備州長船(以下切) ~実戦を潜り抜けてきた誉傷ある逸品~

備州長船(以下切)
備州長船(以下切)
– Bishu Osafune (cutted below) –
 
元は二尺二寸から二尺五寸程で片手打体配の打刀と推測されます。元先の差はさほど開かず、切先が延びた豪壮且つ鋭い造り込みが印象的で、地鉄は杢目肌良く練れて詰み、少しく肌立って映り立ち、刃文は匂口明るい直刃調の浅い湾れに、小足が入って小乱れを成し、小さな互ノ目を交え、刃縁に砂流かかり、金筋入る。帽子は直調に僅かに乱れごころを見せ先丸く返る。
実戦によるものであろうか、物打に僅かに小さな刃毀れが残されたまま研磨されており、他には指表、横手位置の棟角に切込傷。指裏中程より上の棟角にも切込傷が見られ、同じく指裏物打の鎬地に撓えが見られます。
うぶ買付刀につき、現状では地刃の鑑賞に支障がない程の薄錆が所々に見られますが、急ぎ研磨する必要は感じられませんが、出来が良い一刀ですので、余力ある方は仕上直し研磨を施して保存刀剣鑑定を御受審頂きたく思います。
鍛錬疵や地の荒れがよく散見される末備前刀に於いて、本刀は疵が殆ど無く、地鉄も精良で見応えある優品です。
 
裸身重量595グラム。

鐔の撮影 ~造り手になって考える~

私は仕事として刀剣や刀装具の写真撮影を行っていますが、このブログを拝読されておられる皆様の中には、趣味で御自身のコレクションを写真に納められている方もいらっしゃるかと思います。

今日の記事は私の実子達とスタッフ、そして趣味で撮影されている方への覚書としての意味も込めて記述します。

 

昨日、長男とスタッフS君に鐔の撮影をお願いしたところ、残念ながら私の意に適わぬ写真ばかりが撮れてしまいました。

長男をはじめとした私の実子に関しては、跡を継ぐ継がないに拘わらず刀剣に対する最低限の知識は持ち合わせて欲しいとかねてより切望しているのですが…

刀剣に限らずなんでもそうだと思うのですが、形ある作品を撮影するにあたって、まず何が一番大切なのか?

 

それは造り手の立場になって考えること

 

だと私は考えています。

 

皆さんも幼い頃、何か造ったり、絵を描いたりして、それを両親に祖父母に見せた事がありますよね?

その時の気持ちを思い出してもらいたいのです。

その作品を作るにあたり、どこが苦労したのか?

その絵を描くにあたり、何を表現したかったのか?

それを的確に見抜いて褒めてもらえた時って嬉しかったでしょう?

今回は鐔のお話ですが、鐔だって同じなんですよね。

自分がこの鐔を造った鐔工だったら、どこに苦労したのか? どこを見せたいと思ったのか?

それを考えれば同じ鐔の写真でも全く異なる物になります。

月下老梅図鐔

この二枚は長男とスタッフS君が協同作業で撮影してくれたものです。

何がよくないのかわかりますか?

この鐔は樹齢を重ねた老梅樹を題材にしたものですが、この二枚の写真から題材が老梅樹と気付けますか?

刀の鐔は表面の右側に主たる図柄を彫刻するものです。何故なら士が刀を腰に帯びた際に外から見えるのは、鐔の左側ではなく右側だからです。

上の二枚の写真が左側からも彫りの技術を見せたいと言う趣旨で撮られたものなら良いのですが、肝心の右側からの写真が全くないのです。だから私の意にそぐわなかったのです。

次に私が撮影した同じ鐔の写真を御紹介します。

月下老梅図鐔

先に紹介した写真と鉄の色味も異なりますよね。どちらがより鉄質が伝わり、鐔全体の構図も判るでしょうか?

勿論後者の私が撮影したものになります。

こちらの写真では、まず、老梅樹の幹に焦点を当てています。梅樹が成長する過程の中で枝が折れ、それを修復しながら育った様子を巧みな鏨使いで表現しています。作者はまず、この古木の味を表現したかったはずなのです。

月下老梅図鐔

続いては枝先に焦点を当てました。

太い幹に対して細々とした枝ではありますが、そこに梅花の蕾がたくさんついていて、これから開花して春の訪れを告げようとしている…

開花した梅花も良いですが、開花後の梅花は散るのみ。作者はこの鐔を刀に添える士が散りゆくのを待つのではなく、これから開花して立派な花を咲かせるようにと祈りも込めているのではないでしょうか?

