平久守

平久守
平久守
– Taira Hisamori –
 
豊州高田派は、豊後国高田地区(現大分市鶴崎近辺)で栄えた刀工一派で、古刀期の作に平姓を銘切るものが多いことから、それらを平高田と称し、新刀期以降は藤原姓を銘切るようになったことから、藤原高田と汎称します。 古来より実用刀としての評価が高い一派で、武用刀として数多の武将に愛用されました。
 
久守は室町中期の明應頃に活躍した平高田派の刀工。
この刀は杢目肌柾強く淡く乱れ映りが総体に立ち、中直刃基調に湾れや互ノ目、丁子を交えて細かく乱れ、刃縁には砂流が随所に現れています。
 
裸身重量813グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1106グラム。

源来次人正則 ~銘鑑漏れ刀工? 合作銘?~

源来次人正則 ~銘鑑漏れ刀工? 合作銘?~
源来次人正則
– Minamoto Rai Tsuguhito Masanori
 
初見の銘につき詳細不詳。源来次人なる刀匠と正則なる刀匠の合作であろうか。今後の研究に期待。
 
変わり鉄を混ぜた杢目鍛えで肌は良く詰んでチリチリと縮緬状を呈す。刃文は互ノ目乱れで匂口は沈み、刃肌に絡んで砂流や金筋をはじめ、複雑な変化に富んだ出来口。当店にて上研磨を施しましたので、清々しい研ぎ上がったばかりの地刃の冴えを存分にお楽しみ頂けます。
 
附属の拵は鞘に凹みや擦れ傷が見られるも総体に保存状態は良く、切羽や鐔もすり替えられることなくうぶのままであることが大変貴重。目貫は表裏共に同方向であることから、羽と胴を笹であしらった笹雁紋またはその変形紋であることが窺い知れ、この刀を所有していた士のルーツを探ることができそうです。後世に現状のまま伝え遺して頂くべく、刀身と共に拵も保存刀剣鑑定受審をお薦め致します。
※初見の銘につき保存刀剣鑑定合格保証は致しかねます。
 
裸身重量646グラム。  拵に納めて鞘を払った重量914グラム。

肥前國正次 昭和五十三年七月日

  肥前國正次 昭和五十三年七月日
肥前國正次 昭和五十三年七月日
– Hizen no kuni Masatsugu –
 
本名、田口喜一。佐賀県唐津市にて槌を振るった元元陸軍受命刀匠。陸軍々刀技術奨励会入選、金賞海軍大臣賞受賞。戦後も刀剣を鍛え、努力賞、奨励賞等を受賞。輝かしい名声を得た昭和の名工です。
 
この刀は杢目肌良く練れて少しく肌立った地鉄に地景交え、刃文は互ノ目丁子を焼き上げて、足や葉、砂流等、刃中の働き豊かな出来口。附属の拵は時代物の縁頭を用いています。
柄糸に痛みがありますが、素人による簡易補修がなされているため、すぐに巻き替えなくともお使い頂けます。ご希望の方には柄を巻き直してお納め致します。
※正絹柄巻20,000円。革柄巻25,000円。いずれも税別。その他再研磨等ご要望ございましたらお気軽にどうぞ。
 
裸身重量641グラム。  拵に納めて鞘を払った重量868グラム。

無銘(山城大掾國次)

無銘(山城大掾國次)
無銘(山城大掾國次)
– Mumei(Yamashiro daijo Kunitsugu) –
 
國次は越前下坂派の刀工で三代まで続く著名工。この刀は無銘ながら体配から鑑て二代國次の作と鑑せられます。
二代國次は名を甚助と言い、寛永六年に山城大掾を受領。中心に菊紋を切り、江戸・信濃松代でも刀を鍛えました。寛永六年には初代國次が没しているため、山城大掾受領も二代襲名にともなってのことかと思われ、寛永、正保、慶安、承応、明暦と、江戸前期に活躍しました。
 
