実はこれまで、私は観光客向けに行われる侍体験なるものに対し、非常に無関心であり、むしろそう言った企画に対して否定派の立場にありました。
殊更観光客や素人に真剣を握らせ、畳表を斬らせる試斬体験なるものに対しては、全面的に否定する立場でした。
しかし、ここ最近の天心流兵法との論戦の中で、観光客や素人に私自ら正しい作法と刀剣マナーを啓蒙拡散すべきなのかもしれないと思うようになった次第です。
この私の思考の転換を、揚げ足をとる方は格好の餌とし、
「町井は言ってることとやってることが違うじゃないか。」
と面白おかしく吹聴するかもしれません。ましてや
「天心流の二番煎じ始めた。」
などと心無いことを言うのかもしれません。
正直、観光客を相手に居合術体験のお話を頂いた際には最後まで気乗りしませんでした。
そして居合術体験初日。
侍の真似事ができればなんだっていい! そう思っている旅行者が殆どだと思っていた私ですが、思いの他熱心に受講される姿に感銘を受けました。
「私が伝えたいのは居合術であって、侍の真似事ではありません。」
開口一番そう発した私に対し、受講された外国人旅行者の方は、逆に眼を輝かせてくれました。
居合術体験なのに刀を握らせてくれない。面白くない。
そんな言葉が出るのではないかと思っていたのですが、その期待を大きく良い意味で裏切って下さった受講者の皆さん。
股関節の抜きとはどういうものか、それぞれに遠慮なくかかってきていただき、それをさっといなして見せると、恰幅の良い長身黒人の方が、とても嬉しそうに眼を大きく見開き、何が起きたのか? 何をどうしたのか? 質問されました。
女性外国人の方も、私が「腰の捻りと股関節の抜きは、似て全く非なるものです。」と説明したところ、
「その違いを知りたいので、先生の腰に手を当てさせてください。」
と申し出てこられるなど、皆さん積極的に学ぼうとされました。
海外の番組で私を見たことがあると言う黒人の方、私のファンだと言われ、
「まさか京都旅行で町井先生直々にご指導をいただけるなんて思っていませんでした。観光客向けの侍体験程度に考えていたのに、本当に素晴らしい体験が出来ました。」
と喜んで下さり、講義終了後も色々とご質問を頂きました。
そこで私は通訳の力を借りて、正しい刀剣のマナーを伝え、特に杖太刀については絶対にしてはいけない無作法であることをお伝えしました。
彼らが自国に戻られ、私から教わった知識を友人に語り、更にその友人が他の友人に語り、そうやって天心流が広めようとする無作法を抑制することが出来れば、私は目的を達することができます。
天心流が焼鳥屋の中で殺陣ショーを披露し、それを見に来る外国人や素人と、杖太刀姿で写真を撮る一方で、私は京都を中心に、正しい知識と作法を自ら伝えて是正していく。
昨夜も二回目の居合術講習会を行いましたが、皆さん刀を杖太刀なさっていたので、開口一番
「皆さんは幕末の侍が刀を杖のように構えて写っている写真をご覧になったことがあるでしょう。しかし、それらは写真家の求めに応じてとられたポーズであると考えられ、武士や侍達は普段、刀(刀の鞘)を杖のように地面につけることはありませんでした。それは数多く遺されている刀の鞘尻(こじり)を見れば一目瞭然です。杖太刀は刀に対する無作法。こうして私とであった皆さんは、どうか正しい知識をお土産に持って帰ってください。」
と挨拶したところ、
「Oh! Sorry.」
と言って皆さんそれ以降杖太刀することはありませんでした。私にとってとても嬉しい出来事でした。
肝心の居合術体験も非常に熱心に受講され、ここでも再び
「観光客向けの侍体験ではなく、本物の侍体験ができた。本当にありがとう。」
と感謝の言葉を多々頂戴しました。
観光客向けにあちこちで繰り広げられる、眼を覆いたくなるような試斬体験。
侍体験という大義名分を掲げて手っ取り早い金儲けを目論む主催者達。曲げられ、傷められる刀を減らすためには、頑なに拒否してきた試斬体験会そのものの中で、
「刀が如何なるものか? 士達は刀にどのように接してきたのか? 正しい刃筋の立て方と刀を傷めない試斬稽古の仕方。」
を私自ら手解きし、広く海外の方へ発信して行くのが最良の方法なのかもしれないと感じてきました。
京都までの移動時間、拘束時間を考えると、採算はあわないのですが、私と柳原、長男と次男の四人で当番制をとり、可能な限り一人でも多くの方に、正しい知識と作法をお伝えして行きたいと思います。
この居合術体験は海外からの旅行者だけでなく、国内に住む方、京都在住の方にも勿論受講頂けます。
ご興味をもたれた方はお気軽に御連絡下さい。※試斬体験は今のところ行っておりません。将来的には受講者の技量を見定めた上で、刀を曲げない振りが出来ている者にのみ体験頂くことを行うか、只今検討中です。勿論使用するのは古い刀ではなく、現代刀を用いることになるかと思います。
昨日の居合術体験に補助として同行した私の長男(修心館大阪北道場長)
同じく指導補助として同行した本部道場主席指導員、柳原