無銘(越前関) ~お求め易い価格での御案内です~

無銘(越前関)
– Mumei(Echizen Seki) –
 
 
新刀期に入り、美濃国関から越前国福井城下に移住した刀工群を越前関と称します。代表工としては大和大掾正則、伯耆守汎隆、播磨大掾重高等がおり、いずれも実用に優れた刀剣を鍛え、世に送り出しました。中には高橋喜内らによって刀身彫刻が施されたものも経眼されます。
 
この刀は元先の差が開き、程好く反りが付いた優しく上品な姿に、湾れ調子の互ノ目を焼いた作品で、刃縁が沸えた感じなどは重高や汎隆を思わせる出来口で、越前関の極めは至極首肯できる一刀です。
刀剣趣味初心者はじめ、中級者や玄人まで、幅広くお求め易い低価格で御案内致します。
 
裸身重量671グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

無銘

無銘
– Mumei –
 
 
製作年代は室町中期頃と鑑せられます。現状では地鉄不明ですが、刃文は直刃。研磨を施し蘇らせて頂きたいので、この価格で御案内致します。
販売譲渡条件は研磨諸工作を施して下さること。諸工作代金はうんとお安くお見積もり致しますので、文化財である刀剣再生に御助力下さい。
 
裸身重量441グラム。
 
 
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大小 無銘(志賀関)・賀州住兼若(三代)

無銘(志賀関)
– Mumei (Shiga Seki) –
 
賀州住兼若(三代)
– Gashu ju Kanewaka (3rd Gen) –
 
 
大刀
尾州山田庄内の志賀で活躍した所から志賀関または山田関とも呼称される一派で、主に室町時代中期の明応頃に活躍しました。 代表的な刀工に兼延が居て数代続いていおり、志津兼延と混同されることが多い事でも知られます。これは作風や地鉄が極めて似ているからであり、在銘品が少ないのも、磨り上げられて志津や直江志津に極められている作品が多いからであろうと推測されます。
 
この刀は寸法上は種別が脇指となりますが、高禄の上士はこうした長脇指や短寸の刀を大小にする傾向が強く、本刀もそうした上士の所有であったものです。
元先の幅が程好く落ち、帽子は延びごころ。優雅な姿勢でありながら鋭さを感じさせ、地鉄は杢目肌良く練れて詰むも少しく肌立ち、淡く映りごころもあって、鎬地、刃縁は柾がかる。
刃文は匂口明るく冴えた互ノ目乱れで、刃縁には砂流が随所に見られ、二重刃風の刃や丁子がかった互ノ目も交えた華やかで見応えある出来口を示しています。
 
 
小刀
加賀の名工である兼若は数代続いており、代々金沢藩主前田家の抱え工として活躍しました。
この地には兼若派の他に陀羅尼派・藤島派などの各流派がありますが、その中でも兼若派は良工が多い事で知られています。
この脇指は三代、四郎右衛門兼若と極められており、地鉄は小板目柾よく練れて詰み、鎬地柾がかり、刃文は互ノ目丁子乱れを焼き幅広く焼き上げ、足よく入り、所々で互ノ目丁子の腰が開き、乱れの山に小足入って更に細かな互ノ目を成し、刃縁には砂流が顕著に現れて大粒の沸が刃縁から地に零れ、刃長に対して反りが深く、切先が延びた鋭い造り込みとなっています。
 
 
附属の拵は高禄の上士に相応しい立派な金具が用いられた大小拵で、金着の切羽等全てがすり替わることなく、うぶのまま今日まで残されてきたことにでも非常に価値が高く、木賊図の縁頭や菊花図の鐔、古金工と思しき武鑑図目貫等、どれもが独り歩きできる程の見事な仕事がなされています。
大小同時に登録されなかったことにより、登録年月日や登録番号が同日や連番ではありませんが、画像をご覧いただくとお判り頂けるように、はばきも全て完全なる大小揃の価値高い逸品です。
是非とも保存刀装鑑定、特別保存刀装鑑定を御受審頂き、末長く家宝として御愛蔵頂きたく思います。
 