私は鐔の一枚一枚を撮影する際、そうやって造り手が何を思いそれを手掛けたのかを考えています。

月下老梅図鐔

こちらは裏面ですが、焦点は手前ではなく、勿論梅樹の枝に合わせています。この一枚で鐔の仕事振りと厚みも見せることができますよね。

 

一生懸命撮影してくれた息子とS君には申し訳ないのですが、写真は今から私が全て撮影しなおします。

今日は鐔の撮影に終始することになってしまい、刀の写真撮影はできそうにないな(苦笑

 

金重 ~拵新調済~

金重
金重
– Kaneshige –
銘鑑によると金重と名乗る刀工が複数名見られますが、この刀は室町中期の康正頃か後期の天文頃の作かと鑑せられます。元先の差が開き、切先延びた鋭い姿。地鉄は尖りごころの互ノ目乱れで匂口は明るく、乱れの谷に足入り、細かな砂流がかかっています。うぶ品につき錆や切先先端の欠けが気になるかもしれませんが、焼たっぷりとありますので、違和感無く修正が可能です。手持ちバランスがとても良く軽くて扱いやすい居合稽古にも最適の一刀です。 附属の拵は店主町井勲監修の下新調致しました武用拵で、一切の妥協はございません。刀身の歪直しも店主町井勲自ら行いました無比なる芯出しがなされています。 研磨完了後は販売価格も変わります。お安く御入手頂けるのは研磨前の今だけです。お急ぎ下さい。 裸身重量558グラム。  拵に納めて鞘を払った重量808グラム。

兼寿 ~拵見事な懐剣~

兼寿 ~拵見事な懐剣~
兼寿
– Kanetoshi –
 
兼寿は本国美濃の刀匠で、京都、また薩摩にても鍛刀したという記録が残っており、薩摩の波平六十三代安行と義兄弟の契を結んだとも云われています。文久二、三年より慶応二、三年頃までの年紀が入った作品が残されており、作刀時期が比較的短かったこともあって作品は極少。勤王家であり、長州藩士のために多くの刀を鍛えたと言われます。
反り浅い豪壮な勤皇等刀体配の作品が経眼され、波平との交流もあってか、鑢目は桧垣の物が多い中、この短刀は化粧付いた筋違で、銘字体も常とは異なる丸みを帯びた行書体になっている。
※或いは大正頃に活躍した別人兼寿か?
 
刃長四寸五分八厘と短く、俗に云う懐剣として鍛えられた物であろう。地鉄は小板目良く練れて詰み、刃文は匂口明るく、互ノ目を三つ一組に焼き上げ、先の方のみ四つ一組で焼かれ、刃中に三日月形の葉を交え、帽子は表裏直ぐに、表は太い沸筋を食い下げて尋常に、裏は返り硬く止る。
 
附属の拵は柄を鯨の髭で巻き、鞘は藤の巻き編みであろうか、棟の部分の編み込みがお洒落であり、金具は四分一磨地の一作金物。柄の中央には赤銅石目地に見事な孕雨龍が金象嵌されています。小柄が失われている点が惜しまれるも、拵だけでも恐らく特別保存刀装具の認定を受けるであろう名品で、観賞用はおろか、御守刀としても申し分ない優品です。
 
裸身重量81グラム。  拵に納めて鞘を払った重量117グラム。

宇多國宗 ~ごりごりの剛刀~

宇多國宗 ~ごりごりの剛刀~
宇多國宗
– Uda Kunimune –
 
宇多國宗の祖は鎌倉時代まで遡り、大和国宇多郡より移住した大和鍛冶が越中にて鍛刀し、國宗や國房などが南北朝期から室町期に掛けて繁栄しました。
 
この刀は珍しい江戸時代の宇多國宗で、元先の差が開いた優しい姿でありながら、重ね、身幅共に一般的な刀よりも一回り大きいがっしりとした造り込みが印象的で、地鉄は小板目肌良く練れて詰み地沸付いて精美で、刃文は広直刃調に湾れを交え、刃中に金筋入り、刃縁に大粒の沸が付き、砂流かかる。帽子は直ぐに丸く返っています。
剛健且つ観賞刀として申し分ない一刀をお探しの方にお薦めの一刀です。
 
裸身重量996グラム。

剣心将大 ~居合や抜刀に最適~

剣心将大 ~居合や抜刀に最適~
剣心 将大
– Kenshin Masahiro –
 
将大は京都府亀岡市で槌を振るう若手刀匠で、店主町井勲と共に質実剛健なる作刀に勤しんでおり、剣心将大銘の作品は町井勲プロデュースの武用刀です。
この刀は元先の差が程好く開き、地沸ついた精美な地鉄に広直刃を焼き上げた作品。刃中長い互ノ目足が頻りに入り、葉入り、匂口は締まるも柔らかさを感じさせる。帽子は乱れ込み先丸く返る。
 
