天心流兵法が発信する誤まった情報を真向から斬る! ~刀は地面に立てるものではない!! 4 ~

昨日より発信し続けている“刀を杖のように立てる所作”についてですが、その後新たなことに気付きました。

遊楽図

若い武士の花見の様子だとして紹介されているこの画に疑問を感じた私は、昨夜色々と調べてみました。

気になったのは以下の点です。

 

・同様の画題の他の画にも、ほぼ同ポーズで刀を杖にもたれかかるような人物が描写されていること。

・それらの人物は士分にしては衣装が派手であること。

 

天心流の主張

ここで紹介されている画の人物も、刀に身体をもたせかけていること、衣装が士分にしては派手で奇抜です。

そこでこれらの画の全体を見てみました。

彦根屏風

天心流が若い侍と紹介していた刀にもたれかかる人物…

士(さむらい)ではなく、かぶきおどりの役者であることが判明。

かぶき踊り

かぶき踊りは、出雲阿国(いずものおくに)が創始したといわれています。

かぶき踊り出雲阿国とされる刀を担ぐ人物。

 

かぶき踊り

こちらも刀を杖のようにしてもたれかかっています。

かぶき踊り

拡大した画像を見ると、唇に紅を塗っており、男装したかぶき踊り役者であることが判りますし、この画のように刀を杖にもたれかかるポーズは、かぶき踊り演目の一場面であることを窺い知ることができます。

天心流が発信したこれらの画に関する見解は完全に誤りであり、士分の者が、刀を杖のように立てることが当たり前の所作であったと言うのも大きな間違いであると断定できます。

また、刀を杖のように立てる所作について、天心流が発信した見解と情報は、“大小二刀を持っている=武士” との誤まった先入観によって、天心流が勝手に作り上げた虚構である証明と言えるでしょう。

 

また、昨日知人から大変有力な情報を頂きました。

つい最近、幕末の写真について解説するテレビ番組があったそうで、一枚の写真撮影に要する露出時間が2分程必要であったこと。改良されたカメラと撮影技法においても、20~30秒程露出時間が必要であったため、カメラマンは士に対し、身体のブレを抑えるべく、刀を杖のようにするポーズをとらせたのではないかと推測されるというもの。

 

更にこれに対して補足しますと、坂本龍馬の有名なこの一枚も…

もたれかかる坂本龍馬

気取って格好をつけるために台にもたれかかっているのではなく、ピンボケを防止するために台にもたれるようなポーズをとったのではないかと推測されるのだそうです。

 

刀を杖のように立てる所作は、士の時代には無かったと考えるのが妥当と結論付けて良いのではないでしょうか。

また、天心流兵法は江戸初期から伝わる流派で、様々な所作や作法が伝わっているとする割には、江戸時代には存在しなかったであろう所作を、江戸時代から存在したと主張している時点で大きな矛盾があり、江戸柳生を名乗るその伝系にも必然的に大きな疑問符をつけざるを得なくなります。

天心流兵法が発信する誤まった情報を真向から斬る! ~刀は地面に立てるものではない!! 2 ~

先のブログ記事を掲載した後、天心流兵法を名乗る団体が、いつものように後出しジャンケンの如く、言い訳記事をブログやツイッターで発信するであろうことは予測していました。

案の定必死になって刀を立てていたり、杖にしているような古画を引用して自分達の主張を正当化しようとしています。

天心流の主張

必死になってネット検索している姿が目に浮かびますが、その努力をもっと別の方向に使えば良いのにと思うばかりです。

間違いを認める勇気も必要。そうしなければ人は成長できません。

 

三枚掲げたうちの下二枚は、刀を杖のように立てているのではありません。更に補足しますと鐺を傷めぬ場であることが想像できます。

例えば二枚目の絵なら、店先の板の間もしくは畳の上でのこと。無論鐺は痛みにくい場所です。

三枚目は莚の上と推測され、こちらも刀を杖のようにしている画ではなく、周囲に第三者が詰めて居るため、刀を踏まれたり、跨がれたりしないように立てているだけの画です。

問題なのは一枚目の彦根屏風の一部分を抜粋したもの。

これは明らかに刀を杖のようにしてもたれかかっていますが、花見の酒宴の席を描いたものであることを忘れてはいけません。また、この人物のいでたちにも注目すべきであり、派手な服装からしてかぶき者と言われる小姓の可能性が考えられます。

