斬り技『燕返(つばめがえし)』としゃくり斬りについて ~正しい知識を身につけて!~

またもやユーチューブで間違った解釈の下、動画をアップしているものを見つけました。

この動画の主と私は面識がありますし、どうしようか迷ったのですが、やはり間違っていることを広めることは宜しくないとの、私の信念を貫き、ここに解説させていただきます。

予めお伝えしておきますが、私は別に喧嘩をしたいわけでもなく、動画の主の技量をどうこうと批判するわけではありません。

あくまで正しい知識を皆様に知って頂きたくこの記事をしたためております。

 

動画内での解説

「燕返しとは袈裟斬りで斜め下に斬り落とした時に、残った藁を斬り上げて返す(斬る)技です。袈裟斬りで藁を残すのが残し技の中で最も難しいです。わざと刀を途中で回転させて、しゃくらせて斬ると、比較的袈裟斬りでも残りやすいですが、結構ドンとかバチンとか大きな音がしてですね、刀が曲がる原因となりますので、当会ではしゃくらせた場合は燕返しが斬れたとはみなしておりません。」

 

まず、動画アップ主に強く伝えたいのは、藁と藺草を同一呼称しないでもらいたいということ。これ、本当に大切なのです。

実は私、数年前までは友人である渓流詩人氏が、やたらと自身のブログの中で、畳表を巻いたものを巻藁と呼ぶなと言っているのを見て、正直どうでもいいじゃない?と思っていました。この感覚、皆様にもあるのではないでしょうか?

これ、絶対に是正しないといけない重要案件です。私が藁と藺草を完全に別呼称すべきと強く感じたのは、ギネス世界記録でおなじみのギネス社(本社)が、稲藁と藺草の違いを理解しようとされない姿を見てからでした。

以前にもお伝えしたと思いますが、植物学的にも両者は異なる物であり、親戚にも当たりません。完全に別物です。形状も異なれば斬った際の手応えも異なります。

単に一回だけ斬るなら稲藁はとても簡単ですが、連続して斬ろうとするとこれがまたとても難しいのです。

藺草(畳表)は未熟な者が斬るには少し難しさがありますが、連続して斬るのは割りと簡単なのです。

それは両者の腰の強さと、糸で細かく編まれているかどうかに原因があります。

ある程度腰がある物は、若干の刃筋の狂いがあっても、それなりに連続して斬ることができますが、腰が無い稲藁の場合は傾いたり、ばらけたりして連続して完全に両断することが非常に難しいのです。

これほど両者が異なるものであるにも関わらず、我々日本人自身が畳表(以降巻茣蓙と表記します)を巻藁と誤呼称するため、現在、刀を用いた試斬系ギネス記録はめちゃくちゃになっています。

本来は稲藁を用いることとルールにある一分間速斬りも、斬りやすい藺草製ビーチマットが外国人によって用いられ、ルール無視のギネス記録があろうことかギネス社によって認定されてしまっています。

私はこれに関し何度もギネス日本支社を通じてギネス本社に直談判しましたが、どれだけ解りやすく資料を提出しても、それは認められませんでした。

故に昨年支援者の御助力の下、私が国産本稲藁を用いて樹立した、本物の稲藁仮標一分間速斬りは幻の記録となってしまいました。

※ギリシャ人が斬り易い中国製藺草ビーチマットを使って樹立した記録が73。昨年私がルールにのっとり樹立した記録は72でした。本稲藁仮標での一分間速斬りは事実上私の72回が本来ですとギネス世界記録として認定されなければいけないものです。

ということで、稲藁仮標は巻藁、畳表仮標は巻茣蓙と正しく呼称しなければ、今後もギネス社によって、ルール無視のとんでもない記録が世界記録として残ってしまうことになります。

 

さて、斬る対象物の呼称について少々やかましく書きましたが、本題である燕返しについて記述します。

上に書きました動画アップ主による解説は至極真っ当ではありますが、残念ながらご本人自身が袈裟に斬っているつもりで、じつはしゃくり斬りになっていることに気付かれておりません。

以前にも記述しましたが、糸で編まれて作られる畳表は、断面が広がることなく綺麗に整うので、刃筋を通して袈裟に斬った場合は絶対に斬った上部が残ることはありません。

※腐敗した畳表や薬品によって柔らかくして横糸を朽ちさせた物は残る可能性があります。

アップ主の解説は非常に真理をついていますが、今回の問題は本人が自分の刃筋の狂いに気付いていないこと。そしてしゃくりで残す燕返しを会員にも指導していることです。

他の人と揉める気はありません。先にも書きましたが喧嘩を売ったり、他人を貶めているわけではありません。

私が伝えたいのは『それは間違っている』ということ。それだけです。

 