本刀は反りやや深めの優雅な姿に、杢目肌良く練れて刃縁柾が強く、匂口明るく冴えた湾れ主調の焼刃には、刃縁よく沸づいて砂流が顕著に現れ、刃中にも変化に富んだ働きが随所に看取される美術価値高い出来口を示しています。
現状古研ぎで小錆も見られますが、地刃の観賞は可能。無銘ながらも出来良い一刀なので、是非とも上研磨を施し、白鞘に納めて御愛蔵頂きたい逸品です。
 
裸身重量711グラム。  拵に納めて鞘を払った961重量グラム。

無銘 ~地鉄精良なる一刀~

無銘 ~地鉄精良なる一刀~
無銘
– Mumei –
 
大磨上無銘ながらも、小板目良く練れて詰み、地沸付いた地鉄が精良。刃文は小沸本位の互ノ目乱れ。足・葉入り、金筋交え、見応えある出来口で価値ある一刀ですので、是非とも保存刀剣鑑定を是非御受審下さい。
元はかなり厚い鐔が添えられていたようで、現在では拵に組んだ際、柄とはばきの間に5ミリ程の隙間が空きますので、はばきまたは切羽の新調を御検討下さい。
 
裸身重量483グラム。  拵に納めて鞘を払った重量676グラム。

和泉守兼定 ~昭和26年福島県大名登録刀~

和泉守兼定 ~昭和26年福島県大名登録刀~
和泉守兼定
– Izumi no kami Kanesada –
 
延びた切先が鋭さを感じさせる。中心は江戸時代になってから中心反りを伏せ、更に斬撃に適したものに仕立て直しており、杢目肌良く練れた地鉄に互ノ目を焼き上げた作品。
附属の拵は保存状態も良好で、大名の所持品に相応しい卯の花色の気品ある柄巻きに、鞘は黒刷毛目塗り。縁頭に梅、目貫に松の図柄が用いられていることから、目出度い席でこの脇指が腰に添えられていた様子がうかがえます。
未鑑定品につき銘の真贋保証はございませんが、切羽もすり替えられることなくうぶの状態で残っている拵はとても貴重ですので、是非保存刀装審査を御受審頂きたく思います。
 
裸身重量321グラム。  拵に納めて鞘を払った重量504グラム。

助廣(初代) ~最上大業物 そぼろ助廣~

助廣(初代) ~最上大業物 そぼろ助廣~

助廣(初代)
– Sukehiro(First generation) –
 
初代助廣は播磨国津田(現、姫路市郊外)の出自と伝え、俗名を津田弥兵衛と言い、寛永初年(1624)頃に大坂に出て河内守國助に学び、正保4年(1647)師の没後に一家を成して常磐町一丁目に住しました。師伝の備前伝を得意とした新刀期屈指の名匠であり、生涯津田姓は用いず、藤原姓を名乗っており、『摂州住藤原助廣』、『摂州大阪住藤原助廣作』などと銘切りました。慶安元年二月吉日の年紀作には『そぼろ』、「明暦三年九月」には『於大坂そぼろ』の切付銘があることから、初代助廣を『そぼろ助廣』と呼称しているものの、その真意は不明で、晩年隠居直前の明暦元年8月から同2年8月(1655~56)頃に越前守を受領しています。
病弱のためか明暦年間(1655~57)と鑑せられる『越前守助廣』銘の作刀が僅かに現存しているものの、この頃から二代助廣の代作・代銘が多くなると云われています。
万治以降(1658~)は助廣の名跡を二代に譲り、作刀生活から遠ざかったと考察され、寛文3年(1663)11月16日歿しました。
業物位列(斬れ味の順位)では最高である最上大業物の地位を獲得しており、利刀を鍛える刀工としても名高く、人気の高い江戸前期の名工です。
 
