無銘 ~二尺五寸近い拵入りを格安にて御案内!~

無銘 ~二尺五寸近い拵入りを格安にて御案内!~
無銘
– Mumei –
 
反り浅目の姿が流行した江戸前期の寛文。この頃、罪人の死体を用いて刀の斬味を試す『刀様(かたなだめし)』が山野加右衛門や山田浅右衛門と言った当代一流の斬り手によって行われました。俗に虎徹の棒反りと異称を持つようになった長曽祢虎徹もこの時代の刀匠で、寛文新刀体配は数多の様(ためし)によって生まれた、両断・裁断に最も適した完成形の姿と言えます。
現在、居合を嗜まれる方々は、日本刀に日本刀らしい反りを求め、殆どの方が六分反りを好まれますが、真に居合、試斬に適した刀姿こそが寛文新刀と断言しても良いでしょう。
 
この刀は反り浅く、寸が延び、二尺五寸近くあって、控え目釘が中心尻にうがかれている点から鑑ても、実用本位の利刀として鍛えられたことが察せられます。
柾気が強い小板目肌に直刃を焼くも、刃縁には細かな変化が見られます。現状では地鉄が荒れた感じが否めず、美術鑑賞刀としての価値は低いものの、焼刃は元から先までしっかりと明るく焼かれているので、武器としての刀として、今尚活躍できる一刀です。
30万円を切る破格値での御案内につき、多数の問い合わせが予見されますので、お申し込みはお早めにどうぞ。
 
裸身重量739グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,023グラム。

安本和吉作 昭和五十五年四月日 ~身幅広い豪壮な一刀~

安本和吉作 昭和五十五年四月日 ~身幅広い豪壮な一刀~
– Yasumoto Kazuyoshi saku –
 
安本和吉なる刀工の資料乏しく、詳細は不明ですが、岩手県宮古市に本名を辻和宏、刀匠銘を和吉と切る刀工が居り、その師が安本吉光刀匠であることから、辻和吉刀匠同人ではないかと思われます。
和吉刀匠の作品は、試斬・抜刀道を嗜む方に愛用者が多く、近頃流行りの多本数斬り用の身幅が極端に広い豪快な体配の作をまま見かけます。
この刀もそうした抜刀道を嗜む方からの注文打ちと思われ、身幅が広く、柾気強い地鉄に湾れ調子に小乱れを焼いた作品で、匂口明るく、刃縁には細かな変化が多々見られ、金筋や砂流など、美術鑑賞刀としても楽しめる出来口です。
 
現状古研ぎで所々に小錆、刀身中央あたりに極小の刃毀れがあり、軽く刃引きされています。附属する白鞘は鯉口部に欠けがございます。
試斬・抜刀道の稽古用に、身幅が広い刀をお探しの方へ、拵や研磨等の諸工作代を考慮し、お求め易い破格値でご紹介致しますので、どうぞ前向きにご検討下さい。
はばきが通常のものより長く造られていますので、実際には二尺三寸五分程の刃長の刀としてお使い頂けます。
 
裸身重量1,036グラム。

無銘 居合・抜刀修行者応援価格!!

無銘 居合・抜刀修行者応援価格!!
無銘
– Mumei –
 
柾目鍛えの地鉄に、ふわりと柔らかい感じの互ノ目丁子を焼いた作品で、刃中には長い金筋が顕著に見られます。鍛え疵や刀身中央部の焼が弱く匂口判然としない等、美術鑑賞刀としては欠点がございますが、居合稽古やちょっとした畳表試斬稽古には問題なくお使い頂けます。
30万円を切るお買い得価格で御案内致しますので、是非ご検討ください。
 
