刀 無銘(弥門直勝) ~直胤の高弟、初代次郎太郎直勝の子、二代弥門直勝の細身で上品な一刀!出来頗る良し!! 店主町井勲監修にて拵新調致しました!!~

無銘(弥門直勝)
– Mumei (Yamon Naokatsu) –
 
大慶直胤の高弟であった初代次郎太郎直勝の子で、天保6年(1835)に生まれ、初銘を直好と刻し、文久2年(1862)から直勝と銘切りました。江戸下谷に住し、明治17年3月31日に50歳にて没しました。
 
この刀は、小板目肌が細かく詰んだ精美な鍛えに、地沸微塵に厚くつき、地景細かによく入り、刃文は匂口明るく冴え、焼幅広く、互の目に丁子や角がかった刃を交じえ、華やかに乱れ、足長く頻りに入り、逆足・葉を交え、匂深く、総体に金筋や沸筋、砂流しが顕著に現れ、地刃共に実に明るく冴えた作品です。
現状では大きく磨り上げられていますが、うぶの姿を想像するに、反り深く、古い太刀を模した上品且つ力強い姿が浮かばれます。
うぶ在銘で裏年紀もあればなかなか手が届かない直勝ですが、大磨上無銘であればコレクションに加え易い価格で御入手可能です。銘より上の出来で刀を楽しまれる玄人にはうってつけの名刀。手持ちのバランスも非常に良く、非力な女性や少年の武用刀としても最適な一刀です。是非この機会にお求めください。
尚、附属の拵は、店主町井勲監修の下、新たに新調致しました。鐔がやや薄手につき、将来、所有者の好みで鐔を交換されることがあった時のために、敢えて切羽を一枚多めに組み上げております。
 
裸身重量568グラム。  拵に納めて鞘を払った重量806グラム。

刀 南紀住藤原國光 ~南北朝時代の大磨上物を見るかの如し!刃中の働き豊かで見応えある一刀です!~

南紀住藤原國光
– Nanki ju Fujiwara Kunimitsu –
 
南紀國光は、名を三崎太郎と称し、紀州徳川家の御抱家治として和歌山城下で鍛刀していた刀工で、江戸の四谷でも鍛刀しました。
 
この刀は元幅が狭く、先の方で反りやや付いて大切先。ぱっと見た感じでは南北朝期の大磨上に見紛う体配をしており、小板目杢交じりの地鉄がよく練れ、少しく肌立って地景入り、刃文は匂口明るく、広直刃調の刃取りに小乱れを焼き上げており、足、葉頻りに入り、金筋現れ、砂流かかり、指裏は刃文を二分し、互ノ目が球状に連なったような特異な働きを見せ、鋩子は表は直ぐ調にやや乱れごころに変化を見せ、先小丸に返り、裏も直ぐ調に小さな互ノ目を交えて先突き上げるように小丸に返る。
現状でも地刃の鑑賞は可能ですが、相対的に曇った感じの薄錆がありますので、研磨の上お楽しみ頂きたく思います。未鑑定品につき銘の真贋保証はございませんが、仮に銘がダメだったとしても、刃長と出来口を顧みれば決してお高くはございません。
※指表中央よりやや下の刃縁と、表の物打よりやや下の刃縁に鍛え疵が在ります。
当店にて研磨工作並びに保存刀剣鑑定代行を御依頼頂いた場合に限り、審査不合格の場合は審査料金を御返金さしあげます。
 
裸身重量659グラム。

刀 無銘(伝 直勝) ~簡易武用拵制作可能!疵気無い綺麗な一刀です!~

無銘(伝 直勝)
– Mumei(Den Naokatsu) –
 
 
大慶直胤の門人であった次郎太郎直勝は、後に直胤の養子となり、上州館林の秋元家に仕え、江戸下谷に住しました。はじめ上総太郎といい、後に次郎太郎と称しています。
直勝は、一門で直胤に次ぐ実力者であり、その作風は大別すると、相州伝と備前伝があり、特に古作の兼光の作柄を範とした備前伝には、直胤以上に優れたものが見られます。
 
