居合中伝形“浮雲”

昨夜の本部道場定例稽古では、初伝形全11本を抜き、その後中伝形を一本目から四本目まで抜かせました。

四本目の浮雲から、手順が覚えられず苦労する門弟が多いです。

教える側としては、さして難しいことをしているわけではないので、一回で形を覚えて欲しいと言う思いがあるのですが、思い返せば私も英信流修業時代は、浮雲の形手順を覚えるのに一苦労したものです。

形を単に形として覚えようとしては身にはつきません。形の想定やこの形で学ぶべき課題を理解できれば、自ずと覚えることができるものだと考えています。
長らく稽古を離れていた次男が稽古に参加したのですが、次男は形稽古が大の苦手。苦手と言うよりは嫌いと言う方が正確かもしれません。

そんな次男ですが、形の意味、稽古課題の意味を教えたところ、珍しく約一時間近く浮雲の形稽古を熱心にしていました。

現代居合が形演武ばかりで、実際に対人相手に稽古することから離れてしまったため、同じ形でも先生方や道場によって所作が異なります。
私はこういった所作の違いが発生することに対し以前から違和感を抱いていました。

全く同じ想定であれば、所作の違いが発生することなどないと考えるからです。

勿論、相手の腕の角度、抑え方によって、微妙に形は異なってはきますが、前述の通り、全く同じ想定であったのなら、派閥が誕生すること自体おかしいと思う次第です。

昨夜の稽古で形の意味、この形で学ぶべき所作を真摯に伝えたところ、門弟達も、次男も、理解してもらえたようでしっかりと稽古に勤しんでいました。
形は踊りや振り付けではありません。それぞれの動きに稽古課題があり、意味ある稽古メニューとして組み立てられているものです。
古の伝播者達の意向を汲み取り、真摯に稽古する姿勢が大切だと考えます。
私達現代人が、先人から学ぶべきものは、形ではなく、形の中に秘められた稽古課題なのだということに気付かなければ、居合術は上達しません。

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