解り易く言えば、中学校や高校の校則で定められた制服とは異なる変形学生服で登校するヤンキーです。

天心流が言い訳として発信した情報では、校則違反の変形学生服をまとった生徒のみを指して、「これがこの学校の制服です! 古画でも証明されています!」と言っているようなものだと思います。

もう一つ付け加えますと、抜粋された画だけを見ると、屋外で刀を杖にしているように見えますが、屏風の全景をご覧下さい。

彦根屏風

画では省略されているものの、これは屋外ではなく屋内を描いたものであることが履物を履いていないことからも解ります。

つまり、刀の鐺は痛みにくい場であり、ましてや酒宴の席でのことですから、サラリーマンが酔った勢いでネクタイを鉢巻のように頭に結んだ状態を描いたようなものではないでしょうか。

 

天心流兵法なる団体の言い分には矛盾が多々見られ、あくまで自分達が発した情報が正しいものだとしてごまかそうとしていますが、人に教える立場の人間は、間違いを繕うのではなく、間違いを間違いだと認め、是正すること、改善することこそ絶対的に必要なことだと私は考えます。

間違ったものであってもそのまま受け継ぐのが伝統だと天心流兵法の鍬海氏はネット上で書いていますが、そんな伝統ならさっさと消滅した方が後世のためではないでしょうか。

 

こんな格言もあります。

伝統とは革新の連続である

と…

 

情報と言うものは発信する側によって意図的に操作できるものであることを忘れないで下さい。

抜粋された写真や記事は、全景全文を目にするべきです。

さすれば自ずと真実と答えは見えてきます。

間違った情報、操作された情報に惑わされないで下さい。

 

真実を見抜く眼を養いましょう。

天心流兵法が発信する誤まった情報を真向から斬る! ~刀は地面に立てるものではない!!~

天心流兵法と名乗る団体が、最近ネット上において

“刀を杖のように地面に立てる所作を昔から伝わる作法である”

と、誤った情報発信を行いました。

私は現代に生まれた人間であり、武士が生きていた当時のことを全て知っているわけではありません。
よって、私が今から記述することは、100パーセント正しいかといえばそうではないかもしれませんが、居合術家として、また、一愛刀家としての立場から、その所作についてこれから記述します。

まず、私の結論から言えば、それらの所作は

「ありえない」

作法です。

天心流兵法を名乗る団体は、何か不都合なことを指摘される度に、常に後付け、言い訳がましく自分たちのことを正当化する傾向があるように個人的に感じております。
それは数年前、天心流兵法の中村天心氏が、床几の向きを間違えて座している写真を指摘された際の彼らの言い訳でもわかります。

この床机の向きに関しましては私がブログでも解説しておきましたが、日本画に於ける一種の決まりごと説が有力です。ブログ記事のリンクを以下に添付致しますので、お時間が許す方は是非ご一読下さい。

https://ameblo.jp/isaom/entry-11799994434.html

 

さて、今回天心流兵法と名乗る団体のブログに書かれた「刀を杖のように地面に立てて腕を置く所作」ですが、全くなかったかと言えば一部または一時期には行っていた人がいたかもしれません。しかしそれは戦が多かった時代、例えば戦国時代などに限定されるのではないかと推測します。

私が今回、この所作について記事にすることには大きな目的があります。
それは現存する刀(刀装・刀装具)を痛めることなく後世に伝え残していきたいというものであり、それは現代に生きる私達の役目でもあると考えます。

