昨夜の大阪北道場稽古 ~居合柔術~

とかく物斬りのイメージが強い私並びに修心流ですが、上の動画のような徒手格闘系居合柔術の稽古も行っています。

刀を使うことだけが居合術ではありません。

身体操作を学び、身につけると、面白いこともできるようになります。

大阪北道場は天神橋筋六丁目駅から徒歩4分の場所にあります。

仕事帰りに居合術の稽古はいかがですか?

大阪北道場の稽古から ~甲冑組討形“籠手請”~

修心流居合術兵法の甲冑組討形 ~籠手請~

鎧通しや前指を逆手に持ち、真向に斬りこんで来る敵の身体を崩して喉を突く。

同じ形でも別伝では得物を持たず、鎧の籠手で相手の斬撃を流し、肘で喉や鼻を突くと同時に真下に落とします。

 

形稽古とはゆっくりと正確に何度も反復して技術を身につけるものと考えます。

早さでごまかしては何も得られず、演武ならぬ演舞にしかならないものです。

修心流居合術兵法ではこのように地味な稽古に明け暮れています。

武術としての試斬 ~初動を読ませない斬撃~

大きく振りかぶって勢いをつけて切る試斬を、修心流では良しとしていません。
あくまで武術としての刃筋確認稽古ですから、初動を読ませず、身体が動いた時には畳表が両断されている… 修心流が求めるのはそんな斬撃です。

動画で右袈裟の初太刀の後の左斬上にご注目頂ければと思います。

昨夜の稽古 ~奥居合~

この日の稽古課題は奥居合。

虎走と呼ばれる形、単に前に進むだけだと思っていませんか?

修心流居合術兵法では常に己が不利な状態に置かれたことを想定して稽古しています。腕を押さえる相手をそのまま後方へ押しやりながら抜刀できるか?

力を分散させず、軸をぶらす事無く真っ直ぐ進むと言う単純な動きですが、いざやってみると難しいものです。まずは正座の状態から稽古し、次に立膝にて行います。それが出来るようになったら、柄にかけた両腕を相手に押さえさせ、形通りの所作で相手を追い込む稽古を行います。

動画後半は戸脇と呼ばれる形における後方突きを立った状態で行っている稽古の様子です。

右手で抜刀する人が多く見られますが、それでは腕を掴んで来た敵に動きを封じられてしまいます。後方突きは万一前方から腕を掴まれようと、後方を突くと同時に、腕を掴む者をも後方に崩し飛ばさなければ業として成立しないと私は考えています。

こうした通常の居合道場では行わない稽古方法が修心流の特徴で、刀を使うと言うよりは、身体の捌き方を研鑽指導しているので、門弟の多くは合氣道や柔術の経験者、或いは現在もそれらを修練している方が多いです。

天心流兵法が発信する誤まった情報を真向から斬る! ~刀は地面に立てるものではない!!~

天心流兵法と名乗る団体が、最近ネット上において

“刀を杖のように地面に立てる所作を昔から伝わる作法である”

と、誤った情報発信を行いました。

私は現代に生まれた人間であり、武士が生きていた当時のことを全て知っているわけではありません。
よって、私が今から記述することは、100パーセント正しいかといえばそうではないかもしれませんが、居合術家として、また、一愛刀家としての立場から、その所作についてこれから記述します。

まず、私の結論から言えば、それらの所作は

「ありえない」

作法です。

天心流兵法を名乗る団体は、何か不都合なことを指摘される度に、常に後付け、言い訳がましく自分たちのことを正当化する傾向があるように個人的に感じております。
それは数年前、天心流兵法の中村天心氏が、床几の向きを間違えて座している写真を指摘された際の彼らの言い訳でもわかります。

この床机の向きに関しましては私がブログでも解説しておきましたが、日本画に於ける一種の決まりごと説が有力です。ブログ記事のリンクを以下に添付致しますので、お時間が許す方は是非ご一読下さい。

https://ameblo.jp/isaom/entry-11799994434.html

 

さて、今回天心流兵法と名乗る団体のブログに書かれた「刀を杖のように地面に立てて腕を置く所作」ですが、全くなかったかと言えば一部または一時期には行っていた人がいたかもしれません。しかしそれは戦が多かった時代、例えば戦国時代などに限定されるのではないかと推測します。

私が今回、この所作について記事にすることには大きな目的があります。
それは現存する刀(刀装・刀装具)を痛めることなく後世に伝え残していきたいというものであり、それは現代に生きる私達の役目でもあると考えます。

私がかねてより天心流兵法に疑問を感じるのは、間違いを改めるのではなく、それを正当化しようとしたり、後出しジャンケンのように後から言い訳がましく記事にして情報発信する姿に嫌悪感を抱かざるをえないからなのですが、今回、彼らは幕末や明治初期の写真を指して、刀を地面に立てる所作を正当化しようとしています。