この刀は元先の幅差頃好く開いて切先やや延びごころ。小板目柾流れの地鉄がよく練れて詰み、地沸ついて細かな地景入り、刃文は小沸本位の直刃で匂口締りごころ。刃縁にやや大粒の沸が絡み、鋩子は表裏共に直ぐに先丸く返っています。
手持ちのバランスも良く、手元重心なので、拵に掛ければ更に扱いやすくなることでしょう。既製品の鞘に納まりますので、安価にて簡易武用拵を誂えることが可能です。
 
裸身重量830グラム。

相模國住靖要作 昭和四十八年五月吉日 ~誉れ高き靖国刀匠の作品~

相模國住靖要作 昭和四十八年五月吉日 ~誉れ高き靖国刀匠の作品~
相模國住靖要作 昭和四十八年五月吉日
– Sagami no kuni ju Yasuaki –
 
本名、増田要。大正4年1月10日栃木県生まれ。神奈川県茅ヶ崎住。元東京九段靖國神社内日本刀鍛錬会刀匠、昭和19年元陸軍大臣杉山大将より「靖要」を受銘した靖国刀匠12人の1人で、靖國神社奉納刀、陸海軍の軍刀を鍛錬しました。戦後は昭和28年より作刀を再開し、新作刀展では優秀賞を含む数々の賞を16回受賞しています。
 
この太刀は元先の幅差頃好く開き、切先やや延びごころ。太刀としては反り浅目で、打刀として用いることができる姿。地鉄は小板目が良く寝れて詰み、地沸付いて地景入り、刃文は匂口明るい直刃調小乱れで、刃中には足が頻りに入り、細かな砂流がかかり、一際長い金筋が見られ、鋩子は表裏共に直ぐに先丸く返っています。
惜しいことに佩裏はばき上2cmほど上の刃縁に小さな鍛え疵があります。それ以外は研磨状態も悪くはなく、美術鑑賞刀としても、武用刀としても申し分ない出来口を誇る一刀です。
 
刀心ならではのお得な分割でのお支払い方法もございますので、どうぞお気軽にご相談下さい。
 
裸身重量828グラム。

刀 肥前國忠吉(八代) ~肥前を代表する名門忠吉家!その中でも後代中の名手と名高き八代の作品です!~

肥前國忠吉(八代)
– Hizen no kuni Tadayoshi(8 Gen) –
 
八代忠吉は佐賀藩士古川家の子として生まれ、七代忠吉の養子になり、橋本新左衛門と称しました。忠吉家の中でも初・二代・三代に次ぐ良工と評され、佐賀藩が嘉永3年(1850)に大砲の鋳造に着手した際には、御鋳立方を任じられ、佐賀藩の近代化にも重要な役目を果たすなど、鉄の鍛錬技術に並々ならぬ高い技術を持った名工で、安政6年(1859)に59歳で没しました。
 
この刀は元先の幅差さほど開かず、切先延びた堂々たる体配で、地鉄は小板目肌よく錬れて細かな地景が入り、地沸付き、刃文は小沸出来の直刃を主調とし、処々に互ノ目を交え、、刃中足入り、鋩子は直ぐに先丸く、掟通りに一文字に綺麗に纏められています。
 
故人間国宝、藤代松雄氏による正真鑑定書が交付されていますが、「忠」の字の第五画の鏨の向きが、常に見る作品とは異なるところが気になります。そのため日本美術刀剣保存協会での審査合格無保証としまして、お求め易い価格でご紹介致します。
 