私がかねてより天心流兵法に疑問を感じるのは、間違いを改めるのではなく、それを正当化しようとしたり、後出しジャンケンのように後から言い訳がましく記事にして情報発信する姿に嫌悪感を抱かざるをえないからなのですが、今回、彼らは幕末や明治初期の写真を指して、刀を地面に立てる所作を正当化しようとしています。

あくまで私の見解ですが、江戸期においてそれらの所作が作法としてあったかと言えば、それはありえません。

半ば断言的になりますが、その根拠として、古い刀の拵を見れば自ずと結論は見えてきます。
私は刀剣商としての顔も持ち合わせており、これまでに数多の刀剣に触れてきましたが、鐺(こじり)や石突金具に磨耗が見られるものはありません。
日本刀形式の外装が付いた刀剣で、極端に石突金具に磨耗や傷がみられるものは、大東亜戦争時代の軍刀のみです。
戦時中の僅か数年の使用期間であるにもかかわらず、軍刀の中には2~3ミリ近く石突金具が磨耗し、石突金具先端の桜花が消え、酷いものには今にも穴があいてしまいそうな状態のものも見られます。

皆さんもご覧になられたことがあるように、軍人はやたらと刀を地面に立てていたからです。

日本の軍人写真

日本の軍人写真

軍刀の石突金具の磨耗と損傷は当時から懸念されていたようで、そうした石突金具の磨耗を改善すべく考案され、実用新案特許まで取得したのが若瀬軍刀製作所の特殊石突であり、これについては軍刀趣味人ならすぐにお分りいただけるでしょう。

ほぼ未使用の軍刀石突金具

ほぼ未使用の軍刀石突金具… 磨耗が殆ど無く、石突先端の桜花もしっかりと残っています。

 

頻繫に立てられた軍刀の石突金具

一方こちらは頻繫に立てられた軍刀の石突金具… 鎚目が消え、桜花も磨り減っていて名残をとどめるのみ。これでも状態は一般的なもので、酷い物になると穴が空きそうになっているものもあります。

 

若瀬軍刀製作所製海軍太刀型軍刀拵

こちらは若瀬軍刀製作所製の海軍太刀型軍刀拵とその特殊石突金具

若瀬軍刀製作所製海軍太刀型軍刀拵の石突金具

 

大東亜戦争時代の軍刀ですら数年の使用で上に紹介した写真のような有様です。

鐺金具が装着されていない水牛角製鐺が一般的であった江戸時代の刀が、天心流兵法を名乗る団体が言うように頻繫に立てられていたのであれば、鐺が磨耗欠損した拵が多々残っていてもおかしくはありませんが、そのような拵は殆どありません。このことからも刀を杖のように立てる所作は江戸時代には存在しなかったと証明できるでしょう。

居合の中では刀礼と言って、刀に礼をし、帯刀するまでの形も所作として存在し、その中では刀の鐺を立てる所作も含まれて居ますが、それはあくまで形式的なものであって、居合で学ぶ刀礼は日常的にされていたものではありません。

では、何故刀を杖のようにした侍の写真が残っているのか?
答えは簡単です。
カメラマンが外国式のポーズを取らせたに他なりません。
私は今回、ネット上においてではありますものの、様々な古画や写真を検索しましたが、幕末に撮影された写真以外では、刀を杖のようにしているポーズは見受けられませんでした。
古画の中には刀を立てているものもありますが、手は柄の上には乗っておらず、腹の前にもたせかけ、空いた両手で兜の緒を締めていたりと、杖のような所作を取るものではありません。
思うに幕末の時代、カメラマンの多くは外国人だったと想像されます。外国の軍人を写真撮影する際には自分の前にサーベルを立て柄を握ったり、腕を置くのが外国式の作法と言いますか、当たり前の所作だったのでしょう。また、武士であることの象徴である刀を前面に出すことで、写真に写る者の身分が判るようにしたとも推測されます。

但し、サーベルなら何でもかんでも地面に立てていたのかと言えばそうでもないようです。傷みやすい形状のものではそれらの所作は行なっていないようで、その証拠に地面に立てている外国サーベルの鞘を見て頂きますと、鞘の先が若狭式石突金具のように磨耗することを考慮した作りになっています。
アメリカのサーベル
この鞘の石突は日本軍のサーベルにも踏襲されています。