問題の動画のURLを記述するのは、面識ある相手だけに憚られるため控えますが、御興味がある方はご自身で問題の動画を検索して御覧になってください。

御覧になられる際に注意してもらいたいことは、一太刀目の音とその切口です。

横糸で細かく編まれた巻茣蓙は、正しく袈裟に斬った場合、茣蓙の劣化や薬品処理等、ある一定の条件が無い限り絶対に残りません。

袈裟斬りして上部が残る人は、自分の技術の拙さを反省し、巻茣蓙を切るのをやめて、まずは初心に立ち返り、天井から垂らしただけの木綿糸を斬るなど、別の稽古法からやりなおすことをおすすめします。

動画にたどり着けない方のために、スクリーンショットした問題の動画画像を掲載しますので、しっかりとこの機会に正しい知識を学ばれて下さい。

 

尚、普通の巻茣蓙であっても、場合によっては残りかけることがありますが、これは茣蓙を巻き終えた部分が広がることで若干の抵抗が生まれ、あたかも残りそうになるだけの現象です。

私のこの動画の 8:09 辺りでその現象が起きていますが、斬った時の音をよく聴いて下さい。完全に刃筋が通った高い音が発せられています。

一方、今回問題にした動画では、ドンとかバチンとまではいかずとも、軽く刃筋が狂った音をしています。

しゃくった切口

問題の動画からのキャプチャーです。よく御覧になって下さい。切口が浅い円弧を描いています。

そして斬った瞬間の刀がこちら。

撓る刀

お解かりいただけますでしょうか?

刀が撓っていることに気づけましたか?

解らない方のために本来刃筋を通した刀がどの位置にあるかを、赤線を引いた画像でご説明致します。

本来の位置

 

赤線と刀身、全然違う位置にありますよね。これ、刀身が大きく撓っている証拠なのです。

この斬り方を続けていると、刀はプロペラのように捩れてしまい、刀として用をなさなくなってしまいます。

 

くどいようですが何度も言います。

袈裟に斬った対象物が落ちずに上に残る現象は巻茣蓙では絶対に起きません。

 

正しい知識をもたないと、刀はどんどんダメになります。

横糸であまれていない藁や藺草で作った仮標で無い限り、袈裟で斬った上部は残りません。

 

どうか正しい知識を身につけてください。間違った知識を広めないで下さい。

そして、巻茣蓙と巻藁を混同した呼称はやめて下さい。

猿でもわかる試斬のイロハ ~畳表仮標造り編~

町井勲の 猿でもわかる試斬のイロハ!!

町井勲が教える 日本刀の目釘の造りかた ~How to make a Japanese sword Mekugi~

居合形

私は英信流を修行してきた身ですので、英信流以外の流派については疎いです。

以下、私が英信流をベースとした居合を研鑽してきた感想を述べていきます。

人それぞれ考え方や受け捉え方は異なるものですから、私の意見を押し付けるつもりはありませんが、同じ英信流系の居合を研鑽されている方に、何かしら刺激になれば幸いと考えております。

 

英信流には様々な形がございます。

正座から始まるもの。立膝から始まるもの。立ったままから始まるものなど色々です。

形にはそれぞれ想定というものがありますが、私が19歳から現在まで修行と研鑽を重ねてきた結果言えること。

それは、居合形の想定は後付けであるということです。

 

形を演武する動画をアップしますと必ずと言って良い程目にするのが、

「刀を指したまま正座するなんてありえない。」

と言う言葉なのですが、まず、その既成概念を払拭しなければ居合は語れないものと思います。

 

正座したまま帯刀はありえるのです。

 

居合は主に身辺警護の士が嗜むものとお考えください。

武家屋敷には武者隠しと称する小部屋があったりします。

この遺構を今に伝えている建物も現存しており、山口県の萩で見ることができます。

襖で仕切られた部屋と部屋の間に畳一畳ほどの幅の小さな部屋があるのです。これが武者隠しの間。来客があれば警護の士はここで帯刀したまま坐しているのです。襖の向こうに異変を感じればすぐさま対応できるように。

 

また、一尺七寸や八寸と言った長脇指が納められた拵で、小サ刀拵と呼ばれる形式があるのを御存知でしょうか?

通常大小刀の脇指の鞘尻は丸となっていますが、小サ刀はその名の通り、寸法こそ二尺を切る脇指でありますが、事実上は刀として帯刀されました。故に鞘尻の形状は刀と同じく一文字切になっています。

大刀を帯びたまま正座する姿は見かけることがなくても、脇指を指したまま正座する姿は時代劇でもよく見かけますよね。

居合形で長物を抜き差しする技術を身に付けたものが、短寸の刀を扱えばどうでしょうか? 抜刀は更に速く、難なくできることでしょう。

以上のことからも刀を帯刀したまま正座するということは、士の時代には日常茶飯事であったと言えます。

 

そもそも居合とはなんでしょうか?

