
備州長船(以下切) ~実戦を潜り抜けてきた誉傷ある逸品~

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私は仕事として刀剣や刀装具の写真撮影を行っていますが、このブログを拝読されておられる皆様の中には、趣味で御自身のコレクションを写真に納められている方もいらっしゃるかと思います。
今日の記事は私の実子達とスタッフ、そして趣味で撮影されている方への覚書としての意味も込めて記述します。
昨日、長男とスタッフS君に鐔の撮影をお願いしたところ、残念ながら私の意に適わぬ写真ばかりが撮れてしまいました。
長男をはじめとした私の実子に関しては、跡を継ぐ継がないに拘わらず刀剣に対する最低限の知識は持ち合わせて欲しいとかねてより切望しているのですが…
刀剣に限らずなんでもそうだと思うのですが、形ある作品を撮影するにあたって、まず何が一番大切なのか?
それは造り手の立場になって考えること
だと私は考えています。
皆さんも幼い頃、何か造ったり、絵を描いたりして、それを両親に祖父母に見せた事がありますよね?
その時の気持ちを思い出してもらいたいのです。
その作品を作るにあたり、どこが苦労したのか?
その絵を描くにあたり、何を表現したかったのか?
それを的確に見抜いて褒めてもらえた時って嬉しかったでしょう?
今回は鐔のお話ですが、鐔だって同じなんですよね。
自分がこの鐔を造った鐔工だったら、どこに苦労したのか? どこを見せたいと思ったのか?
それを考えれば同じ鐔の写真でも全く異なる物になります。


この二枚は長男とスタッフS君が協同作業で撮影してくれたものです。
何がよくないのかわかりますか?
この鐔は樹齢を重ねた老梅樹を題材にしたものですが、この二枚の写真から題材が老梅樹と気付けますか?
刀の鐔は表面の右側に主たる図柄を彫刻するものです。何故なら士が刀を腰に帯びた際に外から見えるのは、鐔の左側ではなく右側だからです。
上の二枚の写真が左側からも彫りの技術を見せたいと言う趣旨で撮られたものなら良いのですが、肝心の右側からの写真が全くないのです。だから私の意にそぐわなかったのです。
次に私が撮影した同じ鐔の写真を御紹介します。

先に紹介した写真と鉄の色味も異なりますよね。どちらがより鉄質が伝わり、鐔全体の構図も判るでしょうか?
勿論後者の私が撮影したものになります。
こちらの写真では、まず、老梅樹の幹に焦点を当てています。梅樹が成長する過程の中で枝が折れ、それを修復しながら育った様子を巧みな鏨使いで表現しています。作者はまず、この古木の味を表現したかったはずなのです。

続いては枝先に焦点を当てました。
太い幹に対して細々とした枝ではありますが、そこに梅花の蕾がたくさんついていて、これから開花して春の訪れを告げようとしている…
開花した梅花も良いですが、開花後の梅花は散るのみ。作者はこの鐔を刀に添える士が散りゆくのを待つのではなく、これから開花して立派な花を咲かせるようにと祈りも込めているのではないでしょうか?
私は鐔の一枚一枚を撮影する際、そうやって造り手が何を思いそれを手掛けたのかを考えています。

こちらは裏面ですが、焦点は手前ではなく、勿論梅樹の枝に合わせています。この一枚で鐔の仕事振りと厚みも見せることができますよね。
一生懸命撮影してくれた息子とS君には申し訳ないのですが、写真は今から私が全て撮影しなおします。
今日は鐔の撮影に終始することになってしまい、刀の写真撮影はできそうにないな(苦笑





私はこれまで多くの刀を見てきました。
同業者の市場に並ぶ刀、お客様ご所有の刀等色々です。
そんな経眼してきた刀の中、とりわけ多いのが居合を嗜む人による目釘穴や柄の損傷なのです。
刀を振ると鐔が動いてカチャカチャと音が鳴る事を“鐔鳴り”と称します。
鐔鳴りがする状態を放置していると、鐔が動く度に刀の茎(なかご)が摩耗し、鐔を装着している部分が細くなってしまいます。(※下写真参照)