日本軍のサーベル

軍刀サイトより転載

 

下の写真は外国のサーベルの模造品ですが、同形の実物が多々外国に残されています。こちらの金具にも丸い形状の石突があるのが判りますね。

 

丸い石突がついたサーベル

このように状況証拠から見ても、打刀形式の刀を地面に立てるような作法は、少なくとも江戸時代には無かったと結論づけることができます。
因みに腰から外した刀を立てるに当たっては、直接地面に触れさせず、草履の上や足の甲の上にこじりを立てるのが一般的だったようです。
そうした事実から見ても、天心流兵法が正しく江戸の作法を伝える流派と謳う点にも多々疑問符をつけざるを得ません。稽古動画を見ていても、非現実的な形設定が多いように感じられます。

また、補足として幕末や明治に撮られた古写真に写る人達全てが士分の者ではなかったことにも留意する必要があります。

士の格好をした町人 士の格好をした町人

これらの写真に写る人々は果たして本物の士分の人間かと言えば、実は外国向け絵葉書用に撮られた甲冑をまとった役者や町人が殆どです。

剣道では剣先を地面につけると怒られますよね。ところが古写真の中にはこんなポーズのものも…

士の格好をした町人

明らかにカメラマンによってポーズづけされていることが判ります。

もっと酷いものになると…

士の格好をした町人

あちゃぁ~ 抜き身の刀の切先を地面につけていますよ…(笑

 

因みに心ある士はカメラマンによるポーズづけにもささやかな抵抗を見せていることが窺がえます。

足の上に刀を立てる士

写真中央の人物に注目。鞘が傷まぬよう鼻緒の上に鐺を立てています。

更に天心流兵法を名乗る団体のブログにある写真にも…

刀を地面に立てるのはカメラマンによるポーズづけ

刀を地面に立てるのが作法や所作だったのなら、どうして左端の人や中央後ろの人物は携刀しているのでしょうか?

後ろの人物は己が士分であることが判る程度に刀を上方に持ち上げ、敢えて刀が写る様にしていることが判りますし、左端の人物も刀を持つ手が写っていることから、写真を見る者に己が士分であることを明らかにしています。

このように写真を精査していくと、カメラマンがつけるポーズを拒否した士がいたことが判り、それだけ刀を大切に扱っていたということも解ります。愛知県だったでしょうか、太刀を杖のように地面に立てる信長像がありますが、あれは論外。現代人が想像で作ったブロンズ像なのですから。

 

今回の結論。
天心流兵法が発する情報を鵜呑みにしては危険。
証拠は物が語る。
刀を地面に立てるのは外国人カメラマンが侍にとらせた外国式のポーズ説が有力。

 

いずれにせよ、刀を痛めることにしかなりませんから、刀を地面に立てることは慎みましょう。

一人でも多くの方に正しい情報をお伝えしたいので、是非ともこの記事の拡散をお願い致します。

値切り

刀剣を購入しようとされるなら、値切りをしてはいけないと、度々このブログでも書いてきました。

生活雑貨とは異なるのです。

刀剣は今の時代において、生活に絶対必要なものではなく、贅沢品に他なりません。

 

今朝もパソコンを起動させ、お客様からのメールチェックをしていますと、76万円の値段をつけている刀に対し、60万円で取引して欲しいとありました。

 

ふざけるな! でございます。

 

76万を75万にして欲しいなんてかわいいものではありません。あり得ない値引き交渉です。

カチンときたので

 

当店は一切の値引きには応じておりません。

また、値引き交渉されるお客様とはお付き合い致しません。

 

と返信しました。

 

刀はそれぞれが一点物。ある程度の相場があるとは言え、同作者の作品でも厳密に言えば出来によって値段が大きく変わってくるものです。

私の店に限らず、他店におきましても、相場より高値がついている品は、店主の思いいれがあったり、それ相応に出来が良いものであったりします。

実物を見ずして値切り交渉は刀剣趣味人として最低の振る舞いだと肝に銘じてください。

高いと思われたなら諦めるか、どうしても諦められないのであれば、店主に相談にのってもらい、取り置きしてもらって資金を貯めるくらいの心構えなくして、どうして購入した刀を大切に扱うことができるでしょう?