附属の拵は店主町井勲監修の下誂えました武用拵で一切の妥協はございません。手持ちバランスもとても良く、居合や抜刀にも扱い易い武用仕様の一刀です。
 
裸身重量743グラム。  拵に納めて鞘を払った重量973グラム。

摂州大坂住吉重 ~柄新調済~

摂州大坂住吉重 ~柄新調済~
摂州大坂住吉重
– Sesshu Osaka ju Yoshishige –
 
江戸前期の寛文頃、大坂ときわ町にて槌を振るった相模守國維の初銘、吉重銘の作品。二代丹波守吉道の下で作刀を学び、源維とも銘切り、後に伊予に移りました。業物として知られる刀工です。
 
この刀は反り浅目で元先の差がさほど開かず、一見手持ちが重い刀に見えるも、実際に手にしてみるとバランスは手元重心気味で実際の重さよりも軽く感じられます。地鉄は小板目肌練れて詰み、刃文は柊の葉を思わせる尖り互ノ目丁子乱れで、足入り、締まった湯走を伴い、帽子は横手で互ノ目を焼き込み、先直ぐに丸く返り、長く棟焼きを形成しています。諸手持ちで使用依頼に基づいたためか、新刀の割に茎は長く造られています。
 
時代物n柄が附属していましたが、柄木の捻じれが気になったため、店主町井勲監修の下鐔等全て構図の良い現代金具を用いて新調しなおしました。安心して存分にお稽古にもお使い頂けます。
現状、刀身に歪が見られます。芯出しご希望の方は別途10,000円~20,000円(税別)にて店主町井勲自ら完璧なる芯出しを行いますのでお気軽に御用命下さい。

絶対にしないで!! ~鐔鳴りを切羽の加算で抑える間違った方法~

私はこれまで多くの刀を見てきました。

同業者の市場に並ぶ刀、お客様ご所有の刀等色々です。

 

そんな経眼してきた刀の中、とりわけ多いのが居合を嗜む人による目釘穴や柄の損傷なのです。

刀を振ると鐔が動いてカチャカチャと音が鳴る事を“鐔鳴り”と称します。

鐔鳴りがする状態を放置していると、鐔が動く度に刀の茎(なかご)が摩耗し、鐔を装着している部分が細くなってしまいます。(※下写真参照)

鐔鳴りによって摩耗した茎

実用面からも、保存の観点からも、鐔鳴りは早々に直した方が良いです。

鐔のガタツキを直すには“責金(せめがね)”と呼ばれる工作を行います。

鐔の責金

この鐔の刀の茎を通す穴の上下に、素銅(銅)が嵌め込まれています。これが責金です。

刀剣保存の観点から言うと、鐔の茎穴は刀の茎にピッタリに削るのではなく、気持ち一周り大きく削り、上下に責金を噛ませるのが最上です。

刀の銘には鏨枕(たがねまくら)と呼ばれる、銘を切った際に文字の周りが盛り上がった部分があるのですが、少しでも健全に刀剣を保存したい人は、鐔の装着時に鐔が擦れることによって、この鏨枕が削れてしまうことを忌み嫌うのです。

刀剣が今の時代、拵に納められず白鞘に納めて保存する理由には、このように茎の鏨枕を守るためと言うのも含まれています。

特に小柄が装着されている拵の場合は、更に早急なる責金補修が必要です。何故なら鐔が定められた位置に固定されていないため、小柄袋を傷めてしまうからです。

鐔によって傷ついた小柄袋

上の小柄袋の先端をご覧ください。鐔が当たったために変形をきたしています。

また、鐔が正しく固定されていない場合、鐔に施された各種彫刻が損なわれてしまうこともあります。切羽台の際に容彫で象嵌された花や人物、動物など、折角の良い仕事が鐔がずれている状態で組み立てられることにより、切羽と縁金具に押し潰されてしまうのです。

 

さて、居合を嗜む人の多くは、居合を健康のためや侍に憧れてといった動機で嗜まれている方が多いため、刀剣の知識に乏しい方が殆どで、指導する側の道場や先生方も、居合に関する知識はあっても、刀剣の作法については素人であることが多いです。

事実、私が英信流を学んでいた頃の師である故、吉岡早龍師も刀剣作法に関してはずぶの素人でした。

鐔鳴りがする刀に対してどのような方法で鐔鳴りを解決するかと言いますと、切羽を一枚加算するという手法。鐔に圧力をかけることで鐔鳴りをし辛くするわけですが、これは絶対にしてはいけません。

刀の目釘穴と柄の目釘穴はぴったりと合致するように造られています。そこへ仮に厚さ1ミリの切羽を加算したとしましょう。すると刀の目釘穴と柄の目釘穴との間に1ミリのズレが生じることになります。

