修心流居合術兵法誕生の経緯 4

前述の様々な出来事の後、瞬時の抜付横水平斬りを完成しつつあった私は、この頃“無双直伝英信流町井派”と称すようになり、門弟を募る事無く、“私の技術は子供達に受け継がせよう”と、幼い実子を相手に居合を教えながら過ごしていました。

Mさんの一件から一年くらいが過ぎた頃でしょうか。

私の店に刀を買い求めに来られた大喜多さんが、

「居合を習ってみたいのですが、どこか良い道場があれば御紹介していただけませんか?」

と御相談されました。

この頃既に“現代の居合道(※あくまで英信流系をここでは指す)”は単なる刀を使った体操程度にしか思えなくなっていた私は、

「武術としてまともに使える居合の道場は無いですよ。」

とお答えしました。

現在の居合道の世界がどのようなものか、これまでの私の経験をお話したところ、

「町井さん自身、居合をされるんですよね? 町井さんから居合を教えて頂く事はできませんか?」

と言う話になりました。

上述の通り、子供達(実子)相手に居合を教えていたので、実子達に交じってご一緒にどうぞと、大喜多さんに居合を教えることになったのですが、大喜多さんは柔道の世界では名を知られた方で、自宅には柔道場があり、天井も高く、居合の稽古にはうってつけ。私は子供を連れ、週に二回程大喜多さんのお宅の道場で稽古するようになりました。

それから直ぐのこと、近所に住む愛刀家の細木さんが、私の店によく遊びに来られるようになり、

「僕も居合やってみたいなぁ」

と言うことで、私の自宅前にある自治会館でも居合の稽古をするようになりました。後にここが本部道場となります。

これまで記述しましたとおり、私は無雙直傳英信流を修業してきましたが、現行の英信流に疑問を感じ、それとは一線を引く意味で“無双直伝英信流町井派”を名乗るようになったわけですが、大喜多さん、細木さんと、実子以外にも居合を教えるようになったことをきっかけに、妻から流派名改名を勧められました。その理由は大きく三つに示しますと以下の通りです。

 

・手の内など刀の持ち方からして根本的に英信流とは異なること。

・現行の英信流と形の理合や術理、一部の形に改編を加えたこと。

・英信流を名乗り続けている限り、本家を名乗る英信流の型にはまらなくてはならないこと。

 

龍心館吉岡道場在籍晩年の頃、稽古に顔を出すと、自分の居合術理を否定され、柄を握る手がくっつきすぎだ。などと元に戻すよう指示されることが頻繫でした。そう言った経験から、独自のスタイルを貫くには、英信流のしがらみから脱却する必要がある感じた私は、妻の提案に大きく頷き、2005年、無双直伝英信流町井派を修心流居合術兵法に改名し、ここに修心流居合術兵法が誕生したのです。

名前こそ修心流居合術兵法ですが、稽古しているのは実際に使える英信流であり、本来の古流英信流を再現することを目標にしています。

このくだりは拙著『最強のすすめ』にも記載していますが、修心流という名前を考えてくれたのは、これまで私が散々迷惑をかけてきた妻であり、妻には感謝の気持ちでいっぱいです。

それ以降、細々と修心流として活動し、居合を教授してきましたが、そんな私と修心流の名が、全国的に少し知られるようになったのは、なんと言ってもフジテレビの人気番組であった『THE BEST HOUSE』の生放送4時間SPに於いて、私が千本斬りのギネス記録奪回に成功したことでしょう。

また、私の英信流二十三代について記述させて頂きますが、二十三代は初代から数えて23番目という意味であり、私が正統派英信流の23代宗家と言う意味ではありません。私に英信流を御指南下さった吉岡早龍師自身も、現在の正統派を名乗る英信流から見れば亜流の一人です。

なんだ町井は本流で英信流を学んだのではないのかと、伝統や系譜ばかりを重んじる人は亜流を軽んじることでしょう。しかし私は“亜流の英信流”だったからこそ今の私、修心流が誕生できたと考えています。

19歳のあの時、好意を寄せていた女性の家から遠くないと言う不純な動機から、居合の良し悪しも判らぬままに飛び込んだ英信流の道場が吉岡早龍師の龍心館であったことは、神仏祖先のお導き。幸運中の幸運であったと思います。

現在、本家本流を名乗る英信流の宗家は三人おられますが、そのいずれの道場、いずれの宗家の下で修業を積んでいたなら、私が目指す古流英信流の再現には辿りつく事が出来なかったと思います。

何かと軽んじられる亜流ですが、亜流には亜流だからこそ、本家本流に流されたり影響を受けることなく、墨守することができた理合と術理、口伝が残っており、宗家が代替わりする度に、非実戦的な形改編を重ねて来た本家本流とは違う物があるのです。

 

四回に分けて修心流誕生のいきさつを記述しましたが、全文をご拝読下さった方に感謝。

そして、修心流誕生に至る経緯を作ってくださった、吉岡早龍師、対立していた龍心館の一部の門下、袖を別ったS流M氏、私を精神面、金銭面で追い込んだMさん、修心流一番弟子となられた大喜多さん、本部道場開設のきっかけを作ってくださった二番弟子の細木さん、その他私に関わってこられた全ての方に、感謝の意を述べます。

私との関わり方がどうであれ、皆様との関わりがあったからこそ、今の私と修心流居合術兵法は存在します。

また、これまで散々女性問題で苦労をかけてきた妻にも、「ありがとう。」

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