自分自身で自分の愛刀の価値を下げるような愚行は慎みましょう。

刀剣購入の際にケチるお客様が、将来、その刀に錆が生じた時、正しくメンテナンスして下さるとは私には到底思えません。ですからそのようなお客様とのお取引はご遠慮させて頂きます。

 

商売も大切ではありますが、私は何よりも刀が大好きなので、刀剣のことを最優先に考えさせていただきます。

神速の居合術DVD発刊に至る経緯

私がツイッター等、ネット上でその存在と系譜に関してかねてより警鐘を鳴らしてきた天心流兵法。

ここ最近では特に陰湿なる天心流兵法擁護者とのネット上での議論(議論とも言えないくだらない嫌がらせだが)にいささか疲れていました。

ネット上では大多数が善であり、少数派は悪と言う構図も自然と出来上がるものだと、今回天心流兵法に触れてみてつくづく実感した次第です。

一部のツイッターユーザーに、「なにより、修心流の批判に賛同する人がほとんどいない。当然の結果だと思う。」と記述されたことは、私個人的にとても悔しい思いでいっぱいでした。

昔から長い物に黙って巻かれることができない性分であり、真摯に古武術としての居合を今も研究している私には、天心流が紹介する記事の内容、動画、どれをとっても首肯できるものは無く、むしろ嘘もつきとおせば真実になるとの言葉があるように、事実、天心流兵法はすでに失伝したであろう三日月藩にあった天心流そのものと、数に勝る天心流擁護派によって既成事実となりかけていました。

更に拍車をかけるようにNHKワールドスポーツが、調査裏取りをつけずに番組内において天心流兵法をとりあげてしまったことは、正統なる日本武術史の観点から見て、NHK最大のミスだと私は考えており、当該番組の責任者及びリサーチ会社は、当該番組中に於いてしっかりと謝罪すべきものだと考えます。

さて、前置きが長くなりましたが、BABジャパン様より発売されました神速の居合術DVD発刊に至る経緯をここに記します。

 

かねてより天心流兵法の動画に見られる基礎が出来ていない単なる早抜き(敢えて速抜きとは記述しません。早と速は意味が異なるからです)と、物理的にありえない形の紹介動画に対し、私はダメ出しをし続けてきました。

私のことを快く思わない方の中には、「町井は天心流兵法に嫉妬している」などと受け取られた方も数多おられたことでしょう。

天心流兵法はネット戦略が巧みで、コスプレを好む方や、漫画を描かれる方、俄かに侍に憧れる方に評判が良く、それらの方々は天心流兵法が発信する情報を鵜呑みにされ、間違った刀法をそのまま自身の漫画やイラストに取り入れてしまうなど、悪意無き武術史、武術の捏造拡散に加担されてしまいました。

私と渓流詩人さんがどれだけ警鐘を鳴らそうとも聴く耳を持っては下さいませんでした。むしろ攻撃的な意見を発する擁護派ばかりだったと言って過言ではないでしょう。

常々口にしてきたように、天心流兵法が江戸前期創流の古武術であるとか、柳生宗矩云々とか、江戸柳生分流だの、宝蔵院流影派だの、三つ葉葵紋並びに柳生笠紋の使用など、度を過ぎぬ広報活動をされていたなら、数多散見する系譜捏造流派の一つとして見向きもしなかったと思います。ただ、彼らが踏み越えてはいけない境界線を越え、武術を知らぬ素人や外国人に過大広報活動をしてしまったことは許されざるものと考えます。

「古武術 天心流兵法の写真、動画における創作でのトレス、模写の使用フリーに関して – Togetterまとめ 以前から多くの反響を頂いております天心流の写真、動画について、新たにツイートしたものをまとめました」

