私の下で修行を開始してから約十年。
稽古を休むことなくしっかりと下積みを積んだ柳原君は、ここまで腕をあげることができました。
本気で打ち込もうとしたのに打ち込めなかったことに、我が門弟がここまで腕をあげたのかと、嬉しい気持ちでいっぱい。
動画の中でも思わず笑みがこぼれている私です。
TEL.072-759-6529
〒666-0004 兵庫県川西市荻原三丁目一番十六号
私の下で修行を開始してから約十年。
稽古を休むことなくしっかりと下積みを積んだ柳原君は、ここまで腕をあげることができました。
本気で打ち込もうとしたのに打ち込めなかったことに、我が門弟がここまで腕をあげたのかと、嬉しい気持ちでいっぱい。
動画の中でも思わず笑みがこぼれている私です。
私は上京するたびに、青木久先生のお世話になっています。
修心流をサポートして下さり、稽古場や私の宿泊先をご提供頂いています。
たまにご一緒に稽古もしたり、稽古後の夕食会を終えると青木先生宅で常に武術談義で華を咲かせ、お互いに己が得意とする業や理合を公開しあって、業を共有させていただいています。
私と青木先生のお付き合いが、公私共に親密であり、友情でつながっているのは、互いに共有する業の出典元を明確に公言しているからです。
青木先生は海外へのご指導も多く、頻繁にイギリスやヨーロッパ諸国に行かれますが、そこで指導される際に、私から教わった業に関しては、何一つ隠すことなく
「日本に修心流居合術兵法と言う流派があって、この業は修心流の町井勲先生から教えて頂いたものです。」
と門弟さん達に言われます。
私にとっては修心流居合術兵法の良い宣伝にもなるので、このように出典元を公言して頂けるのは本当にありがたいです。
勿論、私が門弟達に指導する際にも、
「今から稽古する業は、青木先生から教わった業です。」
と明確に出典元を述べた上で指導しています。
私はこうした明確に出典元を説きながら交流する姿こそ、武辺者の本来あるべき姿だと考えています。
私の元には剣道、空手、合氣道、少林寺等、他系統の指導者の方も学びに来られます。深くお付き合いを続けている先生方もおられれば、そうでない先生もおられます。
前者は青木先生同様に、門弟さん達にも修心流居合術兵法と私の名前を公言される方で、後者の場合は私がご指導さしあげた業を、修心流居合術兵法と私の名前を伏せ、ただただ剽窃するだけの方。つまり、私がご指導さしあげて身につけられた業を、あたかも自分自身が研究発展させて独自に習得したかのように振舞う方です。
私も人間ですので、そのような姿を垣間見ると、あまり良い気持ちにはなりません。自然とその方との距離を広げ、術理について尋ねて来られても笑顔で適当に返し、本質については何も語りません。
今、何故このような記事をブログに挙げるかと言えば、今朝方、英信流の初伝形七本目『介錯』を剽窃した他流派の動画を目の当たりにしたからです。
他流派の形でも稽古に良いと思えば取り入れる。その姿勢は素晴らしい事ですが、それをあたかも自流に数百年前から受け継がれているものとして世界に公開する姿には嫌悪感しか抱けません。
その姿はまるで日本の苺や蜜柑を剽窃する歴史捏造反日隣国と同じではありませんか。恥を知れ!と思うばかりです。
そしてそんな泥棒流派、嘘吐き流派の捏造歪曲を、真実を知らずに、いえ、知ろうともしない国内外の方達にもどかしさを感じずには居れません。
書籍出版にあたっても、出典を明確に記すことが当たり前の今の時代、流派に於ける稽古法や形についても、出典元を明確にした上で稽古して頂きたいと願って止みません。
年末年始とバタバタ慌しく過ごしており、年賀状作成は年が明けてからになってしまいました。
末っ子の三女結音(ゆのん)も、ヨチヨチと数歩歩けるようになり、彼女を見ていると心が癒されます。
本年も更なる高みを求め、技術向上に励みたいと思います。
皆様どうぞ宜しくお願い致します。
さて、昨年暮れに私が通っていた奈良龍心館の同門(現在は退会)が訪ねて下さり、道場の近況を伺いました。
私の居合の故郷とも言うべき吉岡道場は、4~5年前に土地建物が売りに出されたそうです。
寂しく思い、先ほど師範代の斉藤千代子先生にお電話差し上げたところ、吉岡先生は昨年1月13日に逝去されたと知りました。
ご子息が居られましたが、居合には御興味がないようで、後は継がれなかったとのこと。現在は中学校や公共の体育館をお借りして、斉藤先生と久佐野先生が指導を続けられ、龍心館の名籍は続いているとのこと。
斉藤先生には私の近況を御報告差し上げ、またお会いしましょうと、懐かしいお声を拝聴させて頂きました。
