濃州住村山兼俊作之
– Noshu ju Murayama Kanetoshi –
http://nihontou.jp/choice03/toukenkobugu/katana/703/00.html
本名村山喜之一。明治36年生まれ。岐阜県加茂郡富田村羽生住。元陸軍受命刀匠で国工院会員名誉宗匠も務めた昭和初期の関の名工。陸軍受命刀匠として利刀を鍛えました。
兼俊の作品は地刃の美はさることながら、その斬れ味にも定評があり、聖代刀匠位列に於いては上工の列、大業物の位を得、大戦前夜・軍刀展刀匠第1部に於いては第二席、準国工の栄誉を得ています。
昭和13年5月には「関刀剣株式会社」の専属刀匠となり、丹羽兼信・丹羽兼延・交告兼上・土岐亮信・村山兼俊らの専属刀匠が鍛錬した昭和の名刀は、専属研師20名にて研磨され、それを約100名に及ぶ従業員達が外装を手がけ、大部分は軍部に納入されましたので、一般の注文には応じきれない状況だったと言われています。
この刀は古式鍛錬法にて鍛え上げられた軍刀で、特筆すべき疵欠点無く、尖り互ノ目が覇気溢れる刃取りを形成し、地景顕著に見られ、刃中の働きも豊かに、尖り互ノ目丁子を交えた力作です。是非とも美術観賞用研磨を施していただき、兼俊の地刃の冴えをお楽しみ頂きたく思います。
附属の陸軍九八式軍刀拵は保存状態良く、石突金具の桜花模様も擦れることなくしっかりとしており、鉄鞘には目立った凹みもありません。
裸身重量781グラム。 拵に納めて鞘を払った重量1,164グラム。
突然に失礼します事を御許し下さい
私は沖縄県に住んでおります、宮城といいます。私の親戚がアメリカに居るのですが、その者が日本刀を所持しておりまして、刀の持ちてに『濃洲住魚光』か『濃洲住無光』(魚か無か判別難しいので)が刻まれてるようで、刀の背景を調べて欲しいと要請があり、不肖ながらネットで挑戦しましても辿りつけません。失礼とはおもいましたが、前三文字が似ていらっしゃる方なら、糸口に辿りつけないかと、この用なメールを送らせて頂きました。ご教示お願い出来ませんでしょうか、宜しくお願い致します。
魚に見える文字は「兼」ですので、銘文は「濃州住兼光」となります。