(大)裸身重量481グラム。  拵に納めて鞘を払った重量761グラム。
(小)裸身重量310グラム。  拵に納めて鞘を払った重量547グラム。
 
 
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越之前州住兼植 ~居合稽古に適した一刀~

越之前州住兼植
– Echi no zen shu ju Kanetane –
 
 
初代兼植は本国美濃関。同族の兼法らと共に越前国の豪族、朝倉氏に招かれ、越前一乗谷に来住し、晩年は入道して道本と号しています。二代の兼植は加賀での作刀があり、三代は常陸守を受領しており、同族の兼植は江戸や越後での作刀も見受けられます。
 
この刀は美濃伝を踏襲した杢目に刃縁と鎬地が柾目となった鍛えに、匂口明るく冴えた直刃を焼き上げており、所々で刃幅に広狭をつけて湾れごころが交じり、刃中には長い葉が見られ、帽子は直ぐに先掃き掛けて短く返っています。
刀身中央付近に刃切のように見える疵がありますが、これは鍛え目が縦に出ているだけで刃切ではございません。刃長二尺三寸八分近い魅力的な長さで、既製品の鞘に納まるため、安価で拵製作も可能です。
 
裸身重量702グラム。  拵に納めて鞘を払った重量グラム。
 
 
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無銘(新々刀海部) ~出来の良い海部刀!!~

無銘(新々刀海部)
– Mumei (Shinshinto Kaifu) –
 
 
海部鍛冶は阿波徳島の海部師久を祖として幕末まで幕末まで栄え、江戸時代には蜂須賀家のお抱え工とし徳島城下で活躍した一派です。
作品の多くは片切り刃造で沸出来の物が多く、阿州住某等と銘を切り、刀身銘が多々見られ、棟を鋸刃に仕立てた物も現存します。
 
この刀は元先の差が程好く開き、地鉄は黒味を帯び、柾気が強く、地沸厚く付いて強い印象を与えます。刃文は匂口明るく冴えた緩やかな湾れで、刃中には砂流や金筋が随所に見られ、足入り、指表の区上には二重刃風の刃も見られるなど、地鉄が粗く、数打物のイメージが強い海部刀としては異色の出来の良さを誇る一刀です。
 
既製品の鞘に納まりそうですので、安価で拵も造れそうです。
 
裸身重量807グラム。
 
 
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越前國下坂継廣 ~お手頃な価格で特別保存刀剣鑑定書付きです!~

越前國下坂継廣
– Echizen no kuni Shimosaka Tsuguhiro –
 
 
継廣は越前三代康継の門人で、越前福井から近江膳所に移り、江戸でも作刀しました。
越前国には数多く美濃関からの移住工があって、これらを総称し越前関と呼称しますが、越前新刀はその優れた斬れ味と実用刀としての優秀さから、旧幕時代には特に重用されました。
 
この脇指は優れた刃味を誇る越前新刀らしい、いかにも物斬れしそうな体配で、延びごころの切先が特に印象的。杢目鍛えの精良な地鉄が少しく肌立ち、刃文は小沸本位の湾れに小湾れを交え、日本刀らしい凛とした一刀です。
特別保存刀剣鑑定書が交付された出来良い一刀を、ネットオークション並のお求め易い低価格で御案内致します。この機会をお見逃しなく!!
 