この脇指は小板目が良く練れて詰み、地沸付いた精美な地鉄に、こずんだ互ノ目を匂口明るく焼き上げ、足よく入り、丁子刃交え、刃中には繊細な砂流や金筋を呈した作品です。
 
裸身重量593グラム。

肥前守藤原鎮忠

肥前守藤原鎮忠

肥前守藤原鎮忠
– Hizen no kami Fujiwara Shigetada –
 
豊州高田派は、豊後国高田地区(現大分市鶴崎近辺)で栄えた刀工一派で、古刀期の作に平姓を銘切るものが多いことから、それらを平高田と称し、新刀期以降は藤原姓を銘切るようになったことから、藤原高田と汎称します。
古来より実用刀としての評価が高い一派で数多の武将に愛用されました。
 
鎮忠は豊後高田派の流れを汲む刀工で、伊賀名張に住し紀伊でも作刀しました。荒木又右衛門伊賀越の仇討後、同荒木村荒木神社に鎮忠の刀が寄進されたことでも知られる刀工です。
 
この脇指は杢目肌柾流れて肌立った地鉄に、匂口明るく三つ一山に互ノ目を焼き上げており、刃縁盛んに変化を見せ、砂流が随所に看取される作品です。
現状は古研ぎで薄らと蜘蛛の巣が張ったような錆びが見られます。再研磨頂き大切に御所持頂きたいとの思いから、研磨代を考慮した低価格で御案内差し上げます。
 
裸身重量407グラム。  拵に納めて鞘を払った644重量グラム。

豊後住山城大掾藤原國平 ~白鞘・拵・継木付き~

豊後住山城大掾藤原國平 ~白鞘・拵・継木付き~

豊後住山城大掾藤原國平
– Bungo ju Yamashiro daijo Fujiwara Kunihira –
 
豊州高田派は、豊後国高田地区(現大分市鶴崎近辺)で栄えた刀工一派で、古刀期の作に平姓を銘切るものが多いことから、それらを平高田と称し、新刀期以降は藤原姓を銘切るようになったことから、藤原高田と汎称します。古来より実用刀としての評価が高い一派で数多の武将に愛用されました。
 
國平は主に江戸前期の寛文頃に活躍した刀工で、初銘を豊平と称し、義行とも銘切りました。
 
この刀は小板目杢交じりの地鉄が良く練れて少しく肌立ち、小沸本位の中直刃は匂口明るめでふわりとした柔らかい感じの焼刃を呈しています。
反りの浅い寛文新刀体配が流行した時代に於いて、この刀は反りがやや強く、昭和26年の大名登録刀であることから、特別な註文に応じて鍛えられた一刀であることが推測されます。
現状では極小の刃毀れや一部に小錆が見られるため、お買い上げいただいたお客様の手によって然るべき研磨を施して御所持頂きたく、保存刀剣鑑定書付きの真面目な一刀ですが採算度外視の破格値で御案内差し上げる次第です。
 
裸身重量767グラム。  拵に納めて鞘を払った重量991グラム。

武州住安家 ~現存数少ない下原一派安家の刀~

武州住安家 ~現存数少ない下原一派安家の刀~

武州住安家
– Bshu ju Yasuie –
 
武州安家は本国武蔵の国(東京都)下原一派の刀工で武蔵太郎安貞の門人と言われており、彼の生年など詳細は不明。今後の研究が期待されます。
 
この刀は反りの浅い典型的な寛文新刀体配で、小板目肌少しく肌立ち、鎬地は柾がかり、刃文は小沸本位の湾れ調の刃取りに互ノ目ごころの刃を交え、叢沸付き、物打には長い金筋が看取されます。
下原刀は華やかさに欠けるものが一般的ですが、これは実用刀としての価値を前面に強く出している為で、この刀も刃物としての利を追求した一刀と言え、本工安家は現存数少ない為希少です。
 
当店にて上研磨を施しました。研ぎ上がったばかりの安家の地刃の冴えを存分にお楽しみください。
 
裸身重量688グラム。