あくまで私の見解ですが、江戸期においてそれらの所作が作法としてあったかと言えば、それはありえません。

半ば断言的になりますが、その根拠として、古い刀の拵を見れば自ずと結論は見えてきます。
私は刀剣商としての顔も持ち合わせており、これまでに数多の刀剣に触れてきましたが、鐺(こじり)や石突金具に磨耗が見られるものはありません。
日本刀形式の外装が付いた刀剣で、極端に石突金具に磨耗や傷がみられるものは、大東亜戦争時代の軍刀のみです。
戦時中の僅か数年の使用期間であるにもかかわらず、軍刀の中には2~3ミリ近く石突金具が磨耗し、石突金具先端の桜花が消え、酷いものには今にも穴があいてしまいそうな状態のものも見られます。

皆さんもご覧になられたことがあるように、軍人はやたらと刀を地面に立てていたからです。

日本の軍人写真

日本の軍人写真

軍刀の石突金具の磨耗と損傷は当時から懸念されていたようで、そうした石突金具の磨耗を改善すべく考案され、実用新案特許まで取得したのが若瀬軍刀製作所の特殊石突であり、これについては軍刀趣味人ならすぐにお分りいただけるでしょう。

ほぼ未使用の軍刀石突金具

ほぼ未使用の軍刀石突金具… 磨耗が殆ど無く、石突先端の桜花もしっかりと残っています。

 

頻繫に立てられた軍刀の石突金具

一方こちらは頻繫に立てられた軍刀の石突金具… 鎚目が消え、桜花も磨り減っていて名残をとどめるのみ。これでも状態は一般的なもので、酷い物になると穴が空きそうになっているものもあります。

 

若瀬軍刀製作所製海軍太刀型軍刀拵

こちらは若瀬軍刀製作所製の海軍太刀型軍刀拵とその特殊石突金具

若瀬軍刀製作所製海軍太刀型軍刀拵の石突金具

 

大東亜戦争時代の軍刀ですら数年の使用で上に紹介した写真のような有様です。

鐺金具が装着されていない水牛角製鐺が一般的であった江戸時代の刀が、天心流兵法を名乗る団体が言うように頻繫に立てられていたのであれば、鐺が磨耗欠損した拵が多々残っていてもおかしくはありませんが、そのような拵は殆どありません。このことからも刀を杖のように立てる所作は江戸時代には存在しなかったと証明できるでしょう。

居合の中では刀礼と言って、刀に礼をし、帯刀するまでの形も所作として存在し、その中では刀の鐺を立てる所作も含まれて居ますが、それはあくまで形式的なものであって、居合で学ぶ刀礼は日常的にされていたものではありません。

では、何故刀を杖のようにした侍の写真が残っているのか?
答えは簡単です。
カメラマンが外国式のポーズを取らせたに他なりません。
私は今回、ネット上においてではありますものの、様々な古画や写真を検索しましたが、幕末に撮影された写真以外では、刀を杖のようにしているポーズは見受けられませんでした。
古画の中には刀を立てているものもありますが、手は柄の上には乗っておらず、腹の前にもたせかけ、空いた両手で兜の緒を締めていたりと、杖のような所作を取るものではありません。
思うに幕末の時代、カメラマンの多くは外国人だったと想像されます。外国の軍人を写真撮影する際には自分の前にサーベルを立て柄を握ったり、腕を置くのが外国式の作法と言いますか、当たり前の所作だったのでしょう。また、武士であることの象徴である刀を前面に出すことで、写真に写る者の身分が判るようにしたとも推測されます。

但し、サーベルなら何でもかんでも地面に立てていたのかと言えばそうでもないようです。傷みやすい形状のものではそれらの所作は行なっていないようで、その証拠に地面に立てている外国サーベルの鞘を見て頂きますと、鞘の先が若狭式石突金具のように磨耗することを考慮した作りになっています。
アメリカのサーベル
この鞘の石突は日本軍のサーベルにも踏襲されています。

日本軍のサーベル

軍刀サイトより転載

 

下の写真は外国のサーベルの模造品ですが、同形の実物が多々外国に残されています。こちらの金具にも丸い形状の石突があるのが判りますね。

 

丸い石突がついたサーベル

このように状況証拠から見ても、打刀形式の刀を地面に立てるような作法は、少なくとも江戸時代には無かったと結論づけることができます。
因みに腰から外した刀を立てるに当たっては、直接地面に触れさせず、草履の上や足の甲の上にこじりを立てるのが一般的だったようです。
そうした事実から見ても、天心流兵法が正しく江戸の作法を伝える流派と謳う点にも多々疑問符をつけざるを得ません。稽古動画を見ていても、非現実的な形設定が多いように感じられます。

