が顕著に見られます。鍛え疵や刀身中央部の焼が弱く匂口判然としない等、美術鑑賞刀としては欠点がございますが、居合稽古やちょっとした畳表試斬稽古には問題なくお使い頂けます。
30万円を切るお買い得価格で御案内致しますので、是非ご検討ください。

裸身重量831グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,104グラム。

無銘(新々刀波平) ~水軍、海軍、海運業関係者に愛されてきた一刀~

無銘(新々刀波平)

– Mumei(Shinshinto Naminohira) –
 
薩摩国での刀工の始祖は、平安時代永延(987~988)頃の大和の刀工『正国』が薩摩に移住したのが始まりと伝えられ、鎌倉時代の中期以降は代々『行安』が波平系の氏族を取りまとめる長となって、中世の鎌倉、南北朝そして室町時代、さらには新刀期まで繁栄しました。作風の特徴は大和伝を踏襲しながらも「綾杉肌」を鍛えることでも知られており、古来より平らな波と縁起を担ぎ、水軍や海軍、海運業に携わる方々に愛されてきました。
 
この刀は中央より下から強く反り、切先延びた鋭い造り込み。地鉄よく練れて詰み、地沸が厚く付いて梨地状の精美さを見せ、小沸本位の湾れ調互ノ目乱れを匂口明るく焼いた作品で、刃中足よく入り、砂流が見られ、薩摩新刀上工の作に迫る出来口を示しており、そのためか銘を潰され現在は無銘になっていることが惜しまれる一刀です。
 
裸身重量768グラム。

一文作 ~裏革撮巻の黒蝋塗鞘打刀拵入り現代刀 二尺四寸五分~

一文作 ~裏革撮巻の黒蝋塗鞘打刀拵入り現代刀 二尺四寸五分~
一文作
– Kazufumi saku –
 
銘鑑によると本名を梅公路定雄と称し、刀銘には「梅公路一文作之」と切るとありますが、遺作を見ると「梅小路一文作之」と銘切られているものを経眼しておりますので、銘鑑にある梅公路は梅小路の間違いであるかもしれません。昭和40年代に東京で鎚を振るった刀工です。
 
この刀は身幅重ね共にしっかりとした体配によく詰んだ地鉄。刃文は互ノ目乱れを匂口明るく焼き上げた作品。刃中ふわりと柔らかい感じのの足が頻りに入り、細かな砂流や金筋が入っています。
惜しいことに指裏刃中に鍛え筋が見られるものの、その他については上手に纏められており、居合や試斬抜刀道の稽古刀としてもじゅうぶんに役立つ一刀で。
 
附属の拵には刀に相応しい大振りの三鈷柄付剣。柄巻は高級且つ上品な裏皮撮巻で頑強に巻き上げられています。手持ちバランスは中重心。
 
裸身重量934グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,265グラム。

藤安将平(未銘切) ~美術観賞用上研磨他諸工作完了! 天正拵入り~

藤安将平(未銘切) ~美術観賞用上研磨他諸工作完了! 天正拵入り~
藤安将平(未銘切)
– Mumei (Sueseki) –
 
藤安将平刀匠は昭和二十一年福島県伊達郡生まれ。昭和41年長野県坂城町の刀匠、故人間国宝、宮入行平師に入門。
昭和50年福島県立子山に鍛刀場を開設して独立。以後作刀の研究修練を重ね日本美術刀剣保存協会優秀賞3回、奨励賞6回、努力賞7回を受賞。平成2年には日本美術刀剣保存協会会長賞受賞。同14年日本美術刀剣保存協会寒山賞を受賞。
 
尾張熱田神宮、奈良護国神社など多くの神社で奉納鍛錬を行い、平成20年には、704年、佐備大麻呂の作剣以来、およそ千三百年ぶりに常陸鹿島神宮において日本刀奉納鍛錬を行う。
 
昭和59年秋には伊勢神宮第61回式年遷宮、御神宝太刀謹作奉仕の大役も担い、先の震災で大きな被害を受けた福島県南相馬の御刀神社復興支援にも大きく尽力され、御神宝となる直刀を謹作奉仕し、直近では福岡の宮地嶽古墳出土大直刀の復元鍛錬など、現代日本刀匠屈指の作刀技術を持っている。
 