書いて字の如く居合ったところから始まるものが居合だと私は考えております。

刀を鞘から抜いて「さぁ立ち合え!」とするのが立合なら、その逆が居合。

腰に刀を帯びているからと言って刀に固執する必要はなく、手元に茶碗があればそれを相手に投げつける。長物よりも短物が有利と思えば脇指や短刀で応じる。長押の槍や薙刀を手に取る時間があればそれを持って応じる。素手の方が手っ取り早いと思えば素手で応じる。それが居合ではないでしょうか。

それなのに居合や剣術に興味を示す素人の方は、腰に帯びている刀に固執し過ぎなのです。だから形演武を見ても、実戦向けではないなどと発言されるのではないでしょうか。

 

居合形の想定は後付けと最初に記載しましたが、これはまさにその通りだと近頃は更に実感するようになりました。

居合形(英信流)は想定された位置の相手を斬り伏すものではなく、その想定に沿って演武をする中で、身体操作を学ぶものだと実感しています。

 

例えば正座の形にあります介錯と呼ばれる形は、介錯人が介錯するための形ではなく、手裏剣(棒手裏剣)を打つ所作と術理を学ぶためのもの。

中伝立膝の浮雲と呼ばれる形は、合氣道で言うところの一教裏を学ぶためのもの。颪と呼ばれる形は合氣道で言うところの二教の術理を学ぶためのもの。奥居合の袖摺返と呼ばれる形はこの二教を更に小さく、実用的に学ぶためのものと私は捉えています。

 

合氣道のように二人一組で稽古する武道と異なり、相手を置かずとも同じことを単独で習得するために練られた形。

ただ、それでは稽古する側には物足りないので、仮想敵を置いて、それを斬る動きの中で学ぶのです。実によく考えられたものだと感心せざるをえません。

更に私が思うには、想定を後付けした理由として、居合形を学ぶ者にその真意を隠すという役割があったものと思うのです。

始めから「この形では体術のこうした動きを学ぶためのもの」と教えることなく、ただただ、敵がこの位置に居ればこのように斬るのだ。と教える。

ベストキッドと言う映画の中で、ミヤギさんにひたすら「ワックスかける」「ワックス拭きとる」と、単調な動きばかりをやらされるシーンがありますが、意味も解らずひたすら単調な動きをさせられるよりは、仮想敵があるだけ学ぶ者に対し、やる気を起こさせるものであったのではないでしょうか?

 

今現在の英信流修行者の方で、形の真意を御存知の方は殆どおられないものと思います。だから英信流の宗家が代替わりする度に形が改変されていくわけです。それは後付けの仮想敵を斬ることしか考えていないからであり、居合形を通じて学ぶべき真意を見落としている証拠と言えるのではないでしょうか。

 

そういった真意を知らずして居合道や居合術の普及を口にされる御仁を見ると、僭越ながら「まだまだ居合を語るには早すぎるのではありませんか?」とついつい喉まで言葉が出そうになります。御節介焼きな私は時折老婆心からちょこっとコメントをしてしまうのですが、それが原因で相手を怒らせてしまう、または相手の気分を害してしまうことがしばしばございます。

少し賢くなりましたので、今後は「あぁ、まだ御理解されていないな。」と傍観する姿勢で参ります(苦笑

 

体術を学ぶための後付け想定の形なら居合形は宗家が代替わりしても不変のはず。たった1ミリずれただけで体術はかからないからです。それが改変されては形を創案した古の先人達に申し訳が立ちません。

私は現在、無雙直傳英信流町井派から名を修心流居合術兵法に変えて居合術を指導しておりますが、私の英信流居合形は本家や正統派と称される英信流とはかなり異なるものとなっております。

自分で言うのもなんですが、私は己が演武する英信流ベースの居合形こそ、本来の改変される以前の古い居合形に限りなく近いもの、更に言えば古い英信流そのものだと自負しております。

 

とにかく居合形に隠されたその真意を読み解くことが今は楽しくて楽しくて仕方ないのです。刀を腰に帯びずとも、護身術として生活の場でも役立てることができる居合こそが本物の居合であり、「居合道」ではなく「居合術」だと信じてやまないのです。

近頃はそうした形に隠された真意を教授しているためか、私の道場に通う方々は、合氣道や少林寺拳法の指導者や現役自衛官や警察官等が熱心に稽古に打ち込んでおります。稽古の中では「○○さん、警視庁24時の取材を受けることがあったら、この業を応用して恰好よく犯人逮捕するシーンを!」なんて笑いも交え和気藹々と皆で先人達が遺して下さった居合形を楽しみながら修業しております。

 

