源天秀鍛之 ~市場初登場 旧家うぶ出し刀 上研磨済~

源天秀鍛之 ~市場初登場 旧家うぶ出し刀 上研磨済~

源天秀鍛之
– Minamoto Amahide –
 
福本天秀は、株式会社関日本刀鍛錬所に所属した刀工で、一文字天秀と名乗りました。活躍したのは昭和前期で、数多の軍用刀身を鍛え、その強靭さと刃味には定評があり、聖代刀匠位列に於いては、上工の列、大業物関脇格に列しています。
 
この刀は常に見る天秀の銘に比して、銘が間延びし、鏨に力強さが感じられず、鑢仕立てにも化粧がかかっていない点などから察するに、自身銘または若打ちの作と思われます。
重ねがっちりとした造り込みで、地鉄は変わり鉄を交えて小杢目鍛えとし、よく練れて肌立ち、地景随所に見られ、匂口明るく冴えた直刃を焼くも、表と裏では趣を異としており、表は尖り互ノ目を一つ交え、極めてよく締まった匂口が二重三重と重なり、微細な小湾れが看取できます。裏はふわりとした匂口で仕上げ、途中に節を一つ交え、細かな金筋を交えています。
 
兵庫県下の旧家からお譲り頂きましたうぶ品で、当店にて美術鑑賞用上研磨を施しました。市場に出るのは今回が初の目垢が付いていない御刀です。研ぎ上がったばかりの清々しい地刃を存分にお楽しみ下さい。本鍛錬刀ですので、保存刀剣鑑も是非御受審なさってください。
 
裸身重量761グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,125グラム。

忠吉 ~初心者入門用に!~

忠吉 ~初心者入門用に!~

□吉(忠吉)
– Tadayoshi –
 
元先の差が開いた上品な体配。地鉄は小板目肌良く練れて詰み、刃文は匂口明るい中直刃。刃縁に小沸が付き、食い違い刃や金筋を交える。
忠吉銘に関しましては真贋保証致しかねますので、出来の良い無銘刀としてお求めください。
銘を潰して無銘にされた上で保存刀剣審査の御受審をお薦め致します。
 
裸身重量644グラム。

 

藤原寿命 ~三本杉風の焼刃冴えた一刀~

藤原寿命 ~三本杉風の焼刃冴えた一刀~
藤原寿命
– Fujiwra Toshinaga –
 
大和系鍛冶が美濃に移り派生したと伝えられる寿命。幕末まで長く栄えた一派として著名です。刀剣界では“じゅみょう”と呼称されていますが、“としなが”と読むのが正しいようで、現存する作品の中にも“寿命トシナガトヨムベシ”と銘切った作品があったと記憶しております。 寿命と言う名に縁起良さを見出した武士達により、寿命の刀は祝賀の席での指料として、また、武家間での贈答品としても好まれました。
※特に贈答には長物が好まれたと言われ、“長い寿命”と験を担いでのことだそうです。
 
この刀は、反り程良い上品な姿で、地鉄は地沸がよく付いて無地風となり、匂口明るく冴えた互ノ目を尖り三本杉風に焼き上げています。
製作年代を江戸末期から昭和初期を幅広く記載致しましたが、銘の切り方や中心仕立てを見るに、昭和の加藤寿命とは異なるように見受けられます。詳細な製作年代の判別につきましては、専門の鑑定機関にて鑑定を受けてください。
白鞘と継木が附属しておりますので、刀剣趣味初心者の方には、刀身の入れ替え作法習得にも一役買ってくれる一刀です。
 
裸身重量800グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,092グラム。

長州住藤原清重 ~地刃冴えた周防の名刀~

長州住藤原清重 ~地刃冴えた周防の名刀~
長州住藤原清重
– Choshu ju Fujiwara Kiyoshige –
 
周防国二王派は、保延頃の清真、または清平を祖として始まると伝えていますが、確実な遺作は確認されておらず、今日では清綱を事実上の祖としています。
清綱の現存する作例では「文永二年三月 清綱」と書き下し銘のある太刀が厳島神社に存在し、次いで建武二年紀の「防州玖珂庄清綱」銘の短刀が知られ、以後同銘は室町時代まで連綿と続いています。
周防国には東大寺などの寺領が多く存在し、二王派の作風に大和色が強いのは、大和本国との交流によるものと考えられており、二王の名の由来については諸説あるものの、周防国の仁王堂が火事に遭った時、仁王像を繋いでいた鎖を清綱の太刀で断ち切って、仁王像を救い出したことに由来するとされるものが通説となっています。
 