平安、鎌倉時代の古刀剣再現への強い想いを持ち、長年研究修練に取り組み、国宝、重要文化財やそれに類する刀剣類、全国の砂鉄や鉄文化の知識見識も豊富で、太刀、刀、短刀、脇指、薙刀、古代直刀など、どれを手掛けても正確で美しい刀姿を造り上げる。地鉄、焼刃の手際も鮮やかで幅広い製作能力を誇り、中心鑢や銘文といった中心仕立ても現代刀匠随一で、師である行平没後、師の実子である宮入小左衛門行平(宮入恵)を預かり、弟子として鍛刀修業を積ませた経緯からも、師の信任が厚く、その技量の高さを物語っている。
 
近年は奈良正倉院収蔵の直刀、手鉾のなど奈良時代の刀剣類の研究、復元製作にも取り組まれ、上記の御刀神社奉納直刀の焼刃などは神域に入られたと言っても過言ではない。
 
古刀再現の第一人者として、また、鉄をも裁断する利刀を鍛えることでもその名が高い名工藤安将平。当店々主である町井勲とタッグを組み、真の実用兼美の名刀造りに今も勤しんでいます。
 
反り浅目の姿が流行した江戸前期の寛文。この頃、罪人の死体を用いて刀の斬味を試す『刀様(かたなだめし)』が山野加右衛門や山田浅右衛門と言った当代一流の斬り手によって行われました。俗に虎徹の棒反りと異称を持つようになった長曽祢虎徹もこの時代の刀匠で、寛文新刀体配は数多の様(ためし)によって生まれた、両断・裁断に最も適した完成形の姿と言えます。
現在、居合を嗜まれる方々は、日本刀に日本刀らしい反りを求め、殆どの方が六分反りを好まれますが、真に居合、試斬に適した刀姿こそが寛文新刀と断言しても良いでしょう。
 
この刀は2015年、福島県に在る瓶子邸にて開催された公開鍛錬時に鍛えた刀の内の一振。反り程好く姿良く、古刀然とした肌に淡く映りごころが立ち、将平師ならではの古調な互ノ目丁子を巧みに焼き上げた作品で、驚く程の刃中の変化と働きを見せています。足よく入り、刃中の地鉄に絡んで複雑な景色を見せ、砂流や金筋が顕著に現れていて、実に見所が多い一刀です。
 
附属する天正拵は当店にて新調したもので、全て時代物の金具を用い、贅沢に親鮫腹合着(一枚巻き)とし、柄巻は深緑色の牛裏革にて捻りで巻き上げ、本手造りの真面目な銀切羽を装着しています。
御購入された方のご希望で家紋彫刻が行えるよう、はばきは表裏磨地に仕上げました。未銘切状態ですので、11月の登録申請前でしたら、所持銘や神号等お好みの銘文をきざむことが可能です。
美術観賞用上研磨他、全ての諸工作が仕上がったばかりの清々しさと、現代刀なのに古刀にしか見えないこの技量の高さ、思う存分ご堪能下さい。手持ちバランスも最高です。
 
裸身重量645グラム。  拵に納めて鞘を払った重量938グラム。

國次 ~昭和26年大名登録、鑑定書付き、うぶ中心在銘古刀!~

國次 ~昭和26年大名登録、鑑定書付き、うぶ中心在銘古刀!~國次(國不明・時代室町後期)
– Kunitsugu –
 
腰元より少し上から反り始める先反り姿。打刀と太刀を併用する体配で、室町後期に流行しました。
この刀は元先の差が開いた優雅な姿で、大和色が強い柾目鍛え。刃文は焼き出しを古風な焼き落としとし、ふわりと柔らかい感じの直刃を焼き上げ、刃中には繊細なる足が多々見られます。
保存刀剣鑑定書には国不明とありますが、宇多や末手掻系に國次が居り、いずれかの國次かと推測致します。
 
現状古研ぎのため拭いヒケがありますが、地刃の観賞に支障は無く、特に手をかけずともそのままお楽しみ頂けます。お安く御案内致しますので、余力がある方は是非化粧直し等再研磨頂き、本刀の出来口を存分にお楽しみ頂ければと思います。
昭和26年3月の銃砲刀剣初期登録で、登録証には都道府県名が記載されておりません。誰もが知る大々名家所蔵の一刀であることが、古い登録証から窺い知ることができる逸品です。
 
裸身重量594グラム。