模擬刀は10年を目安にした方が良いのかもしれません

今夜の稽古時に門弟である柳原の模擬刀が茎から折れました。

折れた模擬刀

刃がついていない模擬刀と言えど、近頃の模擬刀はかなり薄刃仕上げが多く、切先は厚刃のものでも尖っています。

運悪く周囲の人に刺さってしまうと死亡を含む大事故に繋がりますから、狭い空間での稽古は細心の注意が必要ですね。

 

実は稽古中に模擬刀が折れる事案は今回で三回目。

一回目は中古模擬刀を買ってきた門弟の物を、稽古に使える強度なのか確かめるべく私が抜付した際にはばき下から折れました。

二回目は購入後一ヶ月程の新品の模擬刀でしたが、尺骨を使って抜きつけた刀の勢いを止める狭い場所での抜付稽古の際に、やはりこちらもはばき下から折れました。

そして今回の三回目ですが、柳原が稽古開始前に素振りをしていたら折れたとのこと。私は仕事の都合でその場には居合わせていなかったのですが、やはり今回もはばき下で折れていました。

 

柳原の模擬刀は、購入してから約8~9年になるでしょうか。

 

私が思うに、居合稽古用の模擬刀は、10年を目安に刀身を交換するか、買い換えたほうが安全のためには良いように感じます。

長らく使い続けている模擬刀をお持ちの方、眼に見えぬところで金属疲労を起こしているかもしれませんから、事故を招かぬようご注意くださいね。

 

美濃坂製の模擬刀なら、私が営む「刀心」が1~2を争う最安値です。もし刀身交換しゃ買い替えをお考えの場合は是非ご相談下さい。

稽古着

今回は袴や着物の着用についてを書き綴ります。

新たに入門者が増えると、馴染みの武道具屋に稽古着と袴を発注するわけですが、その際よく耳にする武道具屋の言葉。

 

「町井先生のところは通常より2サイズダウンなので、今回ご用意させて頂く袴は○号ですね。」

 

私は角帯を腰骨の位置で締めて袴を着用するのですが、近頃の居合の修行者は脚を長く見せたいのでしょうか? かなり長い袴を腰骨より上、つまりウエストの位置で履かれる傾向にあるようです。

たまにネット上で、隣国の民族衣装の如き着用者を見かけることがあるのですが、袴を上方で穿くのは、武術としての居合を目指すなら間違いです。

 

袴を腰骨より上で穿いてしまうと刀を閂指※1ができず、せいぜい鶺鴒指※2や落指になってしまいます。

※1 閂指(かんぬきざし)=水平に刀を帯びること。

※2 鶺鴒指(せきれいざし)=主に時代劇で見るような刀の帯び方。

※3 落指(おとしざし)=時代劇に登場する着流姿の浪士のような垂直に近い角度になる刀の帯び方。

 

袴を上方で穿くと刀を鞘から抜き放つために必要なストロークが短くなりますが、腰骨の位置で履くとそのストロークが長くなる分、抜きやすくなります。

ですから刀を素早く抜くことを重視するあまり、袴の上から更に空手帯のような細い帯を股関節辺りの位置に締め、そこに刀を指す人が見られますが、私はこのような自分に都合の良い帯刀の仕方をする人が、どれだけ素早く抜刀しようが全くもって凄いとは思いませんし、むしろ嫌悪しております。れっきとした士(さむらい)の刀の帯び方ではないからです。そのような刀の帯び方では手を離して歩くこともできません。そのような帯刀が士の時代に存在したかどうかは想像すればすぐにわかるものですが、何故か皆さんそう言った士としての着付や士の作法を無視し、ただただ素早い抜刀を褒めるばかり。しかもそれが「ど」がつく素人ならまだしも、何かしらの武道を嗜む方が褒めているのですから閉口せずには居れません(苦笑

それだけ今の時代は武術としての居合、士の作法を知らぬ人が多くなったという証拠でもあります。

 

皆さんは稽古着を着用される際、なにか気をつけている点はありますか?

 

私の門弟が、稽古着の着用を私から教わる際、いの一番に叩き込まれるのは、

全て左側から

と言うことです。

これは武士の作法であり、仮にも士が嗜む武術を修練されるのであれば徹底的に心得ておかねばならないことです。

襦袢や着物に袖を通す時には必ず左側から。

袴を穿く際も左脚から。

この作法は士ならではのもので、士にとって左がいかに重視されていたのかがわかります。

例えば平安時代や鎌倉時代の大鎧を着用する士の画を見ると、左腕にだけ籠手をつけていることに気づくはず。右腕は太刀を振るったり、弓を引いたりと、動くことで防御も兼ねるのですが、一方の左腕は手綱を掴んでいたり、弓を引く際には大きく前方に伸ばすため、無防備になるのを籠手を着けることでカバーしているわけです。

