刀 無銘(末手掻) ~現代刀並みに見幅広く重ね厚い健全無比なる一刀~

刀 無銘(末手掻) ~現代刀並みに見幅広く重ね厚い健全無比なる一刀~

刀 無銘(末手掻) ~現代刀並みに見幅広く重ね厚い健全無比なる一刀~

http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/542/00.html

 

大和五派の一つ手掻派は、奈良東大寺の西の正門である輾磑門(てんがいもん)の門前に住して東大寺に従属していたことから、手掻と呼称されています。大和五派の中でも最も規模が大きく、鎌倉期から室町期に渡っておおいに栄え、技量が安定していることでも著名であり、その名跡は手貝町、包永町などの地名として今なお残っています。
手掻派の始祖は鎌倉時代中期の正応(1288)頃の包永と言われ、同工の作として名高いものに、名物『児手柏』(大正十二年の関東大震災で焼失)や岩崎家所蔵品の国宝、他に重要文化財6口が知られていますが、これらの指定品は磨り上げられて茎尻に二字銘が残されたものであります。
手掻派の著名刀工としては、他に包吉、包清、包友、包利などがおり、正宗十哲の一人、兼氏(初銘包氏)も手掻派に属したと言われています。
また、包氏、包友、包吉は、後に美濃に移住し「包」の字を「兼」に改め、それぞれ兼氏、兼友、兼吉、と名乗ったと言われ、長く栄えた手掻派の中でも、南北朝時代迄の作を『手掻』、室町時代の作を『末手掻』と総称し、大和五派中でもっとも沸が強く、地鉄が冴えるのが特徴とされています。

末手掻と極められたこの刀は、身幅広く、重ねも厚く重厚で、切先延びごころの豪壮な体配を誇示しており、地鉄はよく練れて詰み、匂口は明るく冴え、中直刃調に小足頻りに入って小乱れを呈し、二重刃や打除を従え、刃縁にはやや大粒の沸が付き、それが所々で地に向かってこぼれるなど、豪壮な中に古雅な出来口を示した秀作で、疵欠点無く、頗る出来が良いうぶ買い口ならではの名品です。

現状でも地刃観賞にじゅうぶん耐えうる状態ではございますが、出来が良いだけに、余力ある方は是非とも上研磨を施し、更なる出来口の冴えをご堪能頂ければと思います。
※白鞘の表裏鳩目欠。

裸身重量857グラム。

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