二王清重の工銘は室町時代に始まり、戦国最盛期を経て江戸時代前期寛文頃に栄え、幕末まで継承されており、直刃の穏やかな出来であることが特徴。
 
この脇指は、元先の差が開いた優しい姿で、柾目主体に小板目が交じり、地沸が付いた精美な地鉄に、匂口明るく冴えた直刃を焼き上げ、まさに清重典型作と言える出来口を示す名脇指。刃区の欠けだけが、ただただ惜しまれますが、普段ははばきで隠れる箇所ですので、さほど気にはなりません。
※特別保存刀剣鑑定書は日本美術刀剣保存協会より当店へ到着次第お届け致します。
 
裸身重量567グラム。

於有珠山麓堀井信秀作 昭和五十三年戌午歳二月吉日 ~上研磨仕上がったばかり~

於有珠山麓堀井信秀作 昭和五十三年戌午歳二月吉日 ~上研磨仕上がったばかり~
於有珠山麓堀井信秀作 昭和五十三年戌午歳二月吉日
– Oite Usu sanroku Horii Nobuhide –
 
本名、堀井正光。大正9年、北海道室蘭市に刀工、堀井俊秀(秀明同人)の長男として生まれました。父であり、鍛刀の師でもあった堀井俊秀は、戦艦三笠の砲身の残鉄を加えて鍛えた「三笠刀」の作者としても著名で、近代を代表する名工。
昭和9年、室蘭市公立尋常高等小学校卒業後、父である俊秀が初代刀匠を務める日本製鋼所室蘭製作所に就職し、鍛刀の業を修行、鋼の研究を行いました。昭和51年、日本製鋼所退職後に有珠山の麓である伊達市竹原町に鍛錬所を構え、作刀に専念しました。
昭和50年、室蘭市文化連盟芸術賞、平成4年、北海道文化財保護協会創立30年記念特別表彰、北海道文化財保護功労者賞、勲五等瑞宝章など受賞。平成13年3月23日に81歳で没しました。
 
この太刀は、身幅広く、重ね厚く、切先やや延びた豪壮な姿に、地鉄は杢目肌が良く練れて詰み、地沸付き、匂口明るく冴えた丁子乱れを巧みに焼き上げた、福岡一文字に私淑した優作で、足よく入り、淡く砂流が随所に見られます。
当店にて美術鑑賞用上研磨を施しました。研ぎ上がったばかりの清らかな地刃の冴えを存分にお楽しみください。
 
裸身重量960グラム。

駿州伊佐布住岡屋五郎國貞造之 應剣持源貞幸需北龍不動清水以明治三年二月吉日 ~特別注文による新々刀の名作~

 駿州伊佐布住岡屋五郎國貞造之 應剣持源貞幸需北龍不動清水以明治三年二月吉日
駿州伊佐布住岡屋五郎國貞造之
應剣持源貞幸需北龍不動清水以明治三年二月吉日
– Sunshu Isabu ju Okaya Goro Kunisada –
 
岡屋五郎國貞は幕末から明治初期にかけて駿府で活躍した刀工で、彼が生きた時代背景もあり、現存する作品が少ないため、刀剣界ではその名を耳にすることは極めて稀ですが、腕の良い刀工です。
 
この刀は剣持貞幸なる人物からの特別な注文により、北龍不動尊の清水を用いて鍛錬された入念作。地鉄は柾目主体に小板目を交え、よく練れて詰むも少しく肌立ち、刃文は中直刃調に浅く湾れ、匂口明るく冴え、刃縁には砂流が盛んにかかって、あたかも波打ち際の砂紋を見るが如き美しい情景を呈しています。
静岡県にお住まいの方へ、希少な郷土刀として是非とも本刀を末長く愛でて頂きたい一刀です。
 
裸身重量966グラム。

包真 ~手掻派の名工による皆焼がかった見事な一刀~

包真
– Kanezane –
 
大和手掻派は、東大寺の西の正門である碾磑門の外辺に居住して作刀したことからこの名があるといわれています。包永を祖とし、鎌倉時代中期から室町時代末期に及んで活躍しており、室町時代のものは「末手掻」と称されています。
包真は南北朝期~室町期に渡り数代続いた刀工で、手掻本流の優工です。
 
この刀は寸短めで、所謂片手打と称される室町中期の体配を、うぶの姿のままとどめており、延びた切先が鋭さを感じさせて力強く、小板目肌がよく練れて詰み、匂口明るく冴えた互ノ目丁子乱れは、鎬に向かって暴れ、飛焼盛んに交えて皆焼がかり、刃中には金筋や砂流が顕著に現れ、荒沸が付くなど躍動感溢れる出来口を示す、同工屈指の名作です。
現状でも観賞に支障は全くございませんが、出来が良い一刀だけに、上研磨を施した上で特別保存刀剣審査を御受審頂きたく、研磨代を考慮した価格で御案内致します。
大和本流の名品を是非この機会にコレクションにお加えください。
 
裸身重量825グラム。