故に甲冑の着用にしても、まずは左側から順に装着していきます。

私も全てを知り尽くすわけではありませんので、他にもあるかもしれませんが、士が右から装着する物としては韘(かけ=手袋)くらいしか思い浮かびません。

他が全て左側から装着していくのに対し、何故韘は右からかと言うと、太刀を握り、弓を引く都合上、左から装着するよりも右から装着した方が、逸早く臨戦態勢をとれるからというのが理由です。

 

次に袴の前紐について。

結婚式や成人式といった晴れの日の男性和装では、袴の前紐を十文字に結ぶ姿が見られますよね。居合の演武会や大会、そして稽古場でも、この十文字結びをしている方を見かけることがあります。どのような結び方であっても個人の自由ではありますが、古の士に倣うなら、一文字結びか結びきりと呼ばれる結び方であるべきだと思います。

江戸時代の武士が十文字結びをしなかったのかと言えば、江戸も中期以降の平和になった時代には、お洒落感覚で十文字結びをしていた士もいたかもしれません。

しかし、戦場に臨む古い時代の士達が結びきりであったことは想像に難くありません。名を上げる絶好の機会でもあった戦場に於いて、袴やその他の装具の紐が解け、存分に戦働きができないようでは士の本懐を遂げることなどできません。戦が終わるまで甲冑も袴も脱がない覚悟で結びきりにしていたことでしょう。

ですから士の武術を学び、嗜む者としては、やはり古の士に倣って結びきりか一文字結びを採用すべきではないでしょうか。

 

最後に、二種の袴について。

ご存知の方も多いでしょうが、袴には「馬乗袴」と「行灯袴」の二種があります。前者は平たく言えばズボン式、後者はスカート式です。

行灯袴は一般的に、明治中期以降、女学生達が着用していたスカート式の袴が、裾さばきのしやすさから後に男子も略式として使用するようになった物と言われますが、私が聞き学んだものでは、既に江戸時代には行灯袴が存在し、町人が羽織袴を着用する際、武士に憚って馬乗袴ではなく、それを模した行灯袴を着用したと言うもの。つまり、町人用袴モドキであって士が着用するものではないというお話でした。真相のほどはさておき、士ならば馬乗袴でなければいけないと言うのは事実です。

※私の記憶が確かなら、二重数年前、大農家の蔵で見た裃の袴は行灯袴でした。

古い時代から行灯袴があったと仮定してお話しますが、戦が絶えなかった殺伐とした時代。城から緊急召集を意味する太鼓の音が聞こえたら、士達は着の身着のまま甲冑と武具を持って城に馳せ参じました。国と己の命が懸かっていた時代です。一分一秒を争って城にかけつけたことでしょう。

さぁ、戦だ!!

そんな時に行灯袴だったら?? 馬に跨れませんし、臑当も装着できません。つまり戦えないということです。

故に武としての居合を学ぶ者、嗜む者や、居合に限らず武を志す者は、行灯袴の着用は避けるべきではないでしょうか。

 

 

今回のまとめ

・袴は腰骨の位置で穿くのが良い。

・着物や袴の着用は左から。

・袴の前紐は結びきりか一文字結びにすべし。

・行灯袴の着用は避けるべし。

 

 

刀剣趣味人が陥りやすい選択ミス ~九四式陸軍刀について~

日本軍の軍刀は、古式の太刀拵を模したものですから、見た目がとてもかっこいいですよね。

特に人気が高いのが九四式と呼ばれる吊鐶が二つ付いたタイプです。

九四式軍刀拵軍刀サイトより写真転載

 

過去、私も勉強不足だった頃、九四式軍刀拵に魅了されて陥ったミスなのですが、九四式軍刀の第二佩鐶を透かし鐔がついた九八式軍刀拵に後から取り付けて、なんちゃって九四式軍刀に仕立てて販売する業者や数寄者がいることに注意してください。

それらを承知で購入される場合はなんら問題ありませんが、うぶの九四式軍刀が欲しい場合、以下のことに御留意頂くと良いでしょう。

 

・九四式軍刀は昭和13年4月で廃止され、同年5月からは第二佩鐶を廃した九八式軍刀拵へと変遷する。

 

つまり、九四式軍刀拵に昭和13年5月以降に造られた刀が納まっていることは無いということです。

ですから、九四式軍刀拵に「昭和十五年」や「昭和十七年」と言った裏年紀が切られた刀身が納まっている場合、完全なオリジナルではなく、九四式軍刀拵に他の軍刀々身を合わせて組み立てていると即座に判断しなければいけません。

それを知らず、オリジナルの九四式軍刀だと早合点して高額で購入してしまうと、後々手放さなくざるをえなくなった際に金銭的損失が大きくなります。

 

因みに九四式軍刀は、上述の通り、昭和13年5月以降は第二佩鐶を外して九八式として用いられることが多かったため、第二佩鐶が失われてしまっているものが多く、こう言った第二佩鐶無き九四式は元九四式と表記すべきであって、九四式と表記するのは問題あり