裸身重量831グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,135グラム。

岩代國和泉守藤原兼定

岩代國和泉守藤原兼定岩代國和泉守藤原兼定
– Iwashiro no kuni Izumi no kami Fujiwara Kanesada –
 
会津兼定は、室町期の濃州関兼定の三代目にあたる孫を古川孫一郎または孫四郎といい、慶長年間に会津藩主:蒲生氏郷の鍛冶となり、奥州兼定の初代となって以後、古川兼定家は会津における最も古い刀工の家柄として、幕末まで代を重ねて栄え、三善長道、松軒元興らと共に会津を代表する刀工です。中でも十一代和泉守兼定はその最後を飾る良工で、新撰組副長、土方歳三の愛刀の作者としてもその名を知られています。
十一代兼定は天保8年12月13目、現在の会津若松市浄光寺町一番地に生まれ、幼名を友弥と称し、14才の時から父である十代兼定について鍛法を学び、初銘を兼元と切りました。
十代兼定の代作代銘もこなし、文久2年、会津藩主、松平容保公が京都守護職に任命されると、翌文久3年、幼名を清右衛門と改め、京都に上がって修業しつつ、和泉守を受領し、慶応元年に会津に戻りました。新選組隊士の為に作刀したのは京都在住の頃であり、副長、土方歳三の佩刀は慶応三年紀のもので、現在も東京日野市の生家に伝わっています。
十一代兼定は明治36年に67才で没しました。菩提寺は会津若松市実相寺、戒名は精錬印鉄心利剣居士。 尚、兼定は最初期の兼元銘から、京で和泉守を受領した直後までの作品には、「兼」の字の縦の二本を通常の長さで切り、京から会津へ帰国した慶応以後の銘は全て「縦の二本」の左側を短く切っています。
 
この刀は兵庫県下から出ましたうぶ品で、市場に出るのは今回が初めて。地鉄精良にして鍛錬疵無く、匂口明るく冴えた互ノ目乱れが見事な作品。兼定銘に関しては個人的に首肯できませんので、おまけ程度にお考え頂ければと思います。
新撰組ファンや土方歳三ファン、そして今話題の刀剣乱舞の中にも登場し、刀剣乱舞ファンから熱い人気を誇る十一代兼定。
本歌は人気高く高額なために手が届かないと諦めた方、本刀をお求めになり、中心に刻まれた兼定の銘文と冴えた地刃を楽しまれてみては如何でしょうか?
 
裸身重量685グラム。

拵付き大小  大 無銘(大和大掾正則) 小 正光作

拵付大小 大 無銘(大和大掾正則) 小 正光作
大小
 
大 無銘(大和大掾正則)
– Mumei(Yamato daijo Masanori) –
小 正光作
– Masamitsu saku –
 
大刀
大和大掾正則は山城三条吉則の末葉と伝え、本国は丹後国宮津。父則光に作刀を学んだ後京に移り、その後越前75万石、松平秀康の嫡男忠直の抱え工となり、越前福井、現在の大和町に移住して鍛刀した越前新刀を代表する良工の一人で、初代越前康継と同時代または先輩鍛冶とされており、その刃味鋭く、良業物に指定されています。
この刀は緻密に練られた小板目杢交じりの地鉄が見事で、肌物好きにはたまらない一刀。ゆるやかなる大湾れの刃縁には細かな変化が見られ、特筆すべき欠点無く、美術鑑賞刀としても申し分ない出来口を示しています。
 
裸身重量690グラム。  拵に納めて鞘を払った重量1,012グラム。
 
 
脇指
正光なる刀工は古刀期から数多同銘が存在し、いずれの正光かは鑑定機関の判断に委ねたいと思います。杢目肌よく練れて少しく肌立ち、特筆すべき欠点無く、匂口明るく、打除や二重刃風の刃、食い違い風の刃を見せるなど、刃縁から地に向けての働きが顕著に現れた一刀で、美術鑑賞刀として申し分ない出来口です。
 
裸身重量348グラム。  拵に納めて鞘を払った重量597.5グラム。
 
 
御手頃価格で拵付大小をご紹介致します。大小共に白鞘と継木が附属しておりますので大変お得です。床の間飾りとしてもお薦めの逸品。是非この機会にご検討下さい。
10月31日までの特別価格をお見逃しなく!!

兼元 昭和26年大阪府大名登録刀

兼元 昭和26年大阪府大名登録刀
兼元
– Kanemoto –
 
昭和26年大阪の大名登録刀。伝来の良さは登録年月日とはばきからも伝わってきます。
杢目肌良く練れた地鉄が肌立ち、淡く映り心があって地景が頻りに入っています。後代のいかめしい三本杉とは異なる三本杉風の互ノ目乱れが、匂口明るく冴えて焼かれています。
現状古研ぎで所々に薄錆がありますが、特筆すべき疵欠点は無く、然るべき研磨を施せば末関物特有の美しく肌立つ地鉄を更にご堪能頂けることでしょう。
兼元銘に関しましては現在の日本美術刀剣保存協会の審査基準には満たないか、或いは追っかけ銘(無銘の刀に他者が銘切ること)ではないかとと思われますので、兼元の雰囲気を楽しめる大名登録刀としてお求め頂ければと思います。
手持ちバランスも非常に良い刀ですので、拵をかけて居合・武用刀としてお使い頂くのも良いでしょう。
 