の一文に対し、「なんて親切なの」と喜びトレスしてしまった方も、はっきり申し上げて日本古武術史陵辱に加担した一人であることと、事の重大性を自覚されたし。

何気なくトレス使用したその構え、技、作法など、それらが漫画や同人誌という形で広く拡散されてしまうことで、それらの構え、技、作法は古来より伝承されてきたものであるという誤解がどんどん広まってしまうのです。そう、韓国が発信するありもしなかった従軍慰安婦の話が、今や既成事実のようになってしまったのと同じように… 従軍慰安婦問題もたった一人の朝日新聞記者が引き起こした騒動です。嘘は塗り重ねていくと真実と化してしまう恐ろしさに気付いて下さい。「単にトレスしただけ」では済まされないのです。どうか事の重大性に気付いて下さい。

 

さて、実は私の居合術(修心流居合術兵法)に関するDVDの製作に関しましては、もう何年も前から数社が企画提案されてきましたものを、私は悉く断って参りました。

その理由としては、今現在はこう考えているが、数年先にはまた違う考えになっているかもしれないし、今現在の自分の居合を否定しているかもしれない。と考えていたからです。この考えは他の武術家の先生方にも見られ、植芝盛平翁の書の師でもあり、合氣道十段(非公認)であった阿部醒石先生も同じお考えのもと、生涯に渡り合氣道に関する書籍は一冊も出されませんでした。(※私の記憶が確かなら)

 

そんな私が今回、何故BABジャパンさんからの企画を受け入れたのか? それは天心流兵法がネットを駆使して発する早抜き動画や情報に対する警鐘に他なりません。

あれらの動画を見て早いと賞賛される方々はずぶの素人と断言して良いでしょう。彼らの動画をしっかりと見定めたことがありますか?

刃筋立たぬ抜付と各種の振り。武術に長けた方ならそれだけで武術としてはダメだと結論を出されることでしょう。ところが素人は正否を見極める眼を持っていない。見極める方法の一つとしてお教えしましょう。彼らの動画をコマ送りしながらよくご覧になってください。鞘から抜ける瞬間、模擬刀がしなり、たわんでいることに気付くはずです。それだけではなく、各種の振りの中においても、模擬刀が変形して見える瞬間を見ることができます。これ即ち基礎が出来ていない証拠なのです。

 

しかし素人が圧倒的に多いネット閲覧者はそれに気付けません。天心流兵法の大袈裟で派手な動き、ありえない動きに憧れて門戸を叩き入門された方も多いはず。天心流が殺陣のサークルとして活動していたなら何も文句は言いませんが、真摯に武術に憧れて門戸を叩いてしまう方に対しては、老婆心ながらあの早抜きは全くなっておらず、むしろ正しく居合・抜刀術を身につけたい方には不適切であることを示さなければ、今のままではネットの勢いに乗った天心流の間違った刀法が世界に広まってしまうと言う危機感を覚えた私は、BABジャパンの担当者からのDVD発刊提案に対し、以下の約束を条件にDVD発刊を承諾したのです。

 

月刊秘伝及びBABジャパンにおいて、天心流兵法を採り上げないこと!!

 

そして私は今現在持ち合わせる私の技術を駆使し、正しく居合術を学ぶための指針となるよう、ゆっくり正確に抜く稽古法を紹介すべく、直門以外には教授するつもりが無かった居合形を、初伝形初伝之抜に限りという内容で発刊したのでした。

「私は一切口を開かない。直門以外に詳細を教えるつもりはない。」との意向を汲み取って下さったBABジャパン様が、DVD動画内ではそれを遵守して下さり、私がDVDをご覧になられる方に必要最低限お伝えしたいことのみを短い字幕で紹介して頂きました。

 

そして今回、何故そのいきさつをこのブログに書き綴るに至ったかと申しますと、多勢に無勢で消沈しきっていた私の意見に賛同するかの如きコメントを、さる日本古武術の大家がブログのコメントにて発信されたからです。