尚、第二佩鐶が失われず九四式としてちゃんと残った軍刀拵は、大抵の場合第二佩鐶と第一佩鐶の色が異なります。これは第二佩鐶を外して九八式として長く使われた軍刀によく見られるもので、第一佩鐶が使用に伴い劣化して第二佩鐶と色が異なってしまうのがその理由。ですから第一佩鐶と第二佩鐶とで色が異なることに対してはあまり懸念されなくても大丈夫です。

しかしながら気を付けないといけないのは、元九四式軍刀に後から他の九四式軍刀に使われていた第二佩鐶が取り付けられているケースもあるということ。オリジナルの場合は第一佩鐶と第二佩鐶の桜花の彫刻の仕方や金の色絵等が同じです。第一佩鐶と第二佩鐶の彫刻手法に違和感を感じた場合は、後家の可能性を疑った方が良いですね。

ポイントとしては…

佩鐶に刻された桜花の形状、葉脈が浮き彫りか影彫りか? 槌目が同じか否か? 金色絵が施されている箇所が同じか? 佩鐶の鐶の大きさが同じか?

などが挙げられます。

九四式軍刀拵が刀剣趣味人や軍装趣味人の間で高く評価される理由は、「オリジナルが少ないから」ということを念頭に入れて下さいね。そうそう完品は見かけることはありませんよ。

 

初伝形一本目 『前敵』

形の想定や理合を門弟達に覚えてもらうよう、基礎の基礎である初伝形一本目について記述します。広く一般の方にも公開しますので、御興味ある方は御一読ください。

修心流の単独演武の居合形初伝から奥伝は無双直伝英信流のものを、私が改編したものなので、これらの形を身につけても修心流とは言えません。ここまでは無双直伝英信流町井派と認識してください。

 

まず、初伝形における仮想敵との間合いは畳一畳、つまり約180センチです。己の中心軸から相手の中心軸までの距離と修心流では定めています。

私が出しましたDVD『神速の居合術』を御覧になられた方の中には、柄に手をかけるまでに無駄な動きが多いなと思われた方もおられるかと思いますが、何一つとして無駄な動きはありません。

DVDで紹介している動きは初伝の形の初伝之抜と言って、修心流では初心者のために組み上げたものだからです。

 

正座した際の左右の膝の開きはおよそ拳二つ分。剣道や一般的な居合に見るようなL字形に胸を張って座すでのではなく、股関節から上はやや前傾に、つまり己の中心軸を立てるように座します。

左手首を強く前方に突き出すと共に指は内側へ。右手は薬指の方向に落とすように伸ばし、手首を反れるだけ反らし、右肘を抜くと自然と右手は柄にかかります。

続いて座したまま右半身に切ることで右手は柄を自然と握る形となります。

この時に鞘を前に送らないこと。しかし横から見ると自然と鞘送りができている状態となります。私がメディアに登場して以降、抜刀の際に鞘を大きく前に出す流派、道場、人が増えたように思いますが、私の眼から見た感想を述べますと、皆理合に適っておらず、単に抜刀が早く見えるようにごまかしているだけ。

 

鞘出すな

鞘を送るな

鞘引くな

何もせずとも

刃は抜ける

 

上記は私が詠んだ修心流の極意です。

 

さて、話を元に戻します。

半身をきった時点で鯉口ははばき一つ分刀身が鞘から抜けている状態になりますが、鯉口は親指できるのではなく、左拳全体を右螺旋の動きにて自然と切ります。

抜刀は右手、左手、どちらも動かしません。正しい身体捌きを行えば自然と抜けるのです。世間一般的な居合では、抜付の際に上方に身体を立てながら抜刀しますが、実はこれが修心流に於いては禁忌とする所作。身体を立てながらの抜刀は右手を使わないと抜くことができません。そのため数多の居合人は鯉口を削り、ささくれさせるのです。

 

抜付での横一文字では相手の眼を狙います。抜きつけた際の刀は水平やや水流しと称し、横から見ると水平ではなく、必ず切先が下がる形となります。これが出来ていない者、理解できていない者は、勢い余って後方へ刀を飛ばしてしまうという失態を招くのです。

 

横一文字の後は真向斬りとなりますが、この際、刀身の中心が己の正中線に合致するよう、請流を兼ねた振りかぶりを行います。横一文字の抜付をかわされ、敵が素早く真向斬りで対応してきた際の保険をかけるわけです。

真向斬りは刀身が水平で斬り終えること。右手は右膝の位置と高さであること。世間一般に見る切先下がりの斬り下ろしは、実際には刀と柄を傷めるばかりで斬撃力も乏しいものとなります。振り切った刀は常に水平であることが大切。切先を地面に触れるか触れないかまで斬り下ろすことを指導するところが多々見受けられますが、私の経験から述べますと高確率で刀の折損を招きます。何故折損確立が高くなるのかはここでは割愛します。知りたい方は修心流にご入門下さい。