裸身重量859グラム。

刀 成就 ~二尺五寸超で堂々たる体配が印象的な越中の刀工の作品です!「成就」と縁起良い銘も魅力的!~

成就
– Naritomo –
 
成就は越中の国で江戸後期安政頃に活躍した刀工です。
 
この刀は元先の幅差頃好く開き、中切先延び、茎長く、表裏に刀樋を掻き通し、身幅、重ね、共にしっかりとした造り込みで、地鉄は小板目に杢が交じり、よく練れ、黒く地形入り、厚く地沸が付き、刃文は匂口明るく冴えた湾れ調子の刃文に互ノ目を交え、刃中には金筋や稲妻が看守され、足入り、細かな砂流交え、殊更指表の物打辺りには大振りの食い違い風の刃が見られ、鋩子は表裏共に直ぐに先丸く返り、美術鑑賞刀として申し分ない出来口を誇っています。
成就は「じょうじゅ」とも読むことが出来ますので、これから起業される方を始め、勉学等、何かしら目標に向かって励まれておられる方には、縁起担ぎとしてもお薦めの一刀です。
※物打に極小の刃毀れがあります。
 
表示価格とは別に、大変お得な残価設定型価格もご用意出来ます。お気軽にお問い合わせ下さい。
 
裸身重量881グラム。

越州敦賀住藤原下総守宗吉 ~典型的な慶長新刀体配~

越州敦賀住藤原下総守宗吉 ~典型的な慶長新刀体配~
越州敦賀住藤原下総守宗吉
– Esshu Tsuruga ju Fujiwara Shimousa no kami Muneyoshi –
 
宗吉は慶長頃の越前国敦賀の刀工で、『日本刀銘鑑』によれば、永享の越州敦賀住宗吉、大永の敦賀住人宗吉作があり、慶長宗吉の後、正保頃の敦賀住藤原宗吉(越後守)と続いています。
 
この刀は元先の幅差目立っては開かず、切先延びた慶長新刀の特徴をよく表した作品で、身幅重ね尋常。鎬高い造り込みで抜けの良さを感じさせる豪壮な一振りです。地鉄は板目がよく練れて肌立ち、地景入り、粕立つところが見られ、刃文は小沸出来の直刃調の刃取りに湾れを交え、金筋入り、砂流かかる。鋩子は直ぐに先丸く返る。
茎はうぶですが、茎反りを抑えるために茎の棟を磨っており、こうした茎棟の形状変更は古作に多々見られるため、勿論完全なうぶであることに越したことはありませんが、この程度ですと欠点の内にも入りません。
力強い慶長新刀姿を堂々と誇る本刀は、刀剣の姿変遷を学ぶ上において、慶長新刀を研究するにはもってこいの好資料として価値高い優品です。
 
裸身重量772グラム。

刀 法華三郎信房(初代) ~宮城県重要無形文化財・無鑑査刀匠! 町井勲監修の武用拵新調済!!~

刀 法華三郎信房(初代) ~宮城県重要無形文化財・無鑑査刀匠! 町井勲監修の武用拵新調済!!~
法華三郎信房(初代)
– Hokke Saburo Nobufusa(First Gen) –
 
高橋昇。明治42年5月15日生。信房氏は歴代刀工、仙台藩の最も優れた刀匠であった山城大掾国包の流れを継ぐ九代半蔵国包(宝歴13年・1763年没)に学び、信房(七代目)の作風備前伝を継ぎました。
初名を景房と名乗り、後に大和伝保昌派の作風の復元に成功して信房と改めました。昭和39年新作美術刀剣展に大和伝を出品し入賞。昭和41年12月には、日本刀鍛錬技術保持者として宮城県指定重要無形文化財の指定を受け、昭和56年には現代刀匠の最高位である無鑑査の認定を受けました。切れ味優れると評判も高く、系統も由緒正しき刀匠です。
 
元先の幅差頃好く開き、中切先延びごころ。反りやや浅めで斬撃に適した実用重視の体配。地鉄は小板目杢交じりで刃寄り流れて地沸がつき、地景入り、刃文は青江に倣った匂口明るく冴えた逆がかった互ノ目乱れに互ノ目丁字を交え、足よく入り、刃中には金筋が見られ、細かな砂流も看取され、鋩子は直ぐに先丸く返っており、初代法華三郎信房の高い技量を遺憾無く発揮した優刀です。
 