組織と言うものは分裂を繰り返すもののようで、私が知っているだけでも龍心館は二度分裂しました。同門が散り散りとなったことは悲しいのですが、皆さん達者でおられるようでそれだけは嬉しいことです。
私の子供達も吉岡先生のところと同じように、居合に興味を示しません。これまでは門弟に細々と真の居合術とは何たるかを指導してきましたが、2019年を向かえた今、なんとか整理してきた私の技術を後世に遺し伝えたく、門戸も少し広げたいと思うようになりました。
頑なに門弟外には技術指導をお断りしてきましたが、私の居合(居合柔術)に御興味を示して下さる諸団体、個人の方には、単発での指導(講習会)も行おうかと思いますので、御興味ある方はお気軽にご連絡下さい。
とかく居合といえば刀の抜き差しばかりを思い浮かべられる方にこそ、私の居合術指導を体験頂きたいと切望してやみません。
私の居合の技術を知らない人や、私のことを良く思わない人達が、「町井は全日本居合道連盟のたった五段。」とか「無雙直傳英信流を破門にされた奴だ。」などと言います。
以前にも記述しましたが、私は英信流も所属道場からも破門はされていません。私の方から離れました。何故なら現行の英信流に多々疑問を持つようになったからです。
この所作にどのような意味があるのか尋ねても、私が納得できる答えを述べる先生方は居られず、当時若かった私の眼から見ても、「この人は!」と思える先生は見当たりませんでした。
今年八月には全日本剣道連盟居合道部の金銭授受問題が明るみになり、世間をほんの少しだけ騒がせたのは皆様の記憶にもあるかと思います。
私は居合界の異端児とされていますが、スポーツ化してしまい、武術色を失った居合に警鐘を鳴らしているだけです。
伝統や肩書きに固執される英信流系居合修行者は、私の居合を認めようとはしませんし、私も現行の英信流居合を居合とは認めたくありません。そうして相反するものですから、私の居合術講習に参加される方に各連盟居合修行者は来られません。私の居合は居合修行者ではなく、むしろ合氣道や合気柔術、体術を学び、研究されている方々が殆どです。中には指導者クラスの方も居られます。
これらの事実から見ても、刀の抜き差しばかりに固執する各連盟居合と、私が提唱する居合術の間には、深い溝があるのが解ります。
これまで何度も書いてきましたが、各連盟の英信流系居合は武術ではなく剣舞。刀を使った健康体操?でしかありません。
では何が居合なんだ? そう反論される方に向け、修心流居合術兵法の居合形稽古の動画を公開します。これを機に、各連盟の英信流系居合修行者の意識が変わり、武術色を取り戻してくれると嬉しく思います。また、私の居合に興味を持つ方が増えて下さることも淡く期待します。
全居連、全剣連他、各連盟居合修行者の方々、特に指導側の高段者の方々には、当流、当道場の稽古を体験頂き、健康体操と武術の違いを肌を以って知って頂きたく思います。
では、私の指導による武術としての居合形稽古を是非御覧ください。
今夜の稽古。
FBアカウントをお持ちの方は是非、他の居合道場と修心館での指導の質の違いを比較なさってください。
今月24日にフィンランドで放送された番組『- Japani – täydellisyys』に、私と私の居合、修心流居合術兵法がとりあげられています。
番組は60分。その中で前半、中盤、後半と数回に別れて紹介されていますので、皆様是非御覧ください。
早い話になりますが、来年の四月に門弟達と演武会に参加することにしました。
門弟の中には
「私の拙い演武で修心流に恥をかかせてしまわないかが心配です。」
との声も聞かれましたが、そんなことはありません。たった数年ではありますが、着実に技術は身についています。
そんな彼には二刀形の演武を披露してもらうことにしました。
入門からまだ数ヶ月の門弟も、全力を尽くして頑張ると意気込んでいます。彼らには組居合形を披露してもらうことにしました。
最古参の柳原は初めての仕太刀を担当してもらいます。
これまで技術が拙く、そのため確実に業を繰り出すことができなかったため、演武においては常に私が仕太刀を勤めてきましたが、ここでようやく上級者が打太刀を勤めるという本来の演武を披露できそうです。
来年のこの演武会は門弟達が主役です。また演武会が近づいてきましたら、詳細を皆様にお知らせいたします。
私が指導している修心流居合術兵法での剣術形『払小手』の術理解説動画です。
全剣連居合での昇段審査金銭授受問題など、形骸化された居合ではなく、武術としての居合、剣術がどのようなものかを、一人でも多くの方に御覧頂きたいと言う思いから制作した動画です。
皆様のお力添えによってSNSを介し、広く拡散していただけますと嬉しく思います。
拡散に是非ご協力下さい。宜しくお願い致します。