 

血振に以降するまでの所作。これも大切です。一般的な居合では、右手を斜めに傾けて大血振を行いますが、私個人の意見の述べますと、これは術理を知らぬ者が指導者となり、劣化コピーと化した居合が蔓延した結果のものと言えます。

手首を傾けるのではなく、小さく右半身となることで、左手は自然と鯉口に、右手で持つ刀はやや左へ刃が傾きます。これでなければ血振へ意向することはできません。相手を置いて試してみるとよくわかります。

刀の切先から動き出し、切先の高さを変えぬ心持で腕を横に送り、続いて肘が下がらぬよう肘から先だけを折りたたむようにします。正しい形ができていれば、鐔は頭部の剃り込みを入れる箇所あたりに自然と触れます。刀を振り下ろす際、間違った概念によって頭部を切ってしまう人が稀におられます。英信流正統派と称す団体の宗家自身が自らの頭を切った事故は、私の世代の居合人の間では有名な話。生意気ながら述べさせて頂きますと、所詮は形居合の宗家であって、武術としての居合の宗家ではなかったと言えるのではないでしょうか。

大血振は刀身に付着した血を振り払う所作ではありません。実際に刀で人を斬ってみると、驚くほど刀身に血はつかないものなのです。刀身には薄っすらと脂の膜が付く程度です。人が斬られる瞬間を見ることなどそうそうないことですが、私は過去、技量無き者の無謀な試斬によって、誤って人を斬ってしまう事故を目の当たりにし、その際刀の手入を私が行った経験から上記のことは断言できます。この時には夜間、病院へ救急搬送し、傷口を縫い合わせる大事故で、大変な騒ぎになったものです。

大血振は勢いよく刀を振り下ろすのではなく、右肩を前後に回すように行います。これが出来れば頭を切るなどの失態は絶対に起こりませんし、自然と刀は掌の中で回転し、振り終えた刀の柄は右腕に自然と触れるか触れないかの位置で止まります。横から見ると刀は刃先しか見えず、刀の長さを読ませぬ動きとなるわけです。

大血振や横血振で腕と柄の間が大きく開いている人を見かけますが、修心流ではこれを良しとはしません。数多の敵がいる戦場に於いて血振などという所作を行う暇はありませんが、万一柄を大きく開く血振であったなら、容易く敵に柄を握られ、刀を奪われてしまうことでしょう。

血振の後は寄せた反対側の足を引き、己の軸を真下に落としてから続いて中心軸を立て直します。身体が動くに伴い刀も自然とそれに付き従って動きます。身体が動いているのに刀が止まったままというのは理に適っていません。間違いだと断言します。

納刀は手首を使わず右肩で行います。切先の高さを変えぬ心持で肩を動かすと、自然と切先は上がり、鐔は左拳を超え、肘と手首の中間程のところへ来ます。それ以上動き続けると己の軸が崩れますので、程よいところで右肘を抜き、刀の棟を左腕にのせます。程よいところでと記述しましたが、これも実は自然と肘が抜けると言うのが正解です。

いよいよ納刀ですが、右手は一切使いません。左手も鞘を引くなど行いません。全ては身体捌きで行います。右手で納刀しているかどうかを見極める方法としては、右肘が上に向いている。右小指が伸びている或いは立っている。左手が鞘引きならぬ鞘開き(鯉口が外方に向いてしまうこと)になっている等が挙げられます。

どれだけ素早く納刀できていても、指が伸びている人は未熟な証拠と言え、そのような人の鯉口は見事なまでにささくれているものです。

納刀し終わった際の刀の位置は、鐔が臍前となります。刀全体を見ると帯を中心に鞘が前半後半同じ長さとなるのが正しい身体捌きの証拠です。

最後に居合を解くと言う所作ですが、一般的に多いのが五指を柄にかけ、柄を撫でるように柄頭へ手を移行させる人。居合を解くという所作も武術として成立していなければいけません。柄に触れた五指をずっと柄に触れさせるのではなく、ここも実は右肘の緩みによって自然と柄頭に右親指がかかるように行うべきなのです。居合を解くと言う所作に於いて、また、その所作の途中に於いて、いつ何時右手を掴まれても形通りに動き続けることができてこそ真の武術としての居合形。私は常日頃から門弟達にこれを説いています。

 

上記はあくまで私個人の考え、そして修心流居合術兵法に於ける心構えと術理を記載したものです。数多の他流派には相通じぬところもあることでしょう。参考になる箇所は参考にして頂き、取捨選択の上お役立て頂ければ幸いに存じます。

 