裸身重量119グラム。
 
 
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三品源直道作之 享和元酉年十一月吉日 ~真面目な名脇指です!この機会に是非!!~

三品源直道作之 享和元酉年十一月吉日
– Mishina Minamoto Naomichi –
 
本工直道は、銘鑑によると武蔵国で活躍した刀工で、因州の名工、濱部寿格門であり、吉道七代同人と言われる左兵衛直道と同人か?と記載されています。
 
この脇指は特別保存刀剣鑑定書が交付されたうぶ茎在銘の真面目な一刀ですが、区上部分の刃を素人が耐水ペーパーで擦ったような痕跡があるため、然るべき研磨を施して御愛玩頂きたいとの思いから、30万円を切る破格値で御案内する次第です。
小板目杢交じりの良く練れた精良な地鉄に、匂口明るく冴えた直刃を焼き上げ、横手下より焼き幅を広げ、帽子の中も刃幅たっぷりと、直ぐに丸く長く返り、堂々たる体配と出来を誇る一刀です。
 
アフターフォローがしっかりとついた実店舗ある刀剣店に於いて、ネットオークション並の低価格を実現させました。この機会を絶対に逃さないでください。
 
裸身重量431グラム。
 
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無銘 ~御守刀に!!~

無銘
– Mumei –
 
 
短寸ながらしっかりとした造り込みで、小板目杢交じりの地鉄に匂口明るく冴えた互ノ目乱れを焼き上げた作品です。指表は丸い互ノ目を連ね、指裏は箱がかった互ノ目を交え、幅広の太く短めの足が入り、帽子は直ぐに丸く返る。
 
御守刀や懐剣としてお薦めの一刀です。当店にて研磨を施しました。指表帽子の中の異色部分が気になられる方は、再度部分研磨を施すことが可能です。※要1万円(税別)
 
裸身重量81グラム。
 
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包真 ~大和手掻本流の著名工!!~

包真
– Kanezane –
 
 
大和手掻派は、東大寺の西の正門である碾磑門の外辺に居住して作刀したことからこの名があるといわれています。包永を祖とし、鎌倉時代中期から室町時代末期に及んで活躍しており、室町時代のものは「末手掻」と称されています。
包真は南北朝期~室町期に渡り数代続いた刀工で、手掻本流の優工として知られます。
 
この短刀は、板目主調で刃寄りに柾交じり、処々杢目肌を交え、刃文は浅く湾れた小沸本位の匂口明るいもので、刃縁には湯走や食い違い風の刃、短い金筋を見せ、先は焼き幅たっぷりと、帽子は突き上げごころで、返りは幅広く深く返り、所々に棟焼きも見られる出来口を示しています。
 
裸身重量102グラム。
 
 
各種クレジットカード、セディナショッピングローンによる分割購入も承っております。お気軽にお申し付け下さい。

大磨上無銘 伝手掻 ~鎌倉時代の名刀~

大磨上無銘 伝手掻 ~鎌倉時代の名刀~
無銘(伝 手掻)
– Mumei (Den Tegai) –
 
手掻派は東大寺に所属した刀工集団で、東大寺西の正門、転害門の門前に居住していたことから、手掻と呼称されています。大和五派中最も規模が大きく繁栄し、且つ技量が安定している一派として知られ、手貝町、包永町などの地名を今に残しています。
手掻派の始祖は鎌倉時代中期の正応(1288)頃の包永で、名物『児手柏』(大正十二年の関東大震災で焼失)や岩崎家所蔵品の国宝、他に重要文化財6口が知られているものの、これらの指定品は磨り上げられて茎尻に二字銘が残されたものであります。
手掻派を代表する刀工としては、他に包吉、包清、包友、包利などがおり、正宗十哲の一人、兼氏(初銘包氏)も手掻派に属したといわれており、同派は南北朝期を経て室町時代まで続き、南北朝時代までの作品を『手掻』、應永以降室町時代の作品を『末手掻』と呼称し、大和五派の中で最も沸が強く、地鉄が冴えるのが特徴とされています。
 
この刀は大きく磨り上げられるも、今尚二尺三寸余の刃長を堂々と誇っており、小板目流れて柾がかり、良く練れて詰むも少しく肌立った地鉄には、淡く映りが立ち、匂口明るく冴えた直刃を焼き上げ、指表の物打やや上に短く愛らしい打除を見せています。
重要刀剣審査未受審刀です。お客様の手によって出世させて下さい。
 
裸身重量659グラム。