たまたま通りがかった通行人の男性に
「いいもの見せてもらいました。」
と一礼されたのが、なんだか嬉しかったです。
20日、フジテレビの番組『バイキング』にコメンテーターとして出演予定でしたが、私の自己管理の至らなさから生出演収録時間に間に合わず、番組構成に穴をあけてしまったことを、改めて番組関係の皆様には深くお詫び申し上げます。
普段は異物試斬でテレビ出演することが多いため、コメンテーターとしての出演オファーは、私自身とても嬉しいお話で、前日から何を話そうかと私も楽しみにしておりましただけに、20日の生出演収録に間に合わなかったこと、関係者の皆様に多大なる御迷惑をおかけしたことが悔やまれてなりません。
誠に申し訳ございませんでした。
因みにこの日は私の45歳の誕生日だったのですが、生放送に穴をあけてしまうという大失態を犯してしまった私は、この日を一生忘れることはないでしょう。
同番組は翌日もこのニュースを取上げるとのことで、運良く、翌21日の放送で私の思いをお話しすることができましたが、このブログにおきましても、私の見解を記述させていただきます。
まず、全日本剣道連盟(以降全剣連と略します)の居合道を、武術と見るか、武道と見るか、芸事と見るか、スポーツと見るかで、今回の全剣連問題は大きく変わってくるものと私は考えます。
皆様の見解は如何なものでしょうか?
全剣連所属の居合修練者には辛辣な発言となりますが、これは私一個人の考えですので、どうか気分を害さず拝読いただきたいのですが、私は全剣連の居合を居合とは考えておりません。
上述したように武術、武道、芸事、スポーツのいずれかと問われれば、全剣連居合は芸事だとお答え致します。
今問題になっている、八段範士の昇段試験における金銭授受問題ですが、全剣連居合がスポーツであったなら、これは絶対に許されるべきではなく、糾弾すべき大きな問題です。
しかしながら全剣連居合は芸事なのです。百歩譲って武道というカテゴリーにあてたとしても、金銭授受は侍の時代からの慣例であり、悪いことではありません。むしろ日本ならではの古き良き慣習と言えます。
問題なのはその金額と、受け取る側から金銭や物品を要求したことなのです。
そもそも居合とは侍の芸事です。ここで言う芸事とは居合を揶揄し、蔑んで言うのではなく、武芸と言うカテゴリーを意味します。
誰にも師事せず己で腕を磨く人も居れば、どなたかの下で鍛錬を積む人も居ります。
団体に所属し、師の下で修業される方は、礼儀作法や筋を通すなど、様々な人間関係を余儀なくされます。生憎と私は人間関係が下手で、上手に振舞うことができませんが、昇段・称号試験前の心付けというのは、盆暮に贈り物をするのと同程度のもので、けして悪いことではありません。それを悪としてしまったのは、不正に合格したいと言う邪な気持ちと、金品を受け取りたいという欲なのです。
居合は皆様もご想像いただけるように、元は侍が嗜む芸事です。芸の世界には礼儀作法が重んじられます。審査に関する付け届けは、本来、
「私如き者のために、審査の時間を割いて下さり、誠にありがとうございます。」
と言う気持ちを、菓子折等の物品であらわしたもの。当然ながら遠方から審査員として出向いて来られる先生方には、そのお車代として現金も用意されることでしょう。
ただ、全剣連という大きな組織がある以上、交通費などは組織から手当として捻出されているものと思いますが、もし、手当がなかったとしたら、審査員は交通費を自腹で支払わなければならないことになるので、受審者からのお車代という心づけはありがたいものですよね。
私の調べでは八段範士の試験に臨むにあたり、関係者一人に対して三万円程度の金品を贈るのが慣例になっているとのことです。審査員が10名いたとすれば30万円。一介のサラリーマンには厳しい金額ですが、居合の高段者ともなると高齢でそれなりに蓄えもある人が殆どです。
また、範士の称号試験に於いては、その人物の人格も問われるわけですが、これは善悪の人格判断云々だけではなく、心付けが出来る人、つまりは社会性、社交性、そして政治力がある人物か否かという問題でもあると思うのです。当然ながら範士八段の最高位にまで登りつめた人は、全剣連の理事や役員として組織を引率していくことになりますが、実力はあっても社会性、社交性に乏しく、政治力を持たない人物では、全剣連という大きな団体を纏め、引率することは難しいでしょう。
金品を受け取る側は、受審者からの心付けはありがたく頂戴するも、だからと言って不正を行うことをせず、また、一方通行ではなくて、合格した者には受け取った金品からお祝いの品を送るのが、審査における金品授受のマナーだと私は考えますし、昔の人はそのようにしてきたものだと思います。