また、補足として幕末や明治に撮られた古写真に写る人達全てが士分の者ではなかったことにも留意する必要があります。

士の格好をした町人 士の格好をした町人

これらの写真に写る人々は果たして本物の士分の人間かと言えば、実は外国向け絵葉書用に撮られた甲冑をまとった役者や町人が殆どです。

剣道では剣先を地面につけると怒られますよね。ところが古写真の中にはこんなポーズのものも…

士の格好をした町人

明らかにカメラマンによってポーズづけされていることが判ります。

もっと酷いものになると…

士の格好をした町人

あちゃぁ~ 抜き身の刀の切先を地面につけていますよ…(笑

 

因みに心ある士はカメラマンによるポーズづけにもささやかな抵抗を見せていることが窺がえます。

足の上に刀を立てる士

写真中央の人物に注目。鞘が傷まぬよう鼻緒の上に鐺を立てています。

更に天心流兵法を名乗る団体のブログにある写真にも…

刀を地面に立てるのはカメラマンによるポーズづけ

刀を地面に立てるのが作法や所作だったのなら、どうして左端の人や中央後ろの人物は携刀しているのでしょうか?

後ろの人物は己が士分であることが判る程度に刀を上方に持ち上げ、敢えて刀が写る様にしていることが判りますし、左端の人物も刀を持つ手が写っていることから、写真を見る者に己が士分であることを明らかにしています。

このように写真を精査していくと、カメラマンがつけるポーズを拒否した士がいたことが判り、それだけ刀を大切に扱っていたということも解ります。愛知県だったでしょうか、太刀を杖のように地面に立てる信長像がありますが、あれは論外。現代人が想像で作ったブロンズ像なのですから。

 

今回の結論。
天心流兵法が発する情報を鵜呑みにしては危険。
証拠は物が語る。
刀を地面に立てるのは外国人カメラマンが侍にとらせた外国式のポーズ説が有力。

 

いずれにせよ、刀を痛めることにしかなりませんから、刀を地面に立てることは慎みましょう。

一人でも多くの方に正しい情報をお伝えしたいので、是非ともこの記事の拡散をお願い致します。

とある日の町井勲

斬稽古の際には、自身のフォームチェックのために動画録画することが多いのですが、6月2日の刃筋確認稽古の折の小学生とのやりとりがとても素敵だと、スタッフS君が動画を編集してアップしてくれました。

天心流兵法の系譜捏造批判などで、とても堅苦しく、頑固で気難しい人柄だと思われ勝ちなイメージの私ですが、実はこんなにフレンドリーなんだということを、広く知って頂くにはとても良い動画だと、スタッフS君たっての希望ということもあり、当初はアップする予定ではなかったのですが、つい先程公開しました。

一般道の直ぐ横での試斬稽古だけに、

通報されないのか? 法律的に違反ではないのか?

と言ったご質問も稀に頂くのですが、自己所有の敷地内での稽古であり、また、所轄警察署も私の仕事をご承知ですから、警察官が稽古に対して注意しに来ることはありません。

むしろ私の近所では一種の名物となっており、稽古をしているとよくギャラリーがいらっしゃいます。

時には

「次の稽古はいつ?」

と尋ねられるほどに。

 

日本刀を初めて手にする小学生達と私のほんわかとした動画をお楽しみ下さい。

※子供達に刀礼を教えてあげるべきだったと、動画を見て反省

刃筋確認 ~水平圧斬~

 

スタッフS君が畳表を巻いてくれたので、刃筋確認の稽古を行いました。

毎度ながら100%満足できるものではありませんが、まずまずといったところです。

今回は振りかぶったり、力やスピードでごまかすのではなく、切先に一瞬にして重さを乗せる圧斬(へしきり)で水平払いをする様子も公開します。

畳表と刀との距離は20センチ程でしょうか。

暑い中畳表を巻いてくれたS君のために、少し試斬の手解きも行い、その様子も収録してあります。

S君には5本ほど斬らせたでしょうか。今回は成功しませんでしたが、次回あたりは返し業も成功しそうです。

 

昨夜の稽古

所用のため稽古場入りが大幅に遅れ、20:25に入る。

私が到着するまでの間、門弟達は柳原君を中心に初伝形から中伝形を稽古していました。

 

最近は専ら基礎中の基礎を教授しているため、この日は肘の抜きについて指導。

肘の抜きとは如何なるものかと言いますと、早い話が合気上げのようなものです。

合気上げが何故に居合に必要かと言いますと、刀の振りかぶり他、様々な面で必要なのです。

合気上げとはつまり、相対性を変えないこと。この一言に尽きます。

 