柄前の大切さ

下にご紹介します柄前は同じ刀の物です。

アイフォンを使って簡単に撮影したものなので色が悪いですが、比較はじゅうぶんできます。

この拵に納まっているのは、現代の名工、藤安将平師の南北朝写しの作品です。

実はこの刀には苦い思い出があります…

 

九州にお住まいのとあるお客様からの依頼でこの刀は鍛えられました。

当初、一年で全ての作業を終えて納品する予定だったのですが、発注をかけてから刀身が打ち上がったのがなんと一年半後…

お客様はお怒りになられ、支払った代金を返金してくれと…

将平刀匠は気分屋なのか、あっと言う間に刀を仕上げてくれる時もあれば、3年半待たされたこともあります。

この刀も作刀意欲が湧かない時分に発注してしまったからなのか、とにかく打ち上がるまで時間がかかりました。お客様からは二振御注文を受けていたのですが、二振とも返金することに。刀が将平刀匠から届いたのは返金後のことでしたので、私はてんやわんやした次第です。

 

仕方ないので自分の愛刀にしようかと、拵を造ったのですが、納得いく物が出来上がりませんでした。

私は柄の狂いにとてもシビアなものですから、職方の中には私からの依頼を断る方もおられます。

これまでお客様の拵を製作しても、柄前が満足いくものでなかった場合、私は自腹を切って二度、三度と造り直させてきましたが、流石に赤字が続きます。

なかなか満足いく柄前ができないものですから、思い切って工作費が高価な腕の良い職方に柄前を造り直してもらうことにし、職方に刀を送ったのが昨年の9月2日。

そして昨日、ようやく理想通りの柄前が出来上がって戻ってきました。実に待つこと9カ月。

いつ戦に出ることになるか解らない戦国の世なら、納期厳守は当然ですが、刀職が昔ほど居ない今の時代においては、しっかりしたものを望むなら、金銭を惜しまず、また、粘り強く諸工作を待つのが賢明です。

 

さて、前置きが長くなりましたが、先に紹介しました柄前、何がどうだめだか判りますか?

二つ並んだ柄前の上の方が造り直した柄前。下の方が満足いかなかった柄前です。

同じ向き同じ角度から撮影しているのに、下の柄前は柄頭の上の方が多く見え、下の方は少ししか見えません。これはつまり、柄頭が斜めに取り付けられているということであり、必然的に柄前は捻じれたものに仕上がっています。

これでは諸手持ちで刃筋を通すことが難しくなります。

巷にはこうした柄前が実に多く散見され、真剣のみならず、居合稽古用模擬刀でも頻繁に見受けられます。

癖がある柄前ですから、使い続けていると悪い手癖がついてしまうので、こうした柄は早急に造り直した方が賢明です。

上に紹介した写真では判りづらいという方のために、下にもう一枚写真を掲載します。

柄頭を垂直に立てた状態で撮影しましたが、縁金具をご覧ください。

斜めになっていることが判りますよね?

片手操作であれば問題ありませんが、諸手持ちで構えると、右手で握り込む分には刃筋が立ちますが、左手で握り込むと刃筋が狂うというわけです。

 

居合や抜刀を修練されている方は、一度御自身の愛刀の柄前を確認してください。

普段の稽古で刃筋が立たないと悩まれている方、原因は貴方ではなく、刀の柄前にあるやもしれません。

 

私が営んでおります「美術刀剣 刀心」では、居合稽古用模擬刀御注文の際、「店主 町井勲による細部点検」と言う有料オプションがございますが、実はこのオプションで精査しているのは、こうした柄前の捻じれや、柄に対してちゃんと刀身が真っ直ぐに納まっているかと言う点なのです。

以前はこうした私による細部点検も無償で対応しておりましたが、頻繁に柄を造り直させたり、組み立てなおさせるものですから、模擬刀メーカーさんも送料のみならず赤字が出てしまうため、有料化に踏み切ったという次第です。

上記オプションを御指定下さらなかったお客様の中には、不本意ながら捻じれた柄前のまま納品せざるをえません。私自身も心苦しい思いではありますが、それだけ安易に柄前のことを考えてしまったお客様にも責任があるかとこの頃は考えるようになりました。

ほんのゼロコンマ何度かの狂いであっても、それによって刀の刃味を発揮できない。または悪い手癖がついてしまう弊害を考慮しますと、居合稽古模擬刀発注の際の私による細部点検(4,000円+税)はけして高いものではなく、むしろ安いものだと思います。

また、近頃は頻繁にこのような僅かな狂いがある柄前が出来上がることが多いため、安価な拵の御依頼に関しましては、これまでのように私が自腹を切って造り直すことは致しかねますので、柄前の芯出し保証は上柄前の御依頼のみとさせて頂きますこと、何卒ご了承くださいませ。

美術刀剣 刀心掲載の真剣の拵に、店主町井勲監修と明記あるものは、私が精査して合格した拵ですので、どうぞ安心してご選択ください。