附属の拵は町井勲監修の下製作しました武用拵で、柄の芯出し、柄と刀身の芯合わせ等、一切の妥協と他の追随を許さぬ造りになっています。鞘を払って構えてみると、手元重心で扱い易さを感じさせます。是非この機会に町井勲監修武用拵付き初代法華三郎宣房の出来良い一刀をお求め下さい。
 
裸身重量764グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,005グラム。

刀 坂一貫齋繁綱作 平成十三年七月吉日 ~手元重心でバランス最上!!非力な方や女性にも楽々と片手で扱える居合形稽古主眼に鍛えられた一刀!~

坂一貫齋繁綱作 平成十三年七月吉日
– Saka Ikkansai Shigetsuna –
 
本名、坂三郎。昭和21年11月生まれ。酒井一貫斎繁政の門人となり備前伝を修得する。埼玉県大宮市今羽町在住。鍛錬場は比企郡ときがわ町。入選多数。
 
この刀は元先の幅差頃好く開き、表裏に刀樋を掻き流し、小板目杢交じりの地鉄に互ノ目主調の乱れを焼き上げ、互ノ目丁字や丁字刃を交え、刃中足よく入り、金筋入る。鋩子は横手で互ノ目または互ノ目丁字を焼き込み、先直ぐ調に返りは焼詰風に短く返る。
 
附属の拵は柄にがたつき一切無く、鯉口も削れが無く、実にしっかりとしています。居合形稽古を主眼に鍛えられた一刀で、手にした時にバランスの良さは絶品。手持ちが非常に軽く、年配者や非力な女性の方にも楽々と片手操作を楽しんで頂ける一刀です。指裏のはばき上の樋の中に鍛え疵がありますが、純然たる居合形稽古刀としてお使い頂く分には支障ありません。目立たなく直すことも可能です。
 
裸身重量648グラム。  拵に納めて鞘を払った904重量グラム。
 

為坪川信三先生源秀宗入道 昭和二二十八年八月 ~建設大臣を務めた坪川信三氏による特別註文の豪刀~

為坪川信三先生源秀宗入道 昭和二二十八年八月
為坪川信三先生源秀宗入道 昭和二二十八年八月
– Minamoto Hidemune Nyudo –
 
身幅広く、重ね厚く、がっちりとした豪壮な一刀。元先の幅差頃好く開いて中切先やや延びごころ。地鉄は小板目よく練れて総体に柾がかり、地沸付いて精美。刃文は匂口明るく冴えた互ノ目丁字乱れで、刃中には足が頻りに入り、長い砂流が幾重にも、あたかも砂流の如く現れ、鋩子は表裏共に直ぐに先丸く返っています。需銘が切られていることからも察せられるように、政治家、坪川信三氏による特別な註文に応えての力作であり、特筆すべき瑕疵も無く、古研ぎながらも凛としており、現状のままでも美術鑑賞刀としても楽しめる作品です。
※はばき上の棟に錆があります。
 
附属の拵は柄にがたつきも無くしっかりとしており、また、鞘を払って構えてみると、手元重心でバランスが良く、身幅や重量の割に軽く感じられ、扱い良さと刃味の鋭さを感じさせます。居合の稽古にもさることながら、刃筋確認試斬稽古にも適しています。
実用兼美のがっちりとした作品をお探しの方、見逃さないで下さい。
 
坪川信三(1909年11月13日~1977年11月20日)は、日本の政治家(元福井市長、自由民主党衆議院議員)。福井県出身。1959年5月、第11代福井市長。1968年11月、建設大臣(第2次佐藤栄作内閣)。1972年12月、総理府総務長官、沖縄開発庁長官(第2次田中角栄内閣)を務めた。
 
裸身重量914グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,117グラム。