両者の目釘穴が合致していない状態で目釘を無理矢理叩き込みますと、柄の目釘穴は差し込む側は広がって間延びし、抜ける側の目釘穴は目釘の一部が柄下地に当たるため正しく目釘が装着できず危険です。それでも尚無理矢理に目釘を叩きこめば、柄下地が割れてしまうのです。

当然ながら茎にピッタリと合わせて掻き入れされている柄木に、切羽一枚分浮いた状態で茎が納められることになりますので、この状態で刀を振ると、柄の中で茎が踊って柄木に負担がかかり、今度は切羽を抜いた状態で納めても、柄の中で刀身が遊んでしまうガバガバ状態になってしまい、もはや柄としての用をなさなくなってしまいます。

↑鐔鳴りを切羽加算によって解決しようとした結果、目釘穴が広がってしまった時代物の拵の柄

これでは不安ですので美術刀剣刀心にて柄を新調しました。

柄の目釘穴と刀身の目釘穴が気持ち良く合致しています。

 

鐔鳴りは絶対に切羽の加算で対処しようとせず、専門の職方に依頼して鐔に正しく責金を施してください。(※責金を行っても、使い続けているうちに再び鐔鳴りは発生しますので、その時には再び責金を施して下さい。)

責金は概ね5千円~1万円程です。

たったそれだけの金額をケチッたがために無残に壊された柄は数知れず。

「私居合を嗜んでおります。」 と言うのでしたら、せめて最低限の刀剣知識も持ち合わせたいものですよね。

どうしても責金を施す予算がないという方は、鐔と茎との隙間に竹片や木片を詰めると良いでしょう。ホームセンターで入手できるグルーガンを使って、鐔の茎穴の上下に樹脂で責金をされても良いでしょう。

このグル―ガンでの簡易責金を私が提唱したところ、藁斬り抜刀斎と名乗るユーチューバーがとんでもない勘違いをし、直接グル―ガンで茎と鐔を接着する方法をユーチューブに動画で紹介していましたが、これは感心できない行為ですので真似はしないでください。

我が国の刀剣類は貴重な文化財です。正しい知識の下で正しく刀剣を扱い、楽しみ、健全な状態で次の時代に橋渡しできるよう、どうか皆様も御協力ください。

 

無銘 ~地刃完璧なまさに美術鑑賞向けの一刀~

無銘 ~地刃完璧なまさに美術鑑賞向けの一刀~
無銘
– Mumei –
 
元先の差程好く開いて切先延びた如何にも物斬れしそうな造り込み。地鉄は小板目杢交じりで良く練れて詰んで精美。刃文は匂口明るく冴えた互ノ目乱れに互ノ目丁子交じり、刃中よく足入り、雲棚引くかの如く上品なる砂流がかかる。帽子は表裏直ぐに先掃き掛けて丸く横手下迄長く返る。
鍛錬疵皆無で地刃の出来が頗る良い作品です。これだけの出来で何故銘を切らなったのか、何か事情があってのことかもしれませんね。現状では薄錆が見られますが地刃の観賞は可能。出来良い作品だけに上研磨を施して鑑定に出して頂きたいお薦めの逸品です。
 
附属の拵は店主町井勲監修の下新調致しました武用拵です。デザインが良い現代金具を用いました。鐔がやや薄手なので、御購入後に他の鐔に替えられたいと思われた時のために、店主町井勲の粋な計らいで、切羽を一枚多く装着させています。
 
裸身重量813グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,047グラム。

無銘(越前兼則) ~出来華やか~

無銘(越前兼則) ~出来華やか~
無銘(越前兼則)
– Mumei(Echizen Kanenori) –
 
兼則は室町時代後期に美濃関で活躍し、後に越前一乗に移り住んで鍛刀した越前刀工で、銘鑑によると「慶長五年」紀の作品や「関ヶ原御陣作之」と所在地名を添えた作品が残されている事から、その製作時期を窺い知る事が出来ます。兼則の刃味は凄まじく、良業物としてもその名を轟かせる名工です。
 
この刀は磨り上げられても尚、腰元から上で反り始める所謂先反りの姿を留めており、元先の差は程好く、地鉄は小板目杢交じりで柾がかり、よく練れて詰むも所々肌立ち、黒味がかった鉄交じり、刃文は匂口明るく冴えた互ノ目を焼き上げ、尖りごころの刃交じり、互ノ目丁子交え、刃中には金筋や葉が現れ、特に指表の下の方には一際太く長い金筋が顕著に現れている。帽子は表裏共に乱れ込み、先丸く返り、総じて賑やかで出来が良く、手持ちのバランスも良い。
 
裸身重量709グラム。  拵に納めて鞘を払った重量994グラム。