現金や商品券等で三万円を頂戴したのなら、心付けとして一万円分だけ頂戴し、残り二万はお祝い返しに充てる。不合格の者にも「次こそ合格するよう、これで稽古着を新調して頑張りたまえ」と返していれば、マスコミを騒がせるようなニュースにもならず、古き良き日本の伝統として逆に美徳として取上げられたのではないでしょうか。少なくとも私ならそのようにします。それが芸事における礼儀作法です。
こうした昇段試験における金品の授受は、全剣連にとどまらず、華道や茶道の世界でも慣例となっています。相手に対して礼を尽くすという良き慣例を守って頂き、けして邪な悪しき慣例にはしないでいただきたいものですね。
尚、昇段試験に合格したら、「合格できたのは先生のご指導のお陰です。ありがとうございます。」と、一万~二万程度の金品を師に贈ることも、古い流派や道場では礼儀作法の一つとして今も受け継がれていますし、そうした謝礼金をはじめから段位認定料に含ませているところもあります。早い話が外税表記か、内税表記か、と言ったところでしょうか。
続いて今回の騒動の告発者について私の感想を述べます。
今回の650万という金額ですが、かなり鯖をよんでいるのではないか? 私は金額を聞いた時にこの金額はありえないと思いました。
八段範士になったからといって、それで収入が増えるわけではありません。毎月100万、200万とお金が入ってくるなら650万円という金額もありえますが、そうではない以上、この金額はあまりにも法外です。信憑性には疑問符をつけざるをえません。
今回の件では様々なマスコミが取上げ、金額や不正の文字だけが目立っていて、告発した人については深く触れていませんが、この告発者自身もかなりの曲者ではないかと私は思います。
そもそも今回の件は、この告発者が範士八段のとある先生に、自分の昇段試験に関して応援要請をしたことに端を発しています。
ここで言う応援ってなんでしょう?
審査時に「フレー、フレー」と応援して下さいと言う意味ではないことは明白です。自分が優位になるよう根回しして欲しいということですよね? 自ら不正の手助けを願い出たのに、それに多額の金銭を要求されたから告発? これって自分から喧嘩をしかけておいて、やり返されたとたんに暴行を受けたと被害者面するようなものではないでしょうか?
審査における付け届けについて私なりの見解を解きましたが、皆様のご感想は如何でしょうか?
今後こうした古き良き慣例が賄賂として問題にならないためには、
・付け届け分審査料にはじめから上乗せしておく。
・金品を受理した側は、まるまる懐に納めるのではなく、半分から三分の二は合格祝い、或いは残念賞としてお返しをする。
・付け届けの金品の上限額を定める。
で良いかと思います。
あと、20日放送の中でいささか気になる言葉があったので、それだけ正させて頂きますが、
「歳を重ねた者は体力が落ちるため、円熟期を過ぎている。高段位は名誉職である。」
と言うのは半ば正解ではありますが、必ずしもそうではありません。そこがスポーツとの違いでして、よほどのよぼよぼにでもならない限り、強い人は歳を重ねても強いのが武術・武道の世界です。
柔道の三船名人や剣道の持田名人、合氣道の塩田名人等の動画をご覧になってください。
自ら走り回り、筋力を必要とするスポーツとは異なり、達人と呼ばれる方々は最小限の動きで相手に勝ちます。相手の力を応用したり、立ち位置や軸、バランスと言った肉眼では理解し辛い技術を駆使します。
ですから居合の高段者が円熟期を過ぎた只のお飾りというのは間違いです。歳を重ねてきたからこそ会得できる業(わざ)もあるというのを忘れてはいけません。
ただ、全剣連に限らず今の居合道家には達人は皆無に近いのは確かです。だからこそ私は五段以降、昇段試験を受けませんでした。
自分自身が教えを請いたいと思える先生方がいない連盟からの印可状に、私は何の価値もないと思ったからです。
私は段位や称号よりも実を選びました。不器用な生き方を選びましたので、時折テレビを通じて修業の成果を披露させていただく程度で、門弟も集まらず細々とした道場運営をしておりますが、後悔はしていませんし、今後も大きな団体に所属して活動する気持ちはありません。誰からも縛られず、自分自身が求める武術としての居合術の修練を重ねて行きたいと思います。
最後に…
全剣連は一度私を招いて、居合道部門の方々に講習会を開催して頂きたい。今の連盟の居合に何が欠如しているのか、また、実力で八段や範士になれなかった人に対しては、付け届けの有無だけが理由ではなく、貴方自身の技量が乏しいから落とされたのだという現実を、丁寧にお教えしたいと思います。