私は歯に衣着せぬ物言いしかできない性分のため、うまく立ち回ることができませんが、かの大家は大変解りやすく、また、当たり障りのない内容で天心流が発してきた稽古や形に対する概念を否定され、また、こうはっきりと記述されました。

「現在の天心流兵法と三日月藩の天心流剣術は何の関係もありません。
これ以上は述べると他流批判になるので、控えます。
研究は常識を以て慎重に。」

更にこう付け加えておられます。

「しかし、関係のないことだけはしっかり伝えてやらなければいけません。
たとえ(天心流と)関係がなかろうと、たとえ素人であろうと、武術史において誤解と錯覚はなりません。」

 

ここでお気づき頂きたいことは、「常識を以って慎重に」「たとえ素人であろうと、武術史において誤解と錯覚はなりません」の言葉の真意です。

その秘められし意味を敢えて深くは記述しません。この記事を読まれた皆様自身で一度お考えになってみてください。

 

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誇り高き無銘刀であれ… かまたきみこ“KATANA”

お仕事の休憩時間にでもどうぞ

そう言って渓流詩人さんが私にくれたのが“かまたきみこ”さんが描く漫画「KATANA」でした。

刀剣乱舞など刀の擬人化が流行る昨今。その流行に便乗したものかと思っていたら、このマンガの方が刀剣乱舞よりも古く、刀擬人化の先駆けのようです。

どうせ刀のことを知らぬ素人が書くファンタジーな刀マンガだろうとたかをくくって読み始めたのですが…

 

愛刀家の皆さん、愛刀家ではないけれど家に刀が伝わっている、所持されているという皆さんに、絶対に読んで頂きたいマンガです!!!

 

私は“カタリの刀”と言うお話が特に心にジーンときまして、読み終えた時には思わず目に涙が浮かんでいました。

偽銘を切った太刀のお話なのですが、あらすじは皆様のお楽しみのためにここには記しません。是非書店でKATANAの第二巻をお求めになり、このお話をご覧下さい。

 

“誇り高き無銘刀であれ”

かまたきみこ「KATANA」 カタリの刀

 

名台詞中の名台詞ですね!

かまたきみこ「KATANA」 カタリの刀

平成のサムライ、全力でこのマンガを応援します!

かまたきみこ先生、これからも刀に関する正しい知識と心を、マンガを通じて広めて下さい。

修心流居合術兵法 シアトル支部直伝稽古

修心流居合術兵法では実技だけでなく、それぞれの時代姿の刀に応じた手の内や振り方、日本刀の構造や疵などについても教授しています。

下に紹介する写真は刃切と、 “刃切がある刀は使い方次第で折れることは無い” という物理の教授風景です。

シアトル支部はベルビュー(Bellevue)にある日本人学校の講堂をお借りして活動しています。

暗殺剣  士の一族

暗殺剣  士の一族

http://blog.goo.ne.jp/kelu-cafe/e/d84cf8dc28c37d219e1cda04562b4f76

渓流詩人ブログ

忌憚無き意見交換をさせていただいている渓流詩人さんが、江戸期の居合(英信流系)に関して大変興味深い記事をお書きになられています。

敵が己に害をなさんとするのを… という綺麗事を正論だと考えられる方に、江戸時代の武家社会について知っていただければと思います。

相手が斬りかかって来たから斬った… では済まされない。正当防衛すら通じない封建社会の中で、何故に居合、剣術を極めたのか?

非常に勉強になる記事です。

 

日本刀研磨

日本刀を安易に自ら研ごうとする素人に向けて、また、日本刀研磨の下地について、まとめた動画を作りましたので是非ご覧下さい。

剣士の腕は鯉口を見れば判る。

http://blog.goo.ne.jp/kelu-cafe/e/39cbfd766ef65f7748874e7d66a61d4c
剣士の腕は鯉口を見よ

渓流詩人さんのブログを御紹介します。
実に感慨深い内容が記されており、同感であります。