肘の抜きを大きく行うと、初動を読まれてしまいますが、傍から見て微動だに動いていないように、極小さく肘を抜いただけで、実は相手の軸は崩れているので簡単に相手を吊り上げる事ができるのです。

動画に撮影しようかと思ったのですが、動画では伝わらないと思います。おそらくヤラセにしか見えないでしょう。

また機会があれば御紹介しますが、とにかく居合とは無縁っぽく見える地味な地味な稽古です。

派手さや速さは求めていません。

速さとは丁寧且つゆっくりとした動きの中で学ぶもの。いくらぱっと見が速く見えても、刃筋も立たない抜刀や、正しくない身体捌きであっては、貴重な時間をかけて学ぶ意味がありません。

 

ゆっくりと…

そして丁寧に…

 

質疑応答

つい先日掲載しました納刀動画に関しまして、ちょっとしたコメントを頂きました。

この場を借りて少しだけ質疑応答させていただきます。

 

「修心流は英信流の一派なのに横納刀するとは奇妙ですね。」

 

本家本元と言われるところの英信流の先生方には縦納刀をされる方が多いですが、英信流にも様々な派閥や亜流があり、横納刀を採用する道場も多々存在します。

元々太刀での居合業であったものを、長谷川英信公が打刀での居合業に改編して誕生したのが英信流だと居合界では語られています。これが事実ならば当時としては画期的な改編だったと思いますが、私が学んだ吉岡早龍伝の英信流には、全てが横納刀ではなく、形とその想定に於いては縦納刀を行うものがございます。

私はそれを墨守しており、縦納刀は基本的に左側に障害となる物があって、通常の横納刀を行うと切先を傷めてしまう可能性がある場合にのみ行っています。動画に紹介する横納刀が修心流居合術兵法の全てではありません。

また、長年居合を研鑽してきました中で気付いたこと、思うことは、身体本来の自然な動きの中では、正しい鞘引きを行うと、自ずと鞘は横に向くものだと言う事です。この辺りに関しては現行の連盟居合を続けている間は気づくことはできないでしょう。

居合とは本来、体術、剣術を納めた者が最後に習得するものではないかと考えています。現行の連盟居合では、この体術と剣術が欠如しているため、身体本来の自然な動きを無視した居合形になっています。範士八段の肩書きを持つ高段者の演武を見ても、正中線をしっかりととれている方は皆無に近い状態で、真向斬り下ろしを見ても、右腕主体に刀を振り下ろすものですから、止めた刀は演武者を正面から見て、正中線より左に刀がきているものが殆どです。

武術において大切なのは、なによりも正中です。正中を正せば自ずと軸も正されます。

 

 

「動画後半で町井さんは鞘に刀を投げ込んでますね。これは剣士としては最低の振る舞いですね。刀や鞘を痛めてしまいますよ。」

 

ご懸念を与えてしまう動画になってしまったことをお詫びすると共に、けして鞘に刀を投げ込んでいるわけではないことを明言させていただきます。

鞘に刀を投げ込み、鞘を傷める所作とは、納刀の最後に時代劇のように「バチン」と力強く鯉口を納めてしまう動きや、刀が鞘に納まる際に「ガラガラ」と刀が鞘道からずれる音が発せられるものを言います。

よくよく動画をご覧頂ければ、鞘道を外れる音はしていないことに気付かれるでしょう。また、最後に鯉口を傷めてしまう様な錯覚を与える音が鳴っていますが、私は常に鯉口を最後まで納めません。これは過去にこのブログでも書きましたように、居合を嗜む者は常に臨戦態勢を想定し、鯉口は少し切っておくことが居合を嗜む者の心構えであるからです。

門弟に納刀の違いを学んでもらうため、比較用として稽古最中にぱっぱと撮影した動画なので、私自身も正直言って誤解を与えてしまう所作になっていることは、動画を公開する者としての反省点の一つではありますが、重ねて記述しますと、鐔が鯉口に当って発せられている音ではないこと。鞘に滑り込んだ刀は、はばきがはばき袋に到達した時点で鞘を握る左手の人差指と親指とで鐔を用いてワンクッションを置いております。これも動画をよくよく見ていただければ、左手人差指で鐔を操作している仕草を見てとることができます。

私が公開する動画をご覧になられる際には、否定的な眼で見られるのではなく、公開する動画から何かしら見抜いて頂ければ、物を見極める眼も養われるものと思いますので、そのように有効活用していただければ幸いに存じます。

また、公開している動画は基本的に門弟達の勉強、稽古課題用として公開しているものが殆どですので、否定的なコメントに関しましては今後ご遠慮頂きますようお願い致します。