実用面からも、保存の観点からも、鐔鳴りは早々に直した方が良いです。
鐔のガタツキを直すには“責金(せめがね)”と呼ばれる工作を行います。

この鐔の刀の茎を通す穴の上下に、素銅(銅)が嵌め込まれています。これが責金です。
刀剣保存の観点から言うと、鐔の茎穴は刀の茎にピッタリに削るのではなく、気持ち一周り大きく削り、上下に責金を噛ませるのが最上です。
刀の銘には鏨枕(たがねまくら)と呼ばれる、銘を切った際に文字の周りが盛り上がった部分があるのですが、少しでも健全に刀剣を保存したい人は、鐔の装着時に鐔が擦れることによって、この鏨枕が削れてしまうことを忌み嫌うのです。
刀剣が今の時代、拵に納められず白鞘に納めて保存する理由には、このように茎の鏨枕を守るためと言うのも含まれています。
特に小柄が装着されている拵の場合は、更に早急なる責金補修が必要です。何故なら鐔が定められた位置に固定されていないため、小柄袋を傷めてしまうからです。

上の小柄袋の先端をご覧ください。鐔が当たったために変形をきたしています。
また、鐔が正しく固定されていない場合、鐔に施された各種彫刻が損なわれてしまうこともあります。切羽台の際に容彫で象嵌された花や人物、動物など、折角の良い仕事が鐔がずれている状態で組み立てられることにより、切羽と縁金具に押し潰されてしまうのです。
さて、居合を嗜む人の多くは、居合を健康のためや侍に憧れてといった動機で嗜まれている方が多いため、刀剣の知識に乏しい方が殆どで、指導する側の道場や先生方も、居合に関する知識はあっても、刀剣の作法については素人であることが多いです。
事実、私が英信流を学んでいた頃の師である故、吉岡早龍師も刀剣作法に関してはずぶの素人でした。
鐔鳴りがする刀に対してどのような方法で鐔鳴りを解決するかと言いますと、切羽を一枚加算するという手法。鐔に圧力をかけることで鐔鳴りをし辛くするわけですが、これは絶対にしてはいけません。
刀の目釘穴と柄の目釘穴はぴったりと合致するように造られています。そこへ仮に厚さ1ミリの切羽を加算したとしましょう。すると刀の目釘穴と柄の目釘穴との間に1ミリのズレが生じることになります。
両者の目釘穴が合致していない状態で目釘を無理矢理叩き込みますと、柄の目釘穴は差し込む側は広がって間延びし、抜ける側の目釘穴は目釘の一部が柄下地に当たるため正しく目釘が装着できず危険です。それでも尚無理矢理に目釘を叩きこめば、柄下地が割れてしまうのです。
当然ながら茎にピッタリと合わせて掻き入れされている柄木に、切羽一枚分浮いた状態で茎が納められることになりますので、この状態で刀を振ると、柄の中で茎が踊って柄木に負担がかかり、今度は切羽を抜いた状態で納めても、柄の中で刀身が遊んでしまうガバガバ状態になってしまい、もはや柄としての用をなさなくなってしまいます。


↑鐔鳴りを切羽加算によって解決しようとした結果、目釘穴が広がってしまった時代物の拵の柄
これでは不安ですので美術刀剣刀心にて柄を新調しました。

柄の目釘穴と刀身の目釘穴が気持ち良く合致しています。
鐔鳴りは絶対に切羽の加算で対処しようとせず、専門の職方に依頼して鐔に正しく責金を施してください。(※責金を行っても、使い続けているうちに再び鐔鳴りは発生しますので、その時には再び責金を施して下さい。)
責金は概ね5千円~1万円程です。
たったそれだけの金額をケチッたがために無残に壊された柄は数知れず。
「私居合を嗜んでおります。」 と言うのでしたら、せめて最低限の刀剣知識も持ち合わせたいものですよね。
どうしても責金を施す予算がないという方は、鐔と茎との隙間に竹片や木片を詰めると良いでしょう。ホームセンターで入手できるグルーガンを使って、鐔の茎穴の上下に樹脂で責金をされても良いでしょう。
このグル―ガンでの簡易責金を私が提唱したところ、藁斬り抜刀斎と名乗るユーチューバーがとんでもない勘違いをし、直接グル―ガンで茎と鐔を接着する方法をユーチューブに動画で紹介していましたが、これは感心できない行為ですので真似はしないでください。
我が国の刀剣類は貴重な文化財です。正しい知識の下で正しく刀剣を扱い、楽しみ、健全な状態で次の時代に橋渡しできるよう、どうか皆様も御協力ください。