裸身重量666グラム。

無銘 ~時代遡る古名刀~

無銘 ~時代遡る古名刀~
無銘
– Mumei –
 
大きく磨り上げられ、中心に比して元幅が狭く感じられる。今日まで相当働いてきた一刀。
三ツ棟の鎬造りで柾目主体のよく練れて詰みごころの地鉄には淡く映りが立ち、小互ノ目連れた刃文は砂流や金筋がかかり、刃中良く沸え、匂口は刃先に向かって煙り込まず、肥前刀の如くブッツリと途絶えた箇所が見られます。
製作年代を前・中・後に区分せず、大きく室町時代と表記しましたが、南北朝末期~室町初期迄遡る可能性がございますので、是非一度保存刀剣審査を御受審下さい。
 
附属の半太刀脇指拵は、色の良い青貝を散らした渦模様の変わり塗り鞘に、赤銅磨地の一作金具を用い、目貫は文具図の粋なものが巻かれ、保存状態は良好。小柄と笄の二所物が失われているのが惜しまれますので、お客様の手でこの拵に相応しい小柄と笄をお付け頂き、拵の方も是非保存刀装鑑定を御受審下さい。
 
尚、本刀には素銅地に雲龍を刻した上等なる金着はばきが附属しておりましたが、はばき脱着がし辛いがために何度も木槌で叩かれ、金の薄板が破れ、はばき自体も痛んでしまっていますので、当店にて銀はばきを新調してお納め致します。
 
裸身重量359グラム。  拵に納めて鞘を払った重量未計測。

(菊紋)信濃守源信吉

(菊紋)信濃守源信吉
(菊紋)信濃守源信吉
– Shinanonokami Minamoto Nobuyoshi –
 
杢目刃縁柾がかった地鉄に互ノ目乱れを明るく焼いた作品。刃中砂流顕著に現れ、あたかも互ノ目の山に霞がかったような感じで見所多い一刀です。
これから刀剣趣味を始められる方で、まずは一振ご購入をご検討されている方にお薦めです。
現状、刃先の一部と指裏横手に小錆が見られますが、観賞に支障はございません。信吉銘に関しましては真贋保証ございませんので予めご了承下さい。
 
裸身重量584グラム。
※本刀は委託品です。

修心流居合術兵法 組居合脇指居業之部 陽

 

かつて、この業を腕と速さに頼ってしまい、己の腹を突いてしまった門弟もいました。

模擬刀だったから軽い怪我で済みましたが、真剣だったら命はなかったかもしれません…(怖

速さでごまかす居合に何も学ぶものはありません。そこには危険があるだけです。

丁寧にゆっくりと稽古することこそが何よりも大切です。

無銘(伝 二王) ~鎌倉時代の名短刀~

無銘(伝 二王) ~鎌倉時代の名短刀~
無銘(伝 二王)
– Mumei(Den Niou) –
 
周防国二王派は、保延頃の清真、または清平を祖として始まると伝えていますが、確実な遺作は確認されておらず、今日では清綱を事実上の祖としています。
清綱の現存する作例では「文永二年三月 清綱」と書き下し銘のある太刀が厳島神社に存在し、次いで建武二年紀の「防州玖珂庄清綱」銘の短刀が知られ、以後同銘は室町時代まで連綿と続いています。
周防国には東大寺などの寺領が多く存在し、二王派の作風に大和色が強いのは、大和本国との交流によるものと考えられており、二王の名の由来については諸説あるものの、周防国の仁王堂が火事に遭った時、仁王像を繋いでいた鎖を清綱の太刀で断ち切って、仁王像を救い出したことに由来するとされるものが通説となっています。
 
この短刀は三ツ棟で細身の鋭い造り込みが印象的であり、元の方は匂口ふわりと柔らかい感じの細直刃で、物打辺りからはぐんと焼き幅を広げ匂口一際明るく冴え、小さな金筋を交え、指裏返り部分には沸筋が食い下がるなど、古調で見所ある作風を示しています。
鎌倉時代から今日まで生き続けて来た歴史浪漫溢れるこの一刀。お求め易い価格にて御案内致しますので、是非この機会にお求め下さい